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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第57話 まだ整えられますわと思えた以上、次の確認の席で何を開き何を伏せるかを先に決めておきませんと、また意味だけが一人歩きしてしまいますもの

 そう思えた時点で、レオノーラの中では、もう次の確認の席で何を話し、どこまでを開くか、その整理が始まっていた。


 学院。

 工房。

 森林圏。


 この三つが同じ机に乗る以上、話の重さはこれまでとは少し違う。

 剣の仕上げだけでは済まない。

 異種族との信義だけでも済まない。

 それぞれが、互いの文脈を少しずつ引き寄せてしまう。


 だからこそ、開く範囲を決める必要がある。


 その夜。


 屋敷の書斎脇の小机で、レオノーラは珍しく紙を二枚使っていた。


 一枚目の上には、


 確認の席で話すこと


 とある。


 二枚目の上には、


 確認の席で話さないこと


 とあった。


「……だいぶ物騒ですわね」


 自分で書いておいて、少しだけそう思う。


 だが必要だ。

 必要だから書いている。


 話すこと。


 学院へ持ち込まれた預託材は第一案限定であること。

 アルトヴァイス家預かりとして工房へ移送すること。

 森側は個人的好意ではなく、信義と目的限定の預託として扱っていること。


 話さないこと。


 森の深部の位置。

 世界樹前の誓約内容の細部。

 ハイエルフ側の系譜。

 魔獣討伐時の具体的経緯。

 そして、第二案・第三案の存在。


 そこまで書いたところで、扉が軽く叩かれた。


「お姉様」


「入りなさい」


 クラウスが入ってくる。

 今日は茶ではなく、父からの伝言だけを持ってきたらしい。


「お父様が、学院との確認の席は明後日で調整中とのことです」


「早いですわね」


「学院側も、長く寝かせる気はないようです」


 それはたしかにそうだろう。

 知ってしまった以上、整理は早い方がいい。


「……ちょうどよろしいですわ」


「そうですか」


「ええ。こちらも、待たされると余計な意味が増えますもの」


 クラウスが机上の二枚を見る。


「始めていますね」


「ええ」


「開くことと伏せること」


「その通りですわ」


 彼は紙を覗き込み、静かに頷いた。


「かなり良いと思います」


「本当?」


「ええ。ただし」


 やはり来ますのね。


「何かしら」


「“話さないこと”に、ハイエルフ側の系譜とありますが」


「ええ」


「そこは、聞かれた時に完全否定ではなく、“学院の確認対象外”と返す方がいいです」


「どうして?」


「伏せる、という意思が強く見えすぎると、逆にその一点へ意識が集中します」


 なるほど。


 それはかなり正しい。


「では」


 レオノーラは二枚目に小さく書き足す。


 → 聞かれても、確認対象外として返す


「これでよろしいかしら」


「ええ。だいぶ」


 クラウスはそのまま一枚目へ目を移した。


「預託材の使途限定は、最初に置くべきですね」


「そう思う?」


「ええ。学院側が気にしているのは、まず管理です」


「ええ」


「信義の話はその後でも間に合う」


 そこももっともだった。


 翌日。


 学院では大きな動きはなかった。

 講義後の空気は、静かに、だが確実に残っている。


 騎士科の見方は少し変わった。

 一組の視線も少し落ち着いた。

 だが、落ち着いたからこそ、今度は別の種類の問いが生まれる。


 昼休み。


 レオノーラが窓際で短く本を開いていると、アーネストが近づいてきた。

 今日は妙に勢いがない。


「なあ」


「何かしら」


「ちょっとだけ、真面目な話していいか」


「内容によりますわ」


「最近それ多いな」


「便利ですもの」


 アーネストが小さくため息をついた。


「お前さ」


「ええ」


「講義のあと、騎士科の連中が少し変わったのは分かる」


「ええ」


「でも、工房とか森とか、そういうのまで知れたら、また別の方向へ振れないか?」


 それは、かなりまともな懸念だった。


