表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/95

第70話 前より少しだけ綺麗に面倒ですと言われましたけれど、綺麗になったところで面倒は面倒ですから、結局わたくしが片づける手間まで減るわけではございませんわ

 綺麗な面倒。


 クラウスがそう言った時、レオノーラは少しだけ笑った。

 だが、屋敷へ戻って自室の机に向かうころには、その言葉の意味をもう少し細かく考えていた。


 綺麗、ということは。

 筋が通っているということだ。

 余計な誤解だけで膨らんでいるわけではなく、理由と順序と帰着点が見えているということだ。


 つまり、逃げにくい。


 大変よろしくありませんわね。


 窓の外は、もうだいぶ暗かった。

 断星を壁際へ立てかけ、レオノーラは椅子へ座る。


 学院での講評。

 森から学院への謝意。

 第一班の反省点。

 そして、第二案と第三案の遠さ。


 どれも単独ならまだ扱いやすい。

 問題は、それらが少しずつ繋がり始めていることだった。


「お姉様」


「入りなさい」


 ノックの後、クラウスが入ってくる。

 今日も茶器付きだった。


「ありがとうございます」


「考え込むと思いましたので」


「その通りですわ」


 茶を置いたあと、クラウスは立ったまま問う。


「今日は、何がいちばん引っかかっていますか」


「難しい問いですわね」


「全部ですか」


「全部です」


 即答すると、クラウスが少しだけ笑った。


「そう仰ると思いました」


「ですが、あえて一つ選ぶなら」


「ええ」


「班のことですわ」


「第一班」


「ええ」


 レオノーラは指先で机を軽く叩いた。


「昨日の講評で、“抑える”だけでは足りないと出ました」


「ええ」


「そこまでは理解できますわ」


「ええ」


「ですが次に、“活かす”へ移るとなると」


「ええ」


「それは、わたくし一人でどうにかできる話でもございませんもの」


「そこですね」


 クラウスがすぐ頷く。


「ええ」


「自分が前に出すぎない、は個人で制御できます」


「ええ」


「ですが、自分を班へ組み込ませる、になると」


「相手も必要ですわ」


「その通りです」


 そこが少し難しい。

 難しいが、嫌な難しさではない。


「殿下も」


 レオノーラは少し考えながら言う。


「ええ」


「先輩も」


「ええ」


「セシリア様も」


「ええ」


「そこは班の課題として受け取ってくださいましたわ」


「でしたら」


「ええ」


「次があるなら、次はもっとやりやすいのでは?」


 それはたしかにそうだった。


 同じ失敗を、同じ形で繰り返す班ではない。

 少なくとも第一班はそう見える。


「……そうですわね」


 レオノーラは静かに頷いた。


「それは、少し助かりますわ」


「それに」


 クラウスは続けた。


「森から学院へ文が届いた件も、悪くありません」


「どうして?」


「“森での出来事”が、曖昧な伝説ではなく、公的ではないが筋の通った交友として学院側へ記録されたからです」


 たしかに。


 もしあれがなければ、森の一日は学院の中で好き放題に解釈され続けたかもしれない。

 だが短くても、まっすぐな文が届いたことで、少なくとも“現実の形”は一つ置かれた。


「つまり」


「ええ」


「お姉様の周囲の重さが、少しずつ“神話”ではなく“履歴”へ変わっている」


 その言い方は、かなりきれいだった。


「履歴、ですの」


「ええ」


「起きたこと」


「通した筋」


「積んだ信義」


「そういうものとして、外側にも見え始めている」


 レオノーラは少しだけ目を伏せた。


 それは、少し安心する。

 同時に、少しだけ逃げにくくもなる。


「……やはり、綺麗な面倒ですわね」


「ええ」


 クラウスが静かに言う。


「だいぶ」


 翌日。


 学院の空気は、ようやく少し平常へ戻りつつあった。

 演習後の熱も、噂のざわつきも、完全には消えていない。

 だが少なくとも、何でもかんでも“レオノーラを見ろ”という空気ではなくなっている。


 それだけで、かなり助かる。


「おはようございます」


「おはようございます、レオノーラ様」


「おはよう」


「おはようございます」


 席へ着くと、アーネストが珍しく身を乗り出さず、普通に声をかけてきた。


「なあ」


「何かしら」


「昨日のあと、騎士科の反応ちょっと変わった」


「どう変わりましたの?」


「前は、“すげえ”か“何なんだあれ”だったけど」


「ええ」


「今は、“ああいうまとめ方もあるのか”になってる」


 それはかなり望ましい変化だった。


「でしたら、良かったのではなくて?」


「まあな」


「でも」


 アーネストが少しだけにやりとする。


「“大剣の聖別”は消えてない」


「やめてくださいまし」


「いや、だって面白いんだって、その言い方」


「面白くありませんわよ」


 リヒャルトが静かに口を挟んだ。


「実際、噂そのものは残っていても、中心はずれています」


「どういうことかしら」


「今は、“聖別された剣”より」


「ええ」


「“そのわりに、思ったより理屈で動いていた”の方が印象に残っている」


「それは、かなりありがたいですわね」


「ええ。だいぶ」


 セシリアも穏やかに言う。


「少なくとも、“剣がすごい”だけではなく」


「ええ」


「“第一班のまとまり方がよかった”へ話が移っていますもの」


 そこが欲しかった。

 本当にそこが欲しかった。


「でしたら」


 レオノーラは小さく息を吐いた。


「ようやく、断星もわたくしも、少し正しい位置へ落ち着き始めたのかもしれませんわね」


「それはどうでしょう」


 前方から、アルベルトが静かに言う。


 やはり来ますのね。


「何ですの」


「落ち着いたというより」


