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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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幕間 レオノーラが貰って喜ぶものが分からない問題

 発端は、まことにどうでもよさそうでいて、当人たちにとっては少しだけ深刻な話だった。


「で」


 アーネストが机へ頬杖をついて言った。


「結局、レオノーラって何あげたら喜ぶんだ?」


 昼休み。

 一組の窓際。

 妙に静かな空気の中で、しかしその議題だけは、わりと真面目に置かれた。


「どうしてそんな話になるんですの」


 セシリアが少しだけ呆れたように言う。


「いや、だってさ」


「ええ」


「殿下には花、ルーク先輩には菓子、セシリアには手紙」


「ええ」


「でもレオノーラだけ、誰も何も渡せないっておかしくないか?」


 それはたしかに、一理あった。


 セシリアは少し考えるように茶杯へ指を添える。


「おかしい、と言うより」


「ええ」


「皆さま、選びきれないのではなくて?」


「何を?」


「何を渡せば失礼ではなく、かつ無駄でもなく、でも軽すぎもしないのかを」


「それが分からない、と」


 リヒャルトが静かに補足する。


「たしかに」


 アーネストは少しだけ顔をしかめた。


「花は違う気がするんだよな」


「どうしてですの?」


 セシリアが問う。


「似合わないわけじゃない」


「ええ」


「でも、渡したら絶対“どうしてですの?”って聞かれる」


 そこは非常に想像できた。


「菓子も難しいですね」


 リヒャルトが言う。


「普通のお礼としては成立しますが」


「ええ」


「レオノーラ様の場合、“お気持ちはありがたいですけれど、理由は?”で止まりそうです」


「分かる」


 アーネストが即答する。


「しかもその“理由は?”が、別に怒ってるわけじゃなく、純粋に知りたがってる顔なのが余計に困る」


 セシリアが思わず小さく笑った。


「それはそうかもしれませんわね」


「手紙はもっと無理だろ」


 アーネストは真顔で言った。


「何で?」


「距離が近すぎる」


「なるほど」


「しかも文章の内容が薄かったら終わる」


「終わるとは」


「“それで、何をお伝えになりたかったのかしら”って返される」


 セシリアは杯を置いて、少しだけ天井を見た。


「……ありえますわね」


「ありえますね」


 リヒャルトも同意した。


 そこへ、少し遅れてアルベルトが来た。

 いつものように静かな顔で席に着き、話の流れだけ拾う。


「何の話だ」


「レオノーラが貰って喜ぶもの」


 アーネストが即答する。


 アルベルトは一拍だけ黙った。


「難問だな」


「殿下でもそう思うのか」


「当然だ」


「どうして?」


「安く軽く選ぶと、逆に失礼になる」


 短い。

 だが的確だった。


「高価すぎてもだめでしょうね」


 セシリアが言う。


「ええ」


「どうして?」


「レオノーラ様は、値段で喜ぶ方ではありませんもの」


 むしろ、

 なぜそこまでのものを、

 どういう理由で、

 どの距離感で、

 と考え始める。


 それはだいぶ面倒だ。


「じゃあ、実用品か?」


 アーネストが言う。


「そこが本命だろう」


 アルベルトが即答した。


「たとえば?」


「剣の手入れに使えるもの」


「それはかなり良いですわね」


 セシリアが頷く。


「断星がございますもの」


「油、布、保管具、背負い具の調整に使える何か」


 リヒャルトが淡々と続ける。


「上質で、しかし過剰ではない」


「たしかに」


「意味も通ります」


「でもさ」


 アーネストが首を傾げる。


「それって贈り物というより、道具じゃないか?」


「だから良い」


 アルベルトが言った。


「どうして?」


「レオノーラは、今の自分に必要なものを渡されるのが一番分かりやすい」


 そこへ、窓際からルークが短く口を挟んだ。


「手袋」


「はい?」


 全員の視線が向く。


「訓練用か、手入れ用の薄手のやつ」


「どうしてですの?」


 セシリアが問う。


「使う」


 短い。

 だが、ものすごくルークらしい。


「あと」


「ええ」


「滑らない」


 アーネストが少しだけ笑う。


「それ、めちゃくちゃ実務だな」


「レオノーラ向きだろ」


「否定できない」


 リヒャルトが少し考えてから言う。


「記録帳も良いかもしれません」


「記録帳?」


「ええ」


「レオノーラ様は、結局整理する方です」


「ええ」


「なので、訓練記録や気づきを書ける上質な手帳はかなり刺さるかと」


「分かる気がいたしますわ」


 セシリアが言う。


「花よりよほど喜ばれそうです」


「でも何か、色気がないな」


 アーネストが言うと、アルベルトが静かに返した。


「色気を入れると失敗する相手だ」


「それはそう」


 全員が少しだけ黙った。


 認めたくはないが、たしかにそうだった。


 しばらくして、セシリアが小さく笑った。


「では、結論は出たのではなくて?」


「何ですの?」


 アーネストが聞く。


「レオノーラ様が喜ぶのは」


「ええ」


「綺麗なもの、可愛らしいもの、特別そうなもの、というより」


「ええ」


「“あなたの今に必要だと思って選びました”と説明できるもの」


