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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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幕間 騎士服が欲しかったレオノーラ

 それは、家族会議の数日後のことだった。


 レオノーラは、自室でごく静かに考え込んでいた。


 断星を壁際へ立てかけ、机に肘をつき、指先を組む。

 傍目には、何やら重大な戦略でも練っているように見えただろう。


 実際には少し違う。


「……やはり、騎士服は良いと思うのですけれど」


 非常に個人的な未練だった。


 あの夜の家族会議。

 贈り物の話。

 実用品なら喜ぶ、という流れ。

 そして、何となく出された騎士服案。


 あれは却下された。


 ものすごい勢いで却下された。


 だが、冷静に考えれば考えるほど、あれは良案だったのではなくて?


 動きやすい。

 断星との相性もよい。

 必要なら外でも使える。

 仕立て次第で見た目も整う。


 欠点が見当たらない。


 あまりにも見当たらなさすぎて、逆に家族が慌てて却下した理由の方が気になってくる。


「……そこまで駄目かしら」


 自分一人では答えが出なかった。


 なので、レオノーラは立ち上がった。

 こういう時は、一人で考えても仕方がない。

 聞けばよいのだ。


 まず向かったのは、弟の部屋だった。


 扉を叩く。


「クラウス」


「はい」


「入りますわよ」


「どうぞ」


 クラウスは本を読んでいた。

 机の上には紙と筆記具。

 実に彼らしい光景である。


「お姉様」


「何かしら」


「それは私の台詞です」


「細かいことはよろしくてよ」


 レオノーラは当然のように椅子へ座った。


「お尋ねしたいことがございます」


「だいたい予想はつきますが、どうぞ」


 予想がつくのですのね。


「騎士服の件ですわ」


「やはり」


 クラウスは本を閉じた。

 まったく驚いていない。

 少しは驚いてくださってもよろしいのではなくて?


「そんなに分かりやすかったかしら」


「ええ」


「どうして?」


「家族会議のあと、お姉様がだいぶ静かでしたので」


「静かだったら、騎士服が欲しいことになるの?」


「お姉様の場合、なります」


 大変遺憾ですわね。


「では聞きますけれど」


「ええ」


「どうしてあれは却下されたのかしら」


 クラウスは一拍置いた。

 そして、非常に静かな声で言った。


「似合いすぎるからです」


 レオノーラは少しだけ目を瞬いた。


「それの何が問題なの?」


「問題しかありません」


「どうして?」


「お姉様は、本当にお分かりになりませんか」


 その言い方は、少しだけ心外だった。


「動きやすい服が似合うのは、良いことではなくて?」


「普通の令嬢ならそうです」


「ええ」


「ですが、お姉様の場合」


 クラウスはそこで小さく息を吐いた。


「騎士服を着て断星を背負った時点で、誰も“公爵令嬢の変わった趣味”とは思いません」


「では?」


「“ああ、この方は近いうちに帝国の軍を率いるのだろう”と思います」


 言いすぎではなくて?


「そこまで?」


「そこまでです」


 即答だった。


「大げさですわね」


「大げさではありません」


「どうしてそこまで断言できますの?」


「家族会議で、父上と母上が同時に同じ未来を見ていました」


 それは少しだけ気になった。


「どんな未来かしら」


「お姉様が騎士服姿で帝都の中央通りを歩くだけで、周囲が勝手に道を開ける未来です」


「それは」


 レオノーラは少し考えた。


「便利ですわね」


「お姉様」


「何かしら」


「そう返すから駄目なのです」


 どうやら本当に駄目らしい。


「では」


 レオノーラは少しだけ身を乗り出す。


「仮に、自分で仕立てさせるのは?」


「父上が止めます」


「母上は?」


「たぶんもっと上質なものを勧めたうえで止めます」


「クラウスは?」


「似合うと思います」


「止めるの?」


「止めます」


 味方が一人もおりませんわね。


「……ひどい話ですわ」


「そうでしょうか」


「ええ」


「欲しいものがあるのに、家族全員で阻止にかかるのよ?」


「欲しい理由が実用的すぎるからです」


 そこは否定しづらかった。


 クラウスの部屋を出たあと、レオノーラは次の標的を母に定めた。


 母エレオノーラなら、もう少し感性的な説明が返ってくるかもしれない。

 もしかしたら説得の余地もある。


 そんな淡い希望を抱きつつ、私室を訪ねる。


「お母様」


「どうぞ、レオノーラ」


 室内には、柔らかな香りがあった。

 母は長椅子に座り、封筒をいくつか確認していたところらしい。


「どうしたの?」


「少し確認したいことがございます」


「まあ、珍しいわね」


 母はすぐ気づいた顔をした。


「騎士服の件かしら」


「……どうして皆さま、そんなにお見通しなのです」


「だって、あの時のあなた、だいぶ納得していなかったもの」


 そんなに顔に出ていたのかしら。


「では、改めてお尋ねしますわ」


「ええ」


「どうして騎士服は駄目なのです?」


 母は少しだけ考えた。

 そして、非常に優雅な仕草で茶を口に運んでから答える。


「駄目ではないのよ」


「では?」


「早すぎるの」


 レオノーラは少し眉を寄せた。


「早い?」


「ええ」


「どういう意味かしら」


「今のあなたが騎士服を着ると」


 母は静かに言葉を選ぶ。


「“今のあなた”ではなく、“その先のあなた”に見えるの」


 その言い方は、少しだけ不思議だった。


「その先?」


「ええ。公爵令嬢としてのあなたではなく」


「ええ」


「剣と力と実務で、どこまでも前へ出ていくあなた」


 それは、だいぶ高く買いすぎではなくて?