 レオノーラは本を閉じた。


「振れるでしょうね」


「やっぱりか」


「ですが」


 レオノーラは静かに言う。


「だからこそ、開く範囲を選ぶのですわ」


「選ぶ?」


「ええ。全部を同じ熱量で見せると、相手は整理できませんもの」


 リヒャルトも、少し遅れて会話へ入ってくる。


「つまり、学院には学院の理解可能な範囲だけを置く」


「その通りですわ」


「森の信義すべてを、そのまま学院の机へ乗せる気はない、と」


「ええ」


 アーネストが腕を組む。


「でも、それって面倒じゃないか?」


「面倒ですわよ」


「なのにやるんだな」


「だからこそ、ですわ」


 レオノーラは少しだけ肩をすくめた。


「面倒だからと雑に混ぜると、もっと面倒になりますもの」


 その返しに、リヒャルトが小さく頷く。


「それは、かなり分かります」


 そこへセシリアも加わった。


「確認の席、近いのですわね」


「ええ。たぶん明後日ですわ」


「緊張なさいますか」


「少しは」


「でも、顔は落ち着いています」


「決めることを決めておりますもの」


 レティシアが小さく首を傾げる。


「何を決めておられるの?」


「どこまで話すか、ですわ」


「まあ……」


「全部話せばいい、というものでもございませんでしょう?」


「それは、たしかに」


 セシリアが柔らかく言う。


「それは隠すのではなく、守るための線引きですものね」


 その言葉は、かなりありがたかった。


「ええ」


「わたくしもそう思っておりますわ」


 午後の授業が終わる頃には、レオノーラの中で確認の席の骨格はほぼ固まっていた。


 第一に、素材の管理。

 第二に、使途限定。

 第三に、信義の枠。

 そして最後に、学院がどこまで関わり、どこから先へは踏み込まないか。


 それだけだ。

 それ以上は開かない。


 放課後。


 教室を出る直前、アルベルトが静かに声をかけてきた。


「明後日か」


 そこまで把握しておられますのね。


「ええ」


「確認の席ですわ」


「うまくやれそうか」


「やるしかございませんもの」


「そうではなく」


 アルベルトは一歩だけ近づく。


「君は、どこまで開くつもりだ」


 その問いは、少し鋭かった。

 だが嫌ではない。

 むしろ、かなり本質だ。


「学院の確認対象になるところまで、ですわ」


「具体的には?」


「預託材の管理と使途」


「ええ」


「工房への移送」


「ええ」


「そして、森側が“無制限の支援”ではなく“目的限定の信義”で動いていること」


 アルベルトは少しだけ目を細めた。


「世界樹の誓いは?」


 レオノーラは一拍だけ黙る。


「必要なら、存在だけ」


「詳細は?」


「開きませんわ」


「どうしてだ」


「学院の確認対象ではないからです」


 そう答えると、アルベルトはごく小さく息を吐いた。


「正しいな」


「そうかしら」


「ええ」


「だが、たぶん学院長も同じ結論だろう」


 それなら助かる。

 かなり助かる。


「殿下」


「何だ」


「そこまで読めるなら、やはり確認の席へ同席希望を出されなくて正解でしたわね」


 アルベルトはほんの少しだけ笑う。


「俺が入ると、また意味が増える」


「ええ」


「だから今回は見ているだけでいい」


 その自己認識は、本当に助かる。


 翌日。


 明後日の確認の席に備えて、アルトヴァイス家側でも打ち合わせが行われた。

 父ヴァルター、母エレオノーラ、レオノーラ、クラウス。


 いつもの四人である。


「まず学院側の目的だ」


 父が言う。


「素材の来歴確認」


「ええ」


「学内に及ぶ意味の範囲確認」


「ええ」


「家としての管理体制確認」


「ええ」


「そこまでは答える」


「はい」


「だが、それ以上は広げない」


 そこは全員一致だった。


 母が言う。


「大事なのは、“森の側がどの程度の立場か”ではなく、“その信義がどう運用されているか”ですものね」


「ええ」


「学院は外交交渉をしたいわけではない」


「ええ」


「ただ、学院の生徒が抱える関係として、どこまで認識しておくべきかを知りたいだけ」


