幕間 公爵家の家族会議 レオノーラに贈るものが実用的すぎて、令嬢に贈る品としてだいぶ間違っている気がするのに、本人はたぶん本気で喜んでしまうのが一番困る
アルトヴァイス公爵家の家族会議は、時として国家の行く末よりも難しい議題を扱う。
たとえば今夜のように。
「レオノーラに贈るもの、か」
父ヴァルターが、非常に重々しく言った。
食後の応接間。
いつもの家族会議である。
ただし議題は、軍略でも学院でも婚約でもなく、
レオノーラに何を贈れば喜ぶのか。
という、実にどうでもよさそうで、しかし家族としては看過しづらい問題だった。
「きっかけは?」
母エレオノーラが優雅に茶器を置きながら問う。
「学院で、殿下には花、他の方には菓子や手紙が贈られたそうです」
クラウスが淡々と説明する。
「ですが、お姉様には誰も何も贈れなかった」
「なるほど」
母は少しだけ目を細めた。
「それは、分かる気がするわね」
「分かりますの?」
父が問う。
「ええ。だって、何を贈っても“どうしてこれを?”と聞かれるでしょう?」
「聞くな」
父が真顔で言う。
「絶対に聞く」
クラウスも頷いた。
「純粋な疑問として聞きます」
「しかも悪意がない分、なお困る」
父が腕を組む。
実にその通りだった。
「で、本人は何なら喜ぶ?」
母が言う。
クラウスは迷わず答えた。
「断星に使えるもの」
「ええ」
「訓練で使えるもの」
「ええ」
「記録帳」
「ええ」
「地図や実用書」
そこで、部屋が一度静まり返った。
父が低く言う。
「……令嬢に贈るものではないな」
「ええ」
母が即答した。
「まったく令嬢向きではないわね」
「ですが」
クラウスは静かに続ける。
「お姉様は本気で喜びます」
「それがまた困るのよね」
母が遠い目をした。
「花ではなく手入れ布で喜ぶ公爵令嬢って、何なのかしら」
「うちの娘だ」
父が言う。
「そうね」
母が頷く。
「うちの娘ね」
それは否定しようがなかった。
「いっそ、上質な剣帯はどうでしょう」
クラウスが案を出す。
「断星用の調整を前提にした背負い具なら、かなり」
「喜ぶな」
父が即答する。
「ものすごく喜ぶわね」
母も同意した。
「でもだめだ」
「どうしてですの?」
「贈り物として色気がなさすぎる」
父の言うことはもっともだった。
「では香油とか」
母が言う。
「髪ではなく?」
「断星用の手入れ油よ」
「だめだ」
父が即答する。
「それでは完全に鍛冶場の贈答品だ」
「でも喜ぶわよ?」
「そこが問題なんだ」
父は本気で頭を抱えていた。
娘が何を好むか分かっている。
だが分かっているからこそ、貴族の公爵令嬢へ贈る品として、それで本当に良いのかという別の問題が立ち上がる。
「……難しいですね」
クラウスが静かに言う。
「難しいな」
「難しいわね」
父と母が揃って頷く。
「お姉様に宝飾品は?」
クラウスが問う。
「似合う」
父が言う。
「とても似合うわ」
母も頷く。
「でも」
「ええ」
「本人が“どうしてですの?”となる」
また同じ壁に戻った。
いや、正確には少し違う。
宝飾品は似合う。
だが、レオノーラの喜びの中心がそこにない。
だから贈る側の満足で終わる危険がある。
「本ならどうだ」
父が言った。
「本?」
「戦術、地勢、魔物、生態、歴史」
「……喜ぶわね」
母が少しだけ嫌そうな顔をした。
「でもやっぱり、令嬢に贈る本の種類ではないわ」
「うむ」
父も深く頷く。
「もう少しこう……」
「ええ」
「公爵令嬢らしい何かはないのか」
その時だった。
クラウスが、ふと何か思いついた顔をした。
「騎士服とかどうでしょう」
沈黙。
応接間の空気が、本当に一瞬止まった。
父がゆっくり瞬きをする。
母が茶器を持ったまま止まる。
「……クラウス」
父が低く言う。
「何でしょう」
「今、何と言った」
「騎士服です」
クラウスは至って真面目だった。
「学院用ではなく、きちんと仕立てた実戦寄りのものなら」
「ええ」
「断星との噛み合わせもよく」
「ええ」
「お姉様はかなり喜ばれるかと」
父が目を閉じた。
母は額へ手を当てた。
「あなた」
「何だ」
「見えたわ」
「俺もだ」
「何がですの?」
「その騎士服を着て断星を背負い、帝都の中央通りを真っ直ぐ歩くレオノーラだ」
母も続ける。
「しかも周囲が勝手に道を開けるのよね」
