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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第59話 今のお姉様の次段階が見られるのかもしれませんと言われましたけれど、そういう言い方をされると、少しだけ本当にその通りな気がして困りますわ

 それは少しだけ嫌で、少しだけ正しかった。


 剣の次段階が仕上がる前に、自分自身の次段階を見られるかもしれない。

 クラウスのその言い方は、妙に胸へ残った。


 第一案の完成はまだ先。

 だが学院の合同演習は、その前に来る。


 つまり今のレオノーラが、今ある手札だけで、どう判断し、どう連携し、どう見られるか。

 そこを先に試されるわけだ。


「……面倒ですわね」


 馬車の中で小さく呟くと、クラウスが即座に頷いた。


「ええ」


「否定しませんのね」


「否定できる要素がありません」


 それもその通りである。


 屋敷へ戻ったその夜、レオノーラは珍しく剣を持たずに中庭へ出た。

 身体を動かしたい気分ではあった。

 だが、今必要なのは斬撃の精度ではない。


 立ち位置。

 視線。

 踏み込む順番。

 指示を出すならどのタイミングか。


 そういうものを、頭の中で繰り返す。


「お姉様」


 後ろからクラウスの声がした。


「何かしら」


「やはり剣は持たないのですね」


「ええ」


「今日は、振るより整理ですわ」


 レオノーラはそう言って、石畳の上へ視線を落とす。


「もし殿下とヴァンハイム先輩が同じ班なら」


「ええ」


「指揮の軸はどちらかに寄ります」


「そうでしょうね」


「そこへわたくしが割って入る形は、あまり美しくありません」


 クラウスは静かに聞いていた。


「ですが」


「ええ」


「何も言わずに火力役へ徹しても、それはそれで講義の文脈を無駄にしますわ」


「つまり」


「ええ」


「必要な時だけ口を出す」


「はい」


「ただし、主導権を奪う形ではなく、判断材料を置く形で」


 言いながら、自分でもそれが一番きれいだと思った。


 演習は戦場の縮図だ。

 だが、ただ勝てばいいわけではない。

 学院はそこへ“理解と統制”の文脈を重ねている。


 なら、自分がやるべきことは決まる。


「お姉様」


「何かしら」


「今、ほぼ答えが出ましたね」


「そうかしら」


「ええ。今日は顔が迷っていません」


 翌日。


 班分け掲示の日だった。


 朝から学院の空気は落ち着かない。

 騎士科の廊下も、普通科の階段も、どこか浮ついている。


 当然だ。

 混成演習は、普段交わらない評価軸が交わる場でもある。

 誰が誰と組まされるのか、それだけで空気が変わる。


 一組の教室へ入ると、今日ばかりは最初からざわめきがあった。


「おはようございます」


 レオノーラがそう言うと、返ってくる挨拶も少しだけ早い。


「おはようございます、レオノーラ様」


「おはよう」


「おはようございます」


 そして、アーネストがすぐに言った。


「今日だな」


「ええ」


「班分け」


「ええ」


「嫌か?」


「少しだけ、では済みませんわね」


 アーネストが吹き出す。


「そこまでかよ」


「そこまでですわよ」


 リヒャルトは静かに本を閉じた。


「ですが、もう整理はできている顔ですね」


「そうかしら」


「ええ。昨日までよりずっとましです」


 ありがたい。

 この人は、変なところでよく見ている。


 その時、扉が開き、マグダ教員が入ってきた。

 手には、紙がある。


 来ましたわね。


「全員、静かに」


 教室が少しずつ鎮まる。


「合同演習の班分けを伝えます」


 ざわめきが完全に止まる。


「掲示は後ほど出しますが、まず一組分を読み上げます」


 レオノーラは小さく息を整えた。

 予想はしている。

 しているが、やはり実際に聞く瞬間は別だ。


「第一班」


 マグダ教員が紙へ目を落とす。


「アルベルト・エーヴェルハルト」


 ええ。


「ルーク・ヴァンハイム」


 ええ。


「レオノーラ・アルトヴァイス」


 やはりそうですのね。


「セシリア・ローゼンベルク」


 ……そう来ますのね。


 そこは少し予想外だった。

 悪くはない。

 むしろかなり良い。


「以上の四名です」