 そのまとめは、非常に綺麗だった。


「たしかに」


 リヒャルトが頷く。


「それなら、本人も受け取りやすい」


「理由が通るからな」


 アルベルトも言う。


「じゃあ逆に、本人は何なら一番喜ぶんだ?」


 アーネストが言うと、ルークが即答した。


「使えるもの」


「雑だなあ」


「でも正しいですわね」


 セシリアが笑った。


 その時だった。


「皆さま、何のお話をしていらっしゃるの?」


 背後から、当人の声がした。


 全員の動きが一瞬だけ止まる。


 レオノーラが、いつもの顔で立っていた。

 断星は持っていない。

 だが、持っていない時でも十分に気配は強い。


「……何ですの、その沈黙は」


 まずい。

 だいぶまずい。


「何でもない」


 アルベルトが言う。


「殿下、その返しは無理がございますわ」


「いや、ほんと何でもない」


 アーネストが珍しく焦っている。

 それが逆に怪しい。


「そうかしら」


 レオノーラは小さく首を傾げた。


「では、わたくしが来た途端に会話が止まったのは、なぜ?」


「偶然です」


 リヒャルトが静かに言う。


「リヒャルト様」


「はい」


「今のは、だいぶ苦しいですわよ」


 その通りだった。


 セシリアが軽く咳払いをして、観念したように口を開く。


「実は」


「ええ」


「レオノーラ様が、何を贈られるとお喜びになるのか、という話を少し」


 数秒の沈黙。


 それからレオノーラは、思っていたより普通の顔で言った。


「そうですの?」


「ええ」


「どうしてまた」


「先日の一件で」


「ええ」


「殿下には花、ヴァンハイム様には菓子、わたくしには手紙が来ましたでしょう?」


「ええ」


「それで、レオノーラ様には誰も何も渡せなかったのは、なぜかという話になりまして」


 レオノーラは、そこで少しだけ目を瞬いた。


「……ああ」


「何か思い当たることがおありで?」


「ええ」


「どうしてですの?」


 その問いに、レオノーラは本当に不思議そうに答えた。


「だって、選びにくいでしょう?」


 あまりにも自然な肯定だったので、今度は逆に全員が黙った。


「どうしてそうなりますの?」


 セシリアが問う。


「花は綺麗ですけれど、理由が薄いですわ」


「ええ」


「菓子は嬉しいですけれど、誰でも良い感じが強い」


「ええ」


「手紙は内容次第です」


「そこは厳しいですわね」


「当然ではなくて?」


 レオノーラは首を傾げた。


「では、何ならお喜びになるのです?」


 セシリアがやわらかく聞く。


 レオノーラは少しだけ考えた。

 だが答えは、かなり早かった。


「使えるもの」


 ルークが小さく鼻で笑った。

 勝った、という顔をしている。


「たとえば?」


 アーネストが聞く。


「断星の手入れに使えるもの」


「ええ」


「訓練で使える手袋」


「ええ」


「記録に使える手帳」


「ええ」


「地図や本」


「ええ」


「そういうものなら、かなり嬉しいですわ」


「やっぱり実用品なんだな」


「実用品、というより」


 レオノーラは少しだけ言葉を選ぶ。


「わたくしの今を見て選んでくださったのだと分かるもの、かしら」


 セシリアがそこで、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「……それは、とてもよく分かります」


「そうかしら」


「ええ」


「では逆に」


 アーネストがにやっとしながら言う。


「花とかもらっても、やっぱ困る?」


「困りますわね」


「即答かよ」


「だって、どういうお気持ちか分からないではありませんの」


「綺麗だから、とか」


「それなら、なおさら分かりませんわ」


 全員が少しだけ黙った。


 それからリヒャルトが、静かに結論を置く。


「つまり」


「ええ」


「レオノーラ様に贈るなら、“意味が通ること”が最優先」


「その通りですわ」


「ようやく確定しましたね」


 セシリアが笑う。


「何がですの?」


「皆で話していた結論が、本人の口からも出ましたの」


 レオノーラは少しだけ首を傾げた。


「そんなに難しいことかしら」


「難しいですわよ」


 セシリアが言う。


「どうして?」


「レオノーラ様は、ご自身の感覚を“普通”だと思っておられるからです」


 その言葉に、アーネストがうんうんと頷いた。


「それな」


「本当にそれ」


「何ですの、その揃い方は」


 だが、少しだけ空気は和んでいた。


 結局、レオノーラが喜ぶものは、

 高価なものでも、

 華やかなものでも、

 特別扱いを押し出したものでもない。


 今の彼女を見て、必要だと思って選ばれたもの。

 その理由が通るもの。


 それが分かっただけでも、今日の昼休みは少し収穫があったのかもしれない。


「では」


 レオノーラは静かに言った。


「もし今後、何か下さるなら」


 全員の視線が集まる。


「断星に使えるものか、書くのに使えるものがよろしいですわ」


「覚えとく」


 アーネストが即答する。


「どうしてアーネスト様が即答なさるの?」


「いや、何かあった時のために」


「何かあった時、とは」


「そのうち何かあるだろ」


 その返しに、レオノーラは少しだけ笑った。


「そうですわね」


「そのうち、何かあるかもしれませんわ」

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