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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第58話 第一案の完成待ちですわねと口にした以上、ようやく少し穏やかな時間が来るのかと思いましたけれど、そう簡単に何も起きない日々が続くわけではございませんわ

 そう答えた時、ようやく少しだけ、未来の輪郭が穏やかに見えた。


 見えたのだが。


 レオノーラはもう知っている。

 未来の輪郭が穏やかに見える時ほど、その穏やかさは長く続かない。


 第一案の完成待ち。

 工房は動いている。

 森との確認も済んだ。

 学院との整理もひとまず終わった。


 なら、次は少し静かな時間が流れてもよさそうなものだ。

 だが、そういう期待をした直後に限って、物事は別の方向から動く。


 翌日。


 一組の教室へ入った瞬間、レオノーラは空気の違いに気づいた。


 静かだ。


 だが、張っている。


 誰かが騒いでいるわけではない。

 視線も露骨ではない。

 その代わり、何かを待っているような、少しだけ呼吸を潜めた空気がある。


 これはあまりよろしくありませんわね。


「おはようございます、レオノーラ様」


「おはようございます、セシリア様」


 いつも通りに返しながら席へ向かう。

 アーネストは妙に真顔で、リヒャルトは本を開いているが、意識は半分こちらだ。

 レティシアは何か知っていそうで、でもまだ言ってはいけないと思っている顔をしている。


 そしてアルベルトは、すでに席についていた。


 その机上に、見慣れぬ封書がある。


 嫌な予感がした。


「……何かございましたの?」


 レオノーラが席へ着く前にそう問うと、アーネストがすぐに顔を上げた。


「分かるか」


「分かりますわよ」


「そんな空気をしておいて、何もない方が不自然ですもの」


 リヒャルトが小さく息を吐いた。


「その通りですね」


「で?」


 レオノーラは改めて問う。


「何があったのです?」


 今度はアルベルトが封書を閉じた。


「正式決定だ」


 その前置きで、だいぶ嫌な気持ちになる。


「何の、ですの?」


「来週の学院合同演習」


 はい?