「ええ」
「貴族令嬢ではなく、もはや帝国騎士団総長だ」
クラウスは少しだけ考えた。
「似合いますね」
「似合いすぎるのよ!」
母がついに突っ込んだ。
「だって、想像したら」
「ええ」
「ものすごく似合うではありませんの」
「そうなのよ!」
そこが問題だった。
似合わないなら即却下できる。
だが問題は、恐ろしいほど似合ってしまうことだった。
「やめろ」
父が低く言う。
「何をですの」
「これ以上、その方向へ想像を進めるな」
「もう遅いわよ」
母が遠い目をした。
「白銀の装飾を最小限にして、濃紺か黒を基調にした騎士服」
「腰に細剣ではなく、背に断星」
「マントは短め」
「指揮権者の立ち位置で静かに前へ出る娘が見えるわ」
「やめてくれ」
父が頭を抱えた。
「帝国に娘を取られる未来しか見えない」
「帝国騎士団総長、レオノーラ・アルトヴァイス」
母がぽつりと呟く。
「だめね」
「だめだな」
父が頷く。
「どうしてですの?」
クラウスだけがまだ平然としていた。
「似合うなら、喜ばしいのでは?」
「喜ばしくない」
父が即答した。
「うちの娘が、なぜそんな国家戦力の完成形みたいな方向へ進む必要がある」
「もう進んでいる気がいたしますけれど」
「クラウス」
「はい」
「それ以上はやめてくれ」
母が深く頷いた。
「でも、騎士服は本当に喜ぶでしょうね」
「喜ぶ」
父も認めた。
「たぶん目を輝かせる」
「ええ」
「しかも、“どうしてですの?”ではなく、“よくお分かりになりましたわね”と本気で言う」
それが容易に想像できてしまうのが、いちばん困る。
「つまり」
クラウスが静かに整理する。
「騎士服は贈れば喜ぶ」
「ええ」
「ただし」
「ええ」
「将来帝国騎士団総長になる未来しか見えない」
「その通りよ」
母が断言した。
「却下だ」
父も断言した。
「早いですね」
「早く却下しないと危険だ」
父は真顔だった。
そこへ、扉が控えめに叩かれた。
「お父様、お母様、クラウス」
当人である。
「少しよろしいかしら」
三人の背筋が揃って伸びた。
「入りなさい」
母が言うと、レオノーラがいつもの顔で入ってきた。
「皆さま、何のお話を?」
父と母とクラウスは、一瞬だけ視線を交わした。
そして、父が代表して答える。
「……贈り物の話だ」
「贈り物?」
「ええ」
「お前に何を贈れば喜ぶか、という」
レオノーラは少しだけ目を瞬いた。
それから、ごく自然に答える。
「使えるものなら、かなり嬉しいですわ」
ほら来た。
三人とも無言になった。
「たとえば?」
母が問う。
「断星に使える手入れ道具」
「ええ」
「訓練用の手袋」
「ええ」
「記録帳」
「ええ」
「地図や、実務に役立つ本」
やはりまっすぐである。
「……ちなみに」
クラウスが静かに聞いた。
「騎士服は?」
父と母が同時にクラウスを見る。
お前は何を聞いているんだ、という顔だった。
だがレオノーラは、ほんの少しだけ考えてから、真顔で答えた。
「かなり嬉しいですわね」
終わった。
「どうして?」
母が聞く。
「動きやすく、断星との相性も良く」
「ええ」
「仕立てが良ければ見た目も整うではありませんの」
「そうね……」
「しかも、必要なら外でも使えますわ」
父は静かに天を仰いだ。
「見たか」
「見たわ」
「本人もその気だ」
「その気、とは?」
レオノーラが首を傾げる。
「何でもございませんわ」
母が即座に言った。
「騎士服案は却下よ」
「どうしてですの?」
「どうしてもです」
レオノーラは少しだけ不思議そうな顔をしたが、深追いはしなかった。
「そうですの」
「ええ」
「では、上質な手袋か記録帳がよろしいかしら」
「そうしてくれ」
父が即答する。
「それなら安心だ」
「安心、ですの?」
「気にするな」
そして家族会議は、結局のところ、
レオノーラに贈るものは、
令嬢らしいものではなく、
理由が通る実用品が最適である。
という、実に身も蓋もない結論へ落ち着いた。
ただし、騎士服だけはだめだ。
本人は喜ぶ。
あまりにも喜ぶ。
だからこそ、だめだった。
なぜなら、それを着た娘の姿を想像した時、家族全員の脳裏に浮かぶのが、
公爵令嬢ではなく、
将来の帝国騎士団総長だったからである。
それは少し、あまりにも似合いすぎた。




