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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第60話 それで閉じるのですねと言われましたけれど、銘だけでも十分重いのに、その上ルーン文字まで刻んで剣を完成させるなど、本当にゴルド殿は容赦がございませんわ

 それならたぶん、まだ前へ進める。


 そう思っていたのに、結局のところ、前へ進むたびに剣の意味も少しずつ重くなっていく。


 第一案。


 砕けた元の大剣の系譜を引き、今の自分へ最も安定して噛み合う常用剣。

 それをゴルドが仕上げる。

 そこまでは、もう決まっている。


 だが、その仕上げが単なる研磨や接合で終わるはずもなかった。


 数日後。


 工房から、短いが妙に圧のある書状が届いた。


 第一案、仕上げ直前。来い。


 非常にゴルド殿らしい文面ですわね。


「お姉様」


「何かしら」


「だいぶ短いですね」


 クラウスが書状を横から見て言う。


「ええ」


「逆に嫌な予感しかしません」


「同感です」


 レオノーラは書状を畳みながら、小さく息を吐いた。


「“仕上げ直前”とある以上、最終確認でしょうね」


「ええ」


「そして、親方がわざわざ呼ぶ以上、たぶん」


「ええ」


「何か追加でやります」


 それが嫌なのですわよね。


 だが、行かないという選択肢はない。

 第一案の完成は、今の自分にとって明確に必要な段階だ。


 馬車で工房へ向かう道すがら、レオノーラは窓の外を眺めていた。

 森は少しずつ色を深くし、山気が濃くなっている。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、前より警戒の方が強い顔です」