「お母様」


「何かしら」


「それは、少し格好良く言いすぎではなくて?」


「そうかしら」


「ええ」


「いいえ」


 母は、やわらかく笑った。


「あなた、自分が思っているよりずっと、そういう服が似合うのよ」


 そこは、少しだけくすぐったかった。


「でも」


 レオノーラは言う。


「似合うなら、なおさら良いのでは?」


「そこなのよね」


 母は少しだけ遠い目をした。


「似合うから困るの」


「困る?」


「ええ。飾りとして似合うのではなく」


「ええ」


「役割として似合ってしまうのよ」


 それはクラウスの言い方と、少しだけ似ていた。


「……皆さま、だいぶ大げさなのではなくて?」


「そう思うなら、今ここで試してみる?」


 レオノーラは一瞬黙った。


「試せるの?」


「古い仕立て見本くらいならあるわ」


「どうしてあるのですの」


「昔、仮装会で使ったものが」


 なるほど。

 公爵家というものは、意外なものを持っておりますのね。


 数分後。


 半ば冗談のような流れで、レオノーラは古い仕立て見本の上着を羽織ることになった。

 もちろん本式の騎士服ではない。

 だが、濃い色合いの上着で、肩の線や腰回りの形はかなり近い。


 そこへ、たまたま父ヴァルターが入ってきた。


「何を――」


 言葉が止まる。


 母が静かに振り返る。


「ちょうどよかったわ」


「何がだ」


「確認よ」


 父の目が、レオノーラへ向いた。


 濃紺に近い上着。

 無駄のない立ち姿。

 そして壁際に立てかけてあった断星が、視界の端に入る。


 父は数秒、完全に黙った。


 それから低く言う。


「だめだ」


 あまりにも早かった。


「まだ何もしておりませんわよ」


「だめなものはだめだ」


「どうしてですの」


「見ただけで分かる」


「何が?」


「帝国騎士団総長だ」


 母が深く頷いた。


「でしょう?」


「うむ」


「でしょう、ではありませんわよ」


 レオノーラはさすがに抗議した。


「ただ上着を羽織っただけではなくて?」


「それが問題なんだ」


 父は真顔だった。


「ただ羽織っただけで、その完成度になるな」


「完成度?」


「似合い方の話だ」


「お前はもっとこう」


「ええ」


「普通の令嬢用の服でいてくれ」


 それは少しだけ理不尽だった。


「騎士服が欲しいだけですのに」


「その“だけ”が重いんだ」


「そんなに?」


「そんなにだ」


 父は一歩近づき、上着姿の娘を見て、さらに眉間を押さえた。


「駄目だな」


「まだ仰るの?」


「マントを付けたら終わりだ」


「何が終わるのです」


「アルトヴァイス家の娘ではなく、帝国の前線指揮官になる」


 母が静かに付け足した。


「しかも、ものすごく自然に」


「お父様もお母様も、少し想像が先走りすぎではなくて?」


 だが、その時だった。


 遅れて入ってきたクラウスが、部屋の入口で止まった。


「……お姉様」


「何かしら」


「やはり、だいぶ駄目です」


「クラウスまで」


「ええ」


「どうして?」


「その格好で断星を持たれた瞬間、私はきっと“お姉様”ではなく“閣下”と呼びそうです」


 それはさすがに失礼ではなくて?


「呼ばなくてよろしいわよ」


「理性ではそう思います」


「感性がだめなのよ」


 母が頷く。


「全員そうなの」


 部屋の中に、妙な納得が落ちた。


 レオノーラだけが納得していない。

 だが三対一である。

 しかも全員の論旨が妙に揃っている。


「……分かりましたわ」


 やがてレオノーラは言った。


「とりあえず、今は諦めます」


「賢明だ」


 父が即答した。


「ですが」


「何だ」


「いつか必要になったら、その時は仕立てますわよ?」


 父と母とクラウスは、また同時に黙った。


 やめてくださいまし。

 なぜそこで一斉に遠い目をなさるの。


「その“いつか”が来ないことを祈る」


 父が低く言う。


「私は少し見てみたい気もするわ」


 母が言う。


「私は、たぶん止めません」


 クラウスが静かに言う。


「クラウス」


「はい」


「裏切るな」


 結局その夜、騎士服案は正式に保留となった。


 却下よりは少し前進である。

 だが、家族の空気を見る限り、次にこの案が動く時は、かなりろくでもない状況になっている気もした。


 それでもレオノーラは、部屋へ戻ってから少しだけ満足していた。


 似合う。

 そして、あまりにも似合いすぎる。


 それが確認できただけでも、収穫ではあったのだ。


「……いつかは、仕立てますわ」


 小さくそう呟く。


 壁際で断星が、何も言わずに立っていた。

 だが気のせいでなければ、少しだけ似合うと言っている気がした。

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