 そこを履き違えなければ、たぶん大丈夫だ。


「お姉様」


 クラウスが言う。


「何かしら」


「万が一、“今後も同様の素材供給はあり得るのか”と聞かれたら?」


 良い問いだ。


 レオノーラは少しだけ考え、それから答えた。


「“状況次第”ですわね」


「もう少し具体に」


「森の側の信義と必要性が一致するなら可能性はございます」


「ええ」


「ですが、定常的な供給関係ではございません」


「よろしい」


 父が短く頷いた。


「そこは強く言え」


「はい」


「学院が一番勘違いしやすいのは、そこだ」


 まったくその通りである。


 確認の席当日。


 学院へ向かう馬車の中で、レオノーラは意外なほど落ち着いていた。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、だいぶ静かですね」


「ええ」


「緊張は?」


「ございますわよ」


「見えません」


「決めることをもう決めておりますもの」


 学院長室隣の会議室へ入ると、前回より少し大きな顔ぶれだった。


 学院長。

 マグダ教員。

 学院書記。

 特別講義運営委員の教員一名。

 そしてアルトヴァイス家から父ヴァルターとレオノーラ。


 母は今回は不参加。

 外向きの席では、父が主に家の言葉を担う。


「お忙しいところありがとうございます」


 学院長が言う。


「こちらこそ」


 父が答える。


「学院としても、早めに整理しておきたい案件でしたので」


 そこから話は、ほぼ想定通りに進んだ。


 預託材は第一案限定。

 家預かり。

 工房で使用記録。

 余剰返還。

 学院は来歴を認識するが、保管や直接運用には関与しない。


 学院長は何度か確認を挟んだが、どれも筋の通った範囲だった。


「では」


 学院長が最後に言う。


「森林圏との関係性について、一点だけ」


 来ましたわね。


「当該素材の預託は、継続的な供給関係ではない」


「はい」


「目的限定であり、都度、信義と必要性の判断がある」


「その通りです」


 父が答える。


「レオノーラ個人の交友と実績に基づくものであり、家として権利化しているわけでもありません」


「よろしい」


 学院長が頷く。


「そこが確認できれば十分です」


 やはり、その一点だった。

 学院が恐れていたのは、継続供給でも、家同士の固定関係でもない。

 ただ、枠が分からないまま広がることだったのだ。


「アルトヴァイス嬢」


 学院長がレオノーラを見る。


「はい」


「あなた自身、この確認の席をどう感じていますか」


 少し意外な問いだった。

 だが、答えに困るほどではない。


「必要だと思っております」


 レオノーラは静かに言った。


「どうして?」


「信義が重いからです」


「ええ」


「重いものほど、周囲へは筋の通る形で見せる必要がございますもの」


 学院長は、その答えに小さく頷いた。


「よく分かりました」


 それで終わった。


 拍子抜けするほど、綺麗に終わった。


 会議室を出る廊下で、父が低く言う。


「うまくいったな」


「ええ」


「広げず、狭めすぎず、ちょうどよかった」


「そう言っていただけるなら何よりですわ」


 レオノーラはそこで、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 確認の席。

 終わった。

 しかも、思っていたよりずっと整った形で。


 その日の帰り道、迎えの馬車へ向かう途中でクラウスが待っていた。


「お姉様」


「何かしら」


「顔を見れば分かります」


「何がかしら」


「今回は、本当にうまくいった顔です」


 レオノーラは少しだけ笑った。


「ええ」


「そうかもしれませんわね」


「では、次は?」


 弟の問いに、レオノーラは一瞬だけ立ち止まり、空を見た。


 学院。

 工房。

 森。


 それぞれの確認は一度済んだ。

 なら、次は。


「第一案の完成待ちですわね」


 そう答えた時、ようやく少しだけ、未来の輪郭が穏やかに見えた。

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