「ええ」


「楽しみより?」


「半分くらいは」


「残り半分は?」


「ゴルド殿が、ろくでもなくも理にかなったことを思いついている気配ですもの」


 クラウスが静かに頷いた。


「否定できません」


 工房へ着くと、今日は門前で待っていたのはゴルド一人ではなかった。

 眼鏡の細工師。

 若いドワーフが二名。

 そして少し離れた場所に、シェルヴァンまでいる。


 やはりそうですのね。


「来たか、嬢ちゃん!」


「参りましたわ、ゴルド殿」


「来たぞ、レオノーラ」


「ええ、シェルヴァン」


「お前が来ると言うから、こちらも立ち会う」


「そういうところ、本当に抜かりがございませんわね」


 シェルヴァンはそれを否定しない。

 ただ静かに視線を返すだけだ。


「第一案は?」


 レオノーラが問うと、ゴルドがにやりと笑った。


「仕上がっとる」


 胸の奥が、少しだけ熱を持つ。


「見せていただけますの?」


「そのために呼んだわ」


 主工房の奥へ通される。

 いつもなら熱と打撃音が満ちているその場所が、今日は少しだけ静かだった。


 中央の長い台。

 その上に、布をかけられた一振りがある。


 無骨で、長く、重い輪郭。

 布越しでも分かる。


 第一案だ。


「開けるぞ」


「ええ」


 ゴルドが布を払った。


 現れた大剣は、一見すれば今レオノーラが背負っている剣とよく似ていた。

 無骨。

 余計な装飾なし。

 バスターソード寄りの重い輪郭。


 だが近づくほどに違いが分かる。


 芯の通り方。

 刃元から背にかけての厚み。

 手元へ戻る力を意識した重心。

 そして、今の剣よりわずかに“静か”だ。


「……きれいですわね」


 思わず本音が漏れる。


「派手さはございませんのに」


「派手である必要がないからな」


 ゴルドが言う。


「こいつは見せ物ではない」


「ええ」


「お主が、今のお主として使うための剣じゃ」


 レオノーラはゆっくりと歩み寄り、柄へ手をかけた。


 持ち上げる。


 ――軽い。


 いや、実際の重量が軽いわけではない。

 それでも、抜け方が違う。

 今の剣より、明らかに素直に持ち上がる。


「どうじゃ」


「今の剣より、手元が静かですわ」


「うむ」


「戻りが速いのに、浮きません」


「うむ」


「しかも、止めようとした位置へ素直に収まる」


 眼鏡の細工師が満足そうに頷いた。


「そこを詰めました」


「高出力強化を流しても、初動の暴れが少ないはずです」


「試しても?」


「よい」


 レオノーラはごく薄く、無属性強化を流した。

 流れが柄から刀身へ走る。

 今の剣なら、ここで一瞬だけ“乗る”感覚が強く出る。

 だが第一案は違った。


 すっと通る。

 そして、必要以上に主張しない。


「……なるほど」


「分かるか」


「ええ」


「どう違う?」


「今の剣は、こちらが押し切って馴染ませた感じですわ」


「ええ」


「ですが、これは最初から噛み合うよう詰めてあります」


 ゴルドが嬉しそうに鼻を鳴らした。


「それでこそじゃ」


 シェルヴァンは少し離れた位置から、その流れを静かに見ていた。

 やがて一言だけ言う。


「預託材も無駄なく入っているな」


「ええ」


 眼鏡の細工師が答える。


「第一案の設計範囲内のみです」


「余剰も封緘済みか」


「済んでいます」


 よろしい。

 そこは本当に大事だ。


「それで」


 レオノーラは剣を持ったままゴルドを見る。


「仕上げ直前、と書いてありましたわね」


「うむ」


「もう十分、完成しているように見えますけれど」


「まだじゃ」


 やはりそう来ますのね。


「何が残っておりますの?」


 ゴルドはそこで、少しだけ真面目な顔になった。


「閉じがまだじゃ」


「閉じ?」


「ええ」


 眼鏡の細工師が補足する。


「骨格も、素材の流れも、使用者への噛み合わせも、もうほぼ終わっています」


「ええ」


「ですが、最後に“これをこの剣として固定する”工程が残る」


 レオノーラはほんの少しだけ目を細めた。


「……銘、ですの?」


「半分正解じゃ」


 ゴルドが言う。


「もう半分は、ルーン文字じゃ」


 来ましたわね。


 やはり来ましたわね。


「装飾ではございませんわよね?」


「当たり前じゃ!」


 ゴルドが吠える。


「見栄えのために刻むなら、儂はこんな顔をしておらん!」


「そこは信用しておりますわ」


 それならよろしい。


「説明をお願いできますかしら」


「うむ」


 ゴルドが第一案の刃元を指で示す。


「竜骨、魔鋼、オリハルコン、ミスリル」


「ええ」


「こいつらは、もう噛み合っておる」


「ええ」


「じゃが、噛み合っているだけでは足りん」


「どういう意味ですの?」


「お主の振り方、強化の流し方、戻しの癖」


「ええ」


「それらを、この剣の側へ固定してやる必要がある」


「固定」


「そうじゃ」


 眼鏡の細工師が続ける。


「暴れを抑える」


「返りを整える」


「流れを散らさない」


「そして、銘を剣に定着させる」


 その最後の一言が、妙に重かった。


「銘を……定着?」


「ええ」


 ゴルドは腕を組み、レオノーラをまっすぐ見た。


「銘は言葉で与える」


「ええ」


「だが、それだけではまだ人の口の上にあるだけじゃ」


「ええ」


「ルーンを刻んで、ようやく剣そのものへ閉じる」


 その理屈は、驚くほどしっくりきた。


 浪漫ではない。

 迷信でもない。

 鍛冶師としての最終調律だ。


「刻む場所は?」


 レオノーラが問う。


「表には出しません」


 眼鏡の細工師が答える。


「刃元の内側、背の寄り、そして茎に近い位置」


「ええ」


「見える者にしか見えない」


「よろしいですわね」


 そこは本当に重要だった。


 刀身にびっしり古代文字など刻まれたら、さすがに困る。

 学院へも持っていくのだ。

 必要以上に神秘化されてはたまらない。


「では」


 レオノーラは第一案をそっと台へ戻した。


