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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第72話 誰とでもどう成立させるかの段階ですねと言われましたけれど、そんなもの簡単にできるなら最初から苦労しておりませんわ

 高度な面倒。


 しかも今度は、第一班という“たまたま噛み合った相手”の外で、それをやれという話である。


 学院とは、ときどき本当に容赦がない。


 翌日。


 レオノーラが学院へ着くころには、補助依頼の件はまだ表立って広がってはいなかった。

 だが、知っている者は知っている、という空気はもうある。


 極めて面倒ですわね。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は少し早く目が覚めた顔をしています」


 馬車の中でクラウスが言う。


「嫌な面倒の前は、妙に頭が回るのですわ」


「よくないことですね」


「本当に」


 教室へ入ると、第一班の面々はすでに揃っていた。

 アルベルトは紙を読んでおり、ルークは窓際で腕を組んでいる。

 セシリアは机上に小さなメモを広げていた。


「おはようございます」


「おはようございます、レオノーラ様」


「おはよう」


「来たか」


「ええ」


 セシリアがすぐに紙を差し出す。


「昨日のうちに、少しだけ整理いたしました」


「何かしら」


「基礎編成班で見せるべきもの、ですわ」


 紙には、簡潔に三つだけ書かれていた。


 一 正解を見せるのではなく、考え方を見せる

 二 強い人の真似ではなく、役割の渡し方を見せる

 三 失敗から整える流れも隠さない


「かなり良いですわね」


「本当ですか」


「ええ。かなり」


 ルークが短く言う。


「昨日の話の骨だな」


「ええ」


「これ以上増やさない方がいい」


 その通りだった。


 アルベルトも紙へ目を落とし、小さく頷く。


「十分だ」


「では」


 セシリアが少しだけ息を整える。


「問題は、実際にどう見せるかですわね」


「そうですわね」


 レオノーラは椅子へ座りながら考える。


 基礎編成班に必要なのは、たぶん“綺麗な正解”ではない。

 綺麗な正解だけを見ても、自分には無理だと思って終わる可能性が高い。


 必要なのは、もっと手前のことだ。


「まず」


 レオノーラが言う。


「最初から整っている形を見せる必要はございませんわ」


「どういうことだ」


 アルベルトが問う。


「最初に少しずれた方がいいのです」


 ルークが少しだけ目を細めた。


「意図的に、か」


「ええ」


「ただし、雑に崩すのではなく」


「ええ」


「“ありがちなずれ”を一度見せる」


 セシリアがすぐ理解したらしい。


「なるほど」


「たとえば?」


「強い人が先に答えを出してしまう、とか」


「ええ」


「情報整理役が、整理しすぎて初動を遅らせる、とか」


「ええ」


「見る役が、見すぎて決めきれなくなる、とか」


 それなら、たしかに基礎編成班にも分かりやすい。


「失敗例として自然ですね」


 セシリアが頷く。


「ええ」


「そして、そこからどう立て直すかを見せる方が」


「単なる見学会より、ずっと実になりますわ」


 アルベルトが短く言う。


「では、最初のずれは誰がやる」


 来ますわよね、その問い。


 レオノーラは少しだけ考えた。


「わたくしが早く答えを出しすぎる形が、一番分かりやすいでしょうね」


「それは自然すぎるな」


 ルークが言う。


「自然すぎる、とは失礼ですわね」


「だが分かりやすい」


 否定しにくい。


「では」


 セシリアが整理する。


「レオノーラ様が最初に“それで行きますわ”と早めに決める」


「ええ」


「そこへ、他三人が“まだ見るべきものがあります”と返す」


「ええ」


「そのやり取りを一度見せる」


 悪くない。

 かなり悪くない。


「ですが」


 レオノーラは少し眉を寄せる。


「それを見せたあと、すぐ正解へ寄せると、芝居っぽくなりませんこと?」


「なりますね」


 セシリアが言う。


「だから、少しだけ本当に考える時間を入れた方がいい」


 その時、ずっと黙っていたリヒャルトが本を閉じて口を挟んだ。