 教室の空気が、今度は別の意味で張った。


 アーネストが、何とも言えない顔をしている。

 レティシアは少し驚き、少し安心したようにも見えた。

 リヒャルトは、なるほど、という顔で小さく頷いている。


 そしてセシリア本人は、ほんのわずかに目を見開いたあと、すぐに落ち着きを取り戻した。


「……なるほど」


 アルベルトが低く言う。


「きれいに組んだな」


 その感想は、かなり正しい。


 戦力だけではない。

 制御だけでもない。

 判断と対話の文脈を班そのものに入れている。


 ルークとアルベルトで前線と統率の軸。

 自分は高出力枠。

 そこへセシリアが入ることで、冷静な観察と調整、そして普通科側の判断軸まで入る。


 学院、思ったより容赦がありませんわね。


 読み上げが終わり、他班の説明へ移っている間も、レオノーラの頭の中ではすでに組み立てが始まっていた。


 セシリアがいる。

 これは大きい。


 自分と殿下とルークだけなら、どうしても“危険物管理班”みたいな見え方になる。

 だがセシリアが入ると、それだけではなくなる。


 見る者。

 整える者。

 状況を言葉へ落とす者。


 つまり、班の中に“解釈役”がいる。


 それは助かる。

 かなり助かる。


 授業の合間、当然のように第一班の空気はざわついた。


「うわあ」


 アーネストが一番先に来た。


「何ですの、その第一声は」


「いや、だって」


「ええ」


「めちゃくちゃそれっぽい班じゃないか」


「それっぽい、とは」


「学院が考えました感、すごい」


 否定できない。


「でも」


 レティシアが少し心配そうにセシリアを見る。


「セシリア様、大丈夫ですの?」


 セシリアは一拍だけ考え、それから柔らかく笑った。


「正直に申しますと、少し緊張はいたしますわ」


「でしょうね」


 レオノーラが言うと、セシリアは苦笑した。


「ですが」


「ええ」


「レオノーラ様がいるから不安、という感じではありませんの」


 そこは少し意外だった。


「そうですの?」


「ええ」


「むしろ、レオノーラ様が全部なさろうとした時に、どこで止めるかを考えております」


 やめてくださいまし。

 妙に正確ですわね。


 アーネストが吹き出した。


「分かるわ、それ」


「笑いごとではございませんわよ」


「でも当たってるだろ」


「……否定しにくいですわね」


 リヒャルトが静かに言う。


「班の形としてはかなり良いと思います」


「どうしてですの?」


「役割が偏りきっていないからです」


 彼は指を折るでもなく、淡々と続けた。


「アルベルト殿下は全体の重心になれる」


「ええ」


「ヴァンハイム先輩は現場感覚が強い」


「ええ」


「レオノーラ様は突破と判断の両方を持つ」


「ええ」


「そしてセシリア様が、過熱を抑えつつ意味を整理できる」


 セシリアが少しだけ困ったように笑う。


「そこまで大層なことができるか分かりませんけれど」


「できますわ」


 レオノーラが即答すると、セシリアは少し目を瞬いた。


「そうですの?」


「ええ」


「少なくとも、わたくし一人よりは確実に」


「それは光栄ですわ」


 その時、前方でアルベルトが立ち上がった。

 こちらへ来る。


 当然ですわよね。


「放課後、少し時間はあるか」


「班の顔合わせですの?」


「そうだ」


「ええ。必要でしょうね」


「場所は中庭脇の回廊でいいか」


「構いませんわ」


 ルークも少し遅れて近づいてきた。


「先に言っておく」


「何でしょう」


「今日の話し合いで、役割を固定しすぎるつもりはない」


 よろしい。


 かなりよろしい。


「それは助かりますわ」


「どうしてだ」


「最初から“この人はこれだけ”と決めると、演習の意味が減りますもの」


 ルークは短く頷いた。


「同意見だ」


 放課後。


 指定された回廊には、先にアルベルトとルークがいた。

 少し遅れてセシリアが来る。

 これで第一班の四人が揃った。


 夕方の光が石壁へ落ちていて、思ったより静かな場所だった。


「では」


 アルベルトが最初に口を開く。


「明日の合同演習だが」


「ええ」


「最初に確認したい」


「何ですの?」


「全員、勝つこと自体を最優先にする気はあるか」


 良い問いですわね。


 順番がいい。


「ありますわ」