「ルーン文字を刻むことで、第一案は完成するのですわね」


「そうじゃ」


「そして、その前に」


 ゴルドが少しだけ顎を上げる。


「銘を与える」


 工房の空気が、少しだけ変わった。


 若いドワーフたちも、さっきまでの軽さがない。

 シェルヴァンも、静かにその場を見ている。


 ここは、軽い場面ではないのだ。


「……伺いましょう」


 レオノーラがそう言うと、ゴルドは一歩だけ前へ出た。


「この剣は」


「ええ」


「砕けた元の大剣の流れを引く」


「ええ」


「今のお主に合わせて詰めた」


「ええ」


「無駄に飾らず、過剰に荒れず」


「ええ」


「必要な時に、必要なだけ断つ剣じゃ」


 その言葉は、静かだった。

 だが、工房全体へ沈んでいくような重さがある。


「よって」


 ゴルドは低く言った。


「この剣の銘は――“断星”じゃ」


 数秒、工房が静まり返った。


 断星。


 短い。

 だが軽くない。

 派手ではない。

 だが、今の第一案には妙に合っている。


「……大げさですわね」


 レオノーラは、まずそう返した。


 するとゴルドは鼻を鳴らす。


「儂が打った」


「ええ」


「儂が名を与える」


「使うのはわたくしですわ」


「だから何じゃ」


 やはりその返しですのね。


 だが、少しだけ可笑しかった。


「不服か」


 ゴルドが問う。


 レオノーラは第一案――断星を見た。


 砕けた過去を引き、今の自分へ合わせて詰められた剣。

 そして、森と工房の信義まで乗った剣。


「……いいえ」


 静かに答える。


「不服ではございませんわ」


「そうか」


「ええ」


「では、ルーンを入れる」


 そこからは、工房の空気が一段深くなった。


 誰も軽口を叩かない。

 若いドワーフたちは離れ、眼鏡の細工師だけが道具を並べる。

 細い刻印具。

 ごく小さな火。

 魔力を通すための灰色の粉末。


「お主は見ておれ」


 ゴルドが言う。


「手は出すな」


「ええ」


 断星が静かに固定される。

 ゴルドが刃元の内側へ刻印具を当てた。


 細い音がした。

 火花でもなく、削る音でもない。

 もっと静かで、もっと鋭い音だ。


 最初のルーン。


 次のルーン。


 短い列。

 意味は分からない。

 だが、そこへ流れている意図は分かる。


「……きれいですわね」


 思わず小さく漏らすと、シェルヴァンが隣で言った。


「骨格安定」


「ええ」


「次は制御」


「分かるの?」


「少しは」


 たしかに、森の民ならこの系統の文字列に馴染みがあってもおかしくない。


「最後が銘ですの?」


「銘そのものではない」


「ええ」


「銘を定着させる列だ」


 なるほど。


 つまり“断星”という人の言葉を、そのまま書くわけではない。

 意味の核だけを、剣の側へ落とすのか。


 ゴルドの手は、驚くほど迷いがなかった。

 短く、深く、必要なだけ。


 やがて最後の一刻が終わると、彼は刻印具を置き、小さく息を吐いた。


「これで閉じた」


 工房の誰も、すぐには声を出さなかった。


 断星の刀身は、見た目にはほとんど変わらない。

 だが、空気だけが変わっていた。


 さっきまで“仕上がり直前の良い剣”だったものが、今ははっきり“この剣”になっている。


「持て」


 ゴルドが言う。


 レオノーラは一歩前へ出て、断星の柄を握った。


 持ち上げる。


 ――違う。


 大きくではない。

 だが確実に違う。


「どうじゃ」


「……静かですわね」


「ええ」


「さっきより、さらに」


「どこが?」


「流れが散りません」


 レオノーラはほんの薄く強化を流す。

 今までなら、ごくわずかに“こちらが押している”感覚があった。

 だが今は違う。


 押すより先に、剣の側が受け皿を作る。

 そして、必要なだけ整って返る。


「なるほど」


「分かるか」


「ええ」


「言葉にできますか」


 眼鏡の細工師が問う。


「今までは“使いこなせる”でした」


「ええ」


「今は“噛み合っている”ですわ」


 その答えに、ゴルドが満足そうに笑った。


「それでよい」


 シェルヴァンも、断星を見ながら小さく頷いた。


「預託材も、正しく閉じている」


「ええ」


「これなら森へ持ち込める」


「そうですわね」


「遊びに来るのだろう」


 そこでその言い方をなさるのですね。


「ええ」


 レオノーラは少しだけ笑った。


「断星を持って、遊びに伺いますわ」


「よろしい」


 ゴルドがそこへ割って入る。


「ただし!」


 やはりただしは来ますのね。


「何でしょう」


「学院で雑に振るうな」


「ええ」


「こいつは見せ物ではない」


「存じておりますわ」


「そして」


 ゴルドがにやりと笑う。


「第三案の方は、工房で順調に育っとる」


 やめてくださいまし。


「聞いておりませんわ」


「今言った」


「今後もあまり聞きたくございません」


 工房の空気が、そこでようやく少し緩んだ。


 断星は完成した。

 銘を得て、ルーンを刻まれ、剣そのものとして閉じた。


 それは重い。

 だが、嫌な重さではない。


 工房を出る前、ゴルドが最後に言う。


「嬢ちゃん」


「何かしら」


「その剣は、砕けた過去の続きじゃ」


「ええ」


「だが、砕けたままの続きではない」


「ええ」


「次へ行く剣じゃ」


 レオノーラは断星を背負い直した。


 重さはある。

 だが、その重さは今の自分に確かに合っている。


「行きますわよ」


 小さくそう言うと、クラウスが隣で頷いた。


「ええ」


「今度の森行きは、前とは少し違いますね」


「そうですわね」


「どう違います?」


 レオノーラは工房の煙を一度だけ振り返り、それから答えた。


「今度は、断星を持って参りますもの」


 それはたぶん、剣を見せに行くのではない。

 自分が次の段階へ入ったことを、森へも示しに行くということなのだ。

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