 レオノーラは一瞬だけ目を瞬いた。


 合同演習。

 授業ではなく、演習。

 しかも来週。


「聞いておりませんわよ」


「今朝、正式に回った」


「ずいぶん急ですわね」


「例年より前倒しらしい」


 リヒャルトが静かに補足する。


「実力測定後の空気を受けて、今年は座学と武技の連結を早める方針だとか」


 学院、案外仕事が速いですわね。


 速くて困りますわね。


「内容は?」


 レオノーラが問うと、アルベルトは封書を机へ置いた。


「騎士科と普通科の混成演習」


「ええ」


「小隊単位の模擬任務」


「ええ」


「指揮、連携、判断、対話の確認」


 そこまで聞いた時点で、だいぶ嫌な予感が形になってくる。


「そして」


 アルベルトが淡々と続ける。


「一組からは、君が組み込まれる」


 やはりそうですのね。


 レオノーラは目を閉じたくなったが、もちろんしない。


「どうしてわたくしですの?」


「講義の流れだろうな」


 アーネストが言う。


「高出力個体がどうの、ってやつ」


「便利に使われておりますわね」


「まあな」


 便利に使うなとは言わない。

 ただし、雑に使うなとは言いたい。


「殿下は?」


「入る」


「ヴァンハイム先輩は?」


「入る」


「……なるほど」


 だいぶ面倒ですわね。


 かなり面倒ですわね。


「何が“なるほど”なんだ?」


 アーネストが問う。


「学院が、講義で作った文脈を演習へ接続したいのですわ」


「どういう意味だ?」


「強い者をどう見るか、で終わらせず」


「ええ」


「強い者を含む集団をどう動かすか、まで持っていきたいのです」


 リヒャルトが小さく頷く。


「たしかに」


「講義だけで終えるより、学院としては筋がいい」


「でしょうね」


 問題は、筋がいいことと、楽なことは別だという点である。


「お前、嫌そうだな」


 アーネストが率直に言う。


「嫌ですわね」


「即答かよ」


「即答ですわよ」


 レオノーラはため息をつく。


「混成演習という時点で面倒ですもの」


「どうして?」


 今度はレティシアが素直に問う。


「だって」


 レオノーラは少しだけ肩をすくめた。


「個の強さだけで押し切れば、“やはり単独で完成している”と見られますでしょう?」


「ええ」


「かといって抑えすぎれば、“連携では戦力を落とす”とも見られかねません」


「……まあ」


 セシリアが小さく頷く。


「それは、たしかに難しいですわね」


「でしょう?」


「ええ」


「しかも小隊単位なら、周囲がどう合わせるかまで含めて見られますもの」


 そこでアルベルトが静かに言った。


「だから選ばれたんだろうな」


「嬉しくございませんわね」


「だが妥当だ」


 その返しがいちいち正しいのが少し腹立たしい。


「班分けは?」


 レオノーラが問うと、アルベルトは短く答えた。


「まだ」


「ですが、ある程度予想はつきますわね」


「たぶんな」


 ルークが入る。

 アルベルトが入る。

 そして自分も入る。


 この時点で、だいたい一種類しか想像できない。


 学院はたぶん、“分かりやすく制御された危険物”を一つの班に寄せる。


 つまり。


「殿下」


「何だ」


「同じ班になりそうですわね」


「だろうな」


 あっさり認めますのね。


「嫌ですの?」


 レティシアが問う。


「少しだけ、では済みませんわね」


 アーネストが吹き出した。


「そんなにか」


「そんなにですわ」


「でも、殿下とヴァンハイム先輩が一緒なら、かなり安定しそうじゃないか?」


「安定はするでしょうね」


「じゃあいいだろ」


「よくありませんわ」


「何でだよ」


 レオノーラは少しだけ目を細めた。


「安定しすぎると、“最適解の固定班”みたいに見えるではありませんの」


 空気が少し静まる。


 リヒャルトが、その静まりを受けて言った。


「なるほど」


「どういう意味ですの?」


 セシリアが問う。


「この三人がまとまりすぎると」


「ええ」


「今後、“この組み合わせなら無難”として固定されやすい」


「……ああ」


 セシリアも理解したらしい。


「たしかに、それはございますわね」


「でしょう?」


 レオノーラは頷く。


「演習一回ならまだしも、それが“扱いやすい組み合わせ”として定着するのは少々困りますの」


「相変わらず、お前そういうとこ実務だな」


 アーネストが言う。


「褒め言葉でしょう?」


「半分くらいは」


 その時、扉が開いてマグダ教員が入ってきた。

 教室の空気がすぐに締まる。


「全員席につきなさい」


「はい」


 レオノーラも席へ着く。


 マグダ教員は教壇へ立つと、前置きなく言った。


「来週の合同演習について、正式に伝えます」


 やはりそうですのね。


「今年は、講義内容との接続を重視し、例年より早い時期に実施します」


「編成は後日掲示」


「ただし、一部については学院側で意図的に班を組みます」


 その言い方で、もうだいたい分かる。


「なお」


 マグダ教員の目が、教室を一度だけ走った。


「これは能力の優劣を競う場ではなく、判断と連携を見る場です」


 はい。

 その建前は存じておりますわ。


「個人で突出すること」


「逆に、過度に抑えて責務を放棄すること」


「そのどちらも、今回の評価対象ではありません」


 つまり、塩梅を間違えるな、ということだ。


 分かっておりますわよ。

 分かっておりますけれど、だから面倒なのですわよ。