「それなら、途中で受け手側へ問いを返した方が自然です」


 四人の視線が揃う。


「あなた、もう第一班みたいになっておりますわね」


 レオノーラが言うと、リヒャルトは少しだけ首を傾げた。


「たまたま聞こえただけです」


「そういうことにしておきますわ」


「提案としては」


 リヒャルトは淡々と続ける。


「基礎編成班へ、“今の判断で何が抜けていると思うか”を一度聞く」


「なるほど」


 セシリアがすぐ頷く。


「それなら、一方的な実演ではなくなります」


「ええ」


「見る側も“自分ならどう考えるか”を挟めます」


 非常に助かりますわね。


「採用ですわ」


 レオノーラが即答すると、リヒャルトは小さく息を吐いた。


「早いですね」


「良いものは早く採用いたしますもの」


「その結果、後で情報が増えすぎるのでは?」


 そこを突かれると少し痛い。


「……否定しませんわ」


 アーネストが後ろから吹き出した。


「何かもう、普通に混ざってるな」


「何がですの」


「いや、第一班の打ち合わせに、リヒャルトが補佐みたいに入ってる感じ」


「勝手に人を役職化しないでください」


 午前の授業を終え、放課後が近づくころには、補助依頼の件はある程度表へも出ていた。


 とはいえ、思ったより騒ぎにはなっていない。

 たぶん、“基礎編成班への補助”という内容が、伝説化しにくいのだろう。


 非常に結構ですわね。


 放課後。


 演習場脇の小講堂に、基礎編成班の生徒たちが集められていた。

 同学年だが、混成演習で基礎評価寄りだった者たち。

 緊張している者。

 半ば不満そうな者。

 素直に学ぶ気でいる者。


 温度がだいぶ違う。


 面倒ですわね。


「お姉様」


 同行してきたクラウスが、講堂の外で低く言う。


「何かしら」


「だいぶ色々混ざっていますね」


「ええ」


「だからこそ、学院はこういうことをさせたいのでしょうね」


「でしょうね」


 補助担当は分かれて配置される。

 アルベルト。

 ルーク。

 セシリア。

 そしてレオノーラ。


 第一班そのままではない。

 ここから先は、それぞれが別の班へ入ることになる。


「では、後で」


 セシリアが穏やかに言う。


「ええ」


「ご武運を、は違いますわね」


「ええ。かなり」


 ルークが短く言う。


「気負うな」


「先輩こそ」


「俺はいつも通りだ」


「それが少し怖いのですけれど」


 アルベルトは最後に一言だけ置いた。


「終わったら、短く情報共有する」


「ええ」


「それで十分だ」


 レオノーラの担当へ回されたのは、四人班だった。

 騎士科の男子が一人。

 普通科の女子が二人。

 そして騎士科の女子が一人。


 見るからに噛み合っていない。

 しかも、こちらを見る目がだいぶ硬い。


「レオノーラ・アルトヴァイスですわ」


 まずは名乗る。


「本日の補助を担当いたします」


 少しの沈黙。


 それから騎士科の男子が口を開いた。


「……あの」


「何かしら」


「やっぱり、すごく強いんですよね」


 そこからですのね。


 レオノーラは小さく息を吐いた。


「ええ、多少は」


 答え方が難しい。

 否定しても不自然。

 肯定しすぎてもずれる。


 すると普通科の女子が、思い切ったように言った。


「じゃあ、最初に正解を言ってくだされば早いのでは?」


 来ましたわね。


 とても分かりやすい“ずれ”が、向こうから来ましたわね。


「それをやると」


 レオノーラは穏やかに言う。


「皆さまは何が残りますの?」


 相手が少し黙る。


「え……」


「正解を聞いた、という結果しか残りませんでしょう?」


「でも」


 騎士科の女子が言う。


「間違うよりはいいかと」


「そうかしら」


 レオノーラは首を傾げた。


「では、皆さまが次に別の相手と組んだ時」


「ええ」


「その時も、“強い人が正解を言う”前提で動かれるの?」


 今度は、四人とも黙った。


 よろしい。

 少し噛んできましたわね。


「本日の目的は」


 レオノーラは続ける。


「わたくしの正解を聞くことではなく」


「ええ」


「皆さまが、皆さま自身で“何を見てどう決めるか”を整えることですわ」


 そこで、騎士科の男子が少しだけ眉を寄せた。


「でも、俺たち、演習だと判断遅いって言われたんです」