「ええ」


「周囲が、一段だけ理解に追いついた」


 その言い方の方が、たしかに正確かもしれない。


「なるほど」


「だから、次でまたずれる可能性はある」


「大変ありがたくありませんわね」


「事実だ」


 短い。

 だが、否定できない。


 その時、扉が開いてマグダ教員が入ってきた。

 今日は講義用の資料らしい紙束を抱えている。


「座りなさい」


 全員が席につく。


「今日は、演習後の整理と、今後の応用課題について話します」


 応用課題。

 嫌な響きですわね。


 だが、昨日の講評の流れなら、そこへ繋がるのも自然だった。


「先日の合同演習では」


 マグダ教員が淡々と始める。


「個人能力をどう共同体へ編み込むか、という点で良い例と課題がいくつか見えました」


 教室の空気が少し締まる。

 それはそうだろう。

 かなり多くの生徒が、その“個人能力”の話を自分のこととして聞いている。


「強い者が一人で解決する」


「ええ」


「これは速い時もあります」


「ですが」


「共同体の判断力を育てない」


 その整理は、講義からずっと一貫している。


「逆に、強い者が遠慮しすぎる」


「これも問題です」


「つまり重要なのは」


 教員は教卓へ軽く手を置く。


「誰が何をできるか、ではなく」


「その“できること”を、どの順で、どの意味で、どう使うか」


 レオノーラは少しだけ目を伏せた。


 やはり最近、ずっとそこですのね。


「たとえば」


 マグダ教員は紙を見ずに続ける。


「同じ力量を持つ者が二人いても」


「初動で前へ出すべき者と」


「最後に切るべき者は違う」


「また、見る役、整理する役、決める役がいることで」


「突出は初めて共同体の力になります」


 セシリアがほんの少しだけ息を整えたのが気配で分かった。

 たぶん、彼女も自分の役割の重さをあらためて聞いている。


「よって」


 教員は締めに入る。


「今後の課題では、“自分が何をできるか”だけでなく」


「“他者に何をさせるか、あるいはさせないか”まで含めて考えなさい」


 それは、かなり大きい宿題だった。


 授業後。

 休み時間になると、さすがにその話題が残る。


「なあ」


 アーネストが言う。


「これ、結局めちゃくちゃ難しくないか?」


「難しいですわよ」


 レオノーラが即答すると、彼は少しだけ安堵したような顔になった。


「だよな」


「どうして安心した顔をなさいますの」


「いや、お前だけ“余裕ですわ”みたいな顔してたら腹立つから」


「失礼ですわね」


「でもちょっと分かる」


 レティシアが小さく言う。


「どうして?」


「レオノーラ様、難しいって言いながら、結局ちゃんと考え始めるから」


 それはまあ、たしかにそうだった。


「仕方がございませんもの」


「それですわよね」


 セシリアが少し笑う。


「仕方がない、でちゃんと考えるのがレオノーラ様ですもの」


「褒めておられますの?」


「かなり」


 その返答は、少しだけくすぐったかった。


 昼休みの終わり際、第一班の四人はまた自然と集まっていた。

 誰かが呼んだわけではない。

 だが話すべきことがあると、もう互いに分かっている感じがある。


「今日の話」


 ルークが短く言う。


「ええ」


「昨日の延長だな」


「そうですわね」


 アルベルトが腕を組んだまま言う。


「結局、班というのは役割の固定ではなく」


「ええ」


「役割を渡し合える状態が強い、ということだろう」


「その通りだと思いますわ」


 セシリアが頷く。


「わたくしもそう思います」


「つまり」


 レオノーラは少し考えながら言った。


「誰が強いか、ではなく」


「ええ」


「誰が、誰へ、どの局面を渡すか」


「ええ」


「その精度が、次は見られるのですわね」


 ルークが小さく頷いた。


「だろうな」


「面倒ですわね」


「今さらだ」


 その一言で、少しだけ笑ってしまう。


 たしかにそうだ。

 今さらである。


 放課後。


 今日は呼び出しもなく、比較的静かに学院を出られた。

 馬車へ向かう途中、ふと断星の重みを背に感じる。


 森で受け入れられ。

 学院で使われ。

 そして今は、次の課題の入口に立っている。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は少し、前向きな顔ですね」


 待っていたクラウスが言う。


「そうかしら」


「ええ」


「どうしてだと思う?」


「難しい課題が、ちゃんと課題として見えたからでしょうか」


 その言葉に、レオノーラは少しだけ目を細めた。


「……ええ」


「たぶん、そうですわ」


 曖昧な不安より、輪郭のある面倒の方が、まだ扱いやすい。

 面倒であることに変わりはない。

 だが、何に手をつければよいかが見えるだけで、人はだいぶ楽になる。


 馬車へ乗り込みながら、レオノーラは静かに息を吐いた。


「では次は」


「ええ」


「“誰が強いか”ではなく、“どう渡すか”ですわね」


 クラウスが小さく頷く。


「かなり高度です」


「ええ」


「でも」


「何かしら」


「お姉様は、少しそういう顔も似合うようになってきました」


 その言い方に、レオノーラはほんの少しだけ笑った。


「それは喜んでよいのかしら」


「たぶん」


 たぶん。

 その曖昧さが、少しだけ心地よかった。


 馬車がゆっくり動き出す。

 窓の外で、学院の尖塔が遠ざかっていく。


 第二案は、まだ眠っている。

 第三案は、まだ夢のままだ。

 断星だけが、今ここにある。


 ならばしばらくは、この“今ある剣”で、今ある課題を片づけていくしかない。


 それで十分だと、ようやく少しだけ思えるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