 午前中の授業は、その演習の話が頭の隅から離れないまま過ぎた。


 昼休みになると、当然のようにまた話題がそこへ戻る。


「なあ」


 アーネストが弁当を持ったまま言う。


「お前、演習でどこまでやるつもりだ?」


「まだ班も分かっておりませんのに?」


「でも考えてるだろ」


「ええ」


「やっぱりな」


 レオノーラは少しだけ箸を置いた。


「基本方針だけなら、ございますわ」


「聞いていいか」


「内容によりますわ」


「最近ほんとそれ多いな」


「便利ですもの」


 リヒャルトが小さくため息をつく。


「一つだけにしておきなさい」


「じゃあ一つだけ」


 アーネストが身を乗り出す。


「突出しないつもりか?」


 良い問いだった。

 かなり良い問いだった。


「いいえ」


「しないのか?」


「“突出しない”を目標にはいたしません」


 アーネストが目を瞬く。


「どういうことだ?」


「必要な場面で必要なだけ出ます」


「ええ」


「ただし、全部をわたくしで解決しない」


 リヒャルトが頷く。


「それが妥当でしょうね」


「でしょう?」


「ええ。講義で作った文脈とも合います」


 セシリアが静かに言う。


「周囲に考えさせる余地を残すのですね」


「そうですわ」


「そして、こちらも周囲の判断を見ます」


 そこが大事だ。


 自分がどう見られるかだけではない。

 周囲が、自分をどう組み込もうとするか。

 その判断そのものも見る必要がある。


「レオノーラ様」


 レティシアが少し心配そうに言う。


「それって、気を使いすぎてお疲れになりません?」


「なりますわね」


「やはり」


「ですが」


 レオノーラは少しだけ笑った。


「今さらそこを雑にして、あとで余計に面倒になる方が嫌ですもの」


 その返しに、レティシアは困ったように、それでも納得したように頷いた。


「やっぱりレオノーラ様らしいですわ」


 放課後。


 帰り際に廊下へ出ると、そこにルークがいた。

 壁に寄りかかるでもなく、ただ立っている。

 だが待っていたのは明らかだった。


「……先輩」


「来たか」


「来たか、ではなくて」


「少し話せるか」


 断る理由も薄い。

 レオノーラは小さく頷いた。


「ええ」


 少し場所を移し、人の少ない回廊の角へ寄る。

 窓の外には夕方の光が落ちていた。


「演習の話ですよね」


「そうだ」


「班分けは、やはりまだ?」


「正式にはまだだ」


「ですが、先輩もだいたい読んでおられるのでしょう?」


「読んでいる」


 やはりそうですのね。


「お前、嫌そうだったな」


 ルークが率直に言う。


「嫌ですわね」


「即答か」


「即答ですわよ」


 ルークが少しだけ口元を動かした。


「だが、断る気はない」


「ありません」


「どうしてだ」


「必要な面倒だからですわ」


 そう答えると、ルークはほんの少しだけ目を細めた。


「やっぱり、お前そういう言い方をするな」


「そういう先輩も、だいぶそういう顔をしておられますわよ」


「どんな顔だ」


「面倒だがやるしかないと理解している顔です」


 数秒の沈黙。


「……否定はしない」


 やはりそうですのね。


「先輩は、演習で何をなさるおつもりですの?」


「見る」


「何を?」


「お前が、講義で言った通りに動けるかどうか」


 ずいぶんと真っ直ぐですわね。


「試すおつもりですの?」


「確認だ」


「厄介ですわね」


「お互いさまだろう」


 それには、少しだけ笑ってしまった。


「否定できませんわね」


 ルークは壁から背を離し、少しだけ姿勢を正した。


「一つだけ言っておく」


「何でしょう」


「お前が全部背負うと、班は楽をする」


「ええ」


「だが、逆に抑えすぎると、今度は周囲が判断を誤る」


「ええ」


「だから、遠慮はするな」


「ですが、押し切りもしませんわ」


「それでいい」


 短い。

 だが、十分だった。


「先輩」


「何だ」


「同じ班になったら、面倒ですわね」


「だろうな」


「でも、悪くはない」


 その返しは少し意外だった。


「そうですの?」


「ああ」


「どうして?」


「お前は、話が通じる面倒だからだ」


 その評価は、だいぶ複雑で、だが少しありがたくもあった。


 帰りの馬車へ向かう途中、クラウスが待っていた。


「お姉様」


「何かしら」


「増えましたね」


「ええ」


「今度は何です?」


「演習前の確認ですわ」


「ヴァンハイム先輩ですか」


「ええ」


「でしょうね」


 クラウスは驚きもせずに頷いた。


「何と言われました?」


「全部背負うな、でも抑えすぎるな、ですわ」


「妥当ですね」


「ええ。妥当すぎて困りますわ」


 馬車へ乗り込む。

 窓の外で学院の建物が少しずつ遠ざかる。


 演習。

 班分け。

 判断。

 連携。


 まだ始まっていない。

 だが、始まる前からもう整えるべきものは多い。


 それでも、レオノーラの中には妙に澄んだ部分があった。


 やるべきことは見えている。

 必要な面倒だと分かっている。

 なら、あとはその場で崩れないだけだ。


「……第一案が仕上がる前に、こちらも一度試されるわけですわね」


 小さく呟くと、クラウスが向かいで頷いた。


「ええ」


「剣の次段階より先に、今のお姉様の次段階が見られるのかもしれません」


 それは少しだけ嫌で、少しだけ正しかった。

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