「ええ」


「だから、変に考えるより、さっさと誰かが決めた方が早いかなって」


 なるほど。

 それはだいぶリアルですわね。


「では」


 レオノーラは一歩だけ近づき、四人を見る。


「早く決めることと、雑に決めることの違いは分かりまして?」


「……えっと」


「分からないから困ってるんですけど」


 普通科の女子が小さく言った。


 その反応は、むしろ良かった。


「結構ですわ」


「え?」


「分からないと言えるのは、出発点としてかなりよろしいです」


 少しだけ空気が緩む。


「では、実際にやってみましょう」


 簡易課題はこうだった。

 道が二手に分かれ、一方は近いが見通しが悪い。

 もう一方は遠いが安全そうに見える。

 運ぶべき荷は一つ。

 途中で追加情報が入る可能性あり。


 良くある。

 だが、良くあるからこそ基礎が出る。


「まず、今の時点で誰か決めます?」


 レオノーラが問う。


 騎士科の男子がすぐに言う。


「近い方で」


「理由は?」


「早いから」


「それだけ?」


「……見通し悪くても、急げば何とか」


 そこへ普通科の女子が口を挟む。


「でも、何かあったら危なくない?」


「遠回りして間に合わなかったら意味ないだろ」


 はい。

 綺麗に割れましたわね。


「では」


 レオノーラは静かに言う。


「今のやり取りで、足りなかったものは何かしら」


 また沈黙。


 だが今度は、さっきより長くない。


 騎士科の女子が、少し考えてから言った。


「……判断の材料、ですか」


「ええ」


「“早い”と“危ない”は出たけど」


「ええ」


「どのくらい早いか、どのくらい危ないかを誰も見てない」


「その通りですわ」


 よろしい。

 一歩目ですわね。


「では次」


 レオノーラは四人を見回す。


「それを誰が見ますの?」


「……俺?」


 騎士科の男子が言う。


「近い方を推したなら、それでよろしいですわ」


「じゃあ俺が近い方見る」


「私は遠い方を見ます」


 普通科の女子が続ける。


「わたしは荷の状態見ます」


 もう一人が言う。


「じゃあ、私は二人の報告をまとめる」


 騎士科の女子が最後に置いた。


 かなりいい。

 かなり自力で進みましたわね。


「それですわ」


 レオノーラは頷いた。


「強い人が先に答えを言うのではなく」


「ええ」


「誰が何を見て戻すかを先に作る」


「それだけで、判断はずいぶん速くなりますの」


 四人の顔が、最初より少しだけ変わっていた。


 見学ではなく、自分の課題として掴み始めている顔だ。


 その瞬間、レオノーラは少しだけ思った。


 ――これは、思っていたより悪くありませんわね。


 講堂を出る頃には、だいぶ日が傾いていた。

 各補助担当も戻ってきている。


「どうでした?」


 セシリアが問う。


「思ったより、かなりまっとうでしたわ」


「レオノーラ様がそう仰るなら、だいぶ良かったのでしょうね」


「そちらは?」


「わたくしの班は、“整理役が整理しすぎて遅れる”を素直にやってくれましたわ」


 それはそれで、少し見てみたかったですわね。


 ルークは短く言う。


「俺のところは、前に出る奴が二人いてぶつかった」


「どうしたんですの?」


「ぶつからせたまま、一度見せた」


 先輩らしいですわね。


 アルベルトは一言だけだった。


「思ったより、受け手側が素直だった」


「それは良かったですわね」


「いや」


 アルベルトがわずかに目を細める。


「だからこそ、“正解を教えてくれ”へ流れやすかった」


「ああ……」


「そこを止める方が、今日は難しかった」


 なるほど。

 それはかなり分かる。


「お姉様」


 帰りの馬車でクラウスが言う。


「何かしら」


「今日は、少しだけ満足そうです」


「そうかしら」


「ええ」


 レオノーラは窓の外を見た。


 夕暮れ。

 学院の尖塔。

 静かになった断星の重み。


「……そうかもしれませんわね」


「どうして?」


「誰とでも、どう成立させるか」


「ええ」


「その入口くらいには、立てた気がいたしますもの」


 それは、ほんの少しだけだった。

 だが、たしかに前進だった。

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