 レオノーラが答える。


「もちろんです」


 セシリアも言う。


「ある」


 ルークが短く答える。


「ならいい」


 アルベルトは頷いた。


「次だ」


「ええ」


「そのうえで、誰か一人が全部を持つ形は避けたい」


 そこも予想通りだった。


「異存ございませんわ」


「同じくです」


 セシリアが答える。


「当然だ」


 ルークも言う。


 アルベルトはその返答を確認してから、レオノーラを見る。


「君は、どこまで出るつもりだ」


 来ますわよね、その問い。


 レオノーラは少しだけ考え、それから答えた。


「必要な場面で必要なだけ、ですわ」


「曖昧だな」


「ええ。だから補足いたします」


 レオノーラは静かに続ける。


「わたくしは、前に出ること自体を避けません」


「ええ」


「ですが、初手から解決役にもなりません」


「どうしてだ」


「班が思考を放棄するからですわ」


 ルークが小さく頷いた。


「そうだな」


「ですから」


 レオノーラはセシリアへ一度視線を向け、それから全体へ戻す。


「最初の判断は共有したいですわ」


「共有?」


 セシリアが問う。


「ええ。誰が前に出るか、誰が見るか、誰が繋ぐか」


「なるほど」


「それを最初に一度だけ、短くでも揃えたい」


 アルベルトが少しだけ目を細めた。


「その場合、君はどこに入る」


 レオノーラは、そこは迷わなかった。


「前衛寄りですわ」


「だろうな」


「ですが、単独突出はいたしません」


「ええ」


「その代わり、崩すべきところだけ崩します」


 ルークが低く言う。


「それでいい」


「セシリア様は?」


 アルベルトが振る。


 セシリアは少しだけ息を整えてから答えた。


「後衛に固定されるつもりはございませんわ」


「ええ」


「ただし、見る役は引き受けられます」


「見る、とは」


「班の熱量と判断の偏りを」


 その答えに、レオノーラは少しだけ笑った。


「やはり、かなり助かりますわね」


「そう見ていただけるなら」


 セシリアも少しだけ笑う。


 そこでルークが腕を組んだ。


「なら、初動はこうだ」


「ええ」


「俺とアルベルトで正面を見る」


「ええ」


「レオノーラは、初手では半歩引く」


「ええ」


「だが、必要が見えたら一段だけ前へ出る」


「ええ」


「セシリアは、その判断が過剰か不足かを見る」


 かなりいい。

 かなり整理されている。


「異存ございます?」


 レオノーラが問うと、アルベルトが首を振る。


「ない」


「ありませんわ」


 セシリアも言う。


「ない」


 ルークも短く返した。


 これで骨格は決まった。


 固定ではない。

 だが初動の共通理解はある。


 その差は大きい。


「では」


 アルベルトが締めに入る。


「明日は、まずこの形で入る」


「ええ」


「そのうえで、状況に応じて変える」


「ええ」


「君たち」


 彼は少しだけ言葉を選んだ。


「面倒だが、悪くない班だと思う」


 それは、だいぶ珍しい評価だった。


「殿下がそう仰るなら」


 レオノーラは少しだけ口元を緩めた。


「たぶん本当に悪くないのでしょうね」


 アルベルトも、ほんの少しだけ笑う。


「たぶんな」


 話し合いが終わり、回廊の空気が少しだけ緩む。


 だが解散の前に、ルークがレオノーラへだけ一言置いた。


「お前」


「何でしょう」


「必要な場面で必要なだけ、を忘れるなよ」


「先輩こそ」


「何だ」


「前に出すぎませんように」


 ルークは数秒だけ黙り、それから小さく息を吐いた。


「お互いさまだな」


 帰りの馬車へ向かう途中、クラウスがいつもの場所で待っていた。


「お姉様」


「何かしら」


「顔合わせはうまくいきましたか」


「ええ」


「それは何よりです」


「思ったより、かなり」


「班として動けそうですか」


 レオノーラは少しだけ空を見上げた。


 夕方の色は薄くなり、夜の手前の青へ移っている。


「ええ」


 やがて、ゆっくり答える。


「少なくとも、全員が同じ面倒を見ているのは確かですわ」


 それは小さいようで、大きい。

 たぶん明日、自分たちはそこから始めるのだ。

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