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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第52話 さて工房へ必要量の確認を入れませんとと思った時点で、結局わたくしは休むより先に段取りを組む性分なのだと、あらためて自覚いたしますわ

 ――さて、工房へ必要量の確認を入れませんと。


 そう思った時点で、今日の講義で少しだけ軽くなった胸の内は、もう別の面倒へきっちり切り替わっていた。


 休むより先に段取りを組む。

 どうやらそれが、今のレオノーラには一番落ち着くやり方らしい。


 馬車の中。


 向かいに座るクラウスは、姉の顔を見るなり小さく言った。


「もう次のことを考えていますね」


「ええ」


「講義の余韻ではなく?」


「余韻は余韻でございますけれど」


 レオノーラは窓の外へ視線を向けたまま答える。


「前へ進む種類の面倒は、熱のあるうちに次の手を打った方が崩れませんもの」


「工房ですか」


「ええ」


「必要量確認」


「その通りですわ」


 クラウスがわずかに頷く。


「では、今日は屋敷へ戻り次第、工房へ書状を?」


「ええ。ただし」


「何でしょう」


「わたくしから直接ではなく、まずは家の便で事務的に送りますわ」


 そこはかなり重要だった。


 ゴルドたちは、たぶん悪気なく話を膨らませる。

 そして勢いで余計なものまで盛る。

 拗ねれば、なおさら“ならこっちの方が面白い”と別案を出してきかねない。

 それは工房では魅力だが、今のタイミングでは少し危険だ。


「要件は絞ります」


 レオノーラは指を折る。


「第一案に必要なオリハルコン、ミスリル、その他副素材の正確な必要量」


「ええ」


「現状在庫でどこまで足りるか」


「ええ」


「不足が出る場合、その不足分だけを明示」


「ええ」


「第二案と第三案には、この照会を波及させない」


 クラウスが少しだけ口元を緩めた。


「完璧ですね」


「でしょう?」


「ええ。そこまで分けておかないと、ゴルド殿は“ついでに第二案も進めるか!”と言い出しかねません」


「まったくその通りですわ」


 屋敷へ戻ると、父ヴァルターはまだ執務室にいた。

 母エレオノーラも珍しくそこにいる。


「講義は終わったか」


「ええ」


「どうだった」


 父の問いへ、レオノーラは少しだけ考えてから答えた。


「悪くありませんでしたわ」


「かなり珍しい評価ね」


 母が微笑む。


「ええ。かなり珍しいですわね」


「なら、うまくいったのだろう」


「そう思っていただいて差し支えございません」


 短い報告を終えると、レオノーラはすぐ本題へ移った。


「お父様」


「何だ」


「工房へ、必要量の確認を入れたいのです」


 父は一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。


「さっそくだな」


「引き延ばす理由がございませんもの」


「何を確認する?」


「第一案に限った素材不足の有無ですわ」


 そこでクラウスが補足する。


「第二案と第三案へは話を広げません」


「在庫と不足量の実数だけを返させる形です」


 父は頷いた。


「よし」


「家の便で出しますか?」


「ええ」


「文面は?」


 レオノーラは机の脇へ置かれた便箋を見た。


「簡潔で結構ですわ」


「第一案の仕上げに必要な素材について、現状在庫で充足するかを報告されたい」


「不足がある場合は、素材名と必要量のみを記すこと」


「第二案以下の検討事項は、本照会の対象外とする」


 父が少しだけ目を細める。


「だいぶ冷たいな」


「必要ですもの」


「ゴルド殿が読むと拗ねません?」


 母の問いに、レオノーラは首を傾げた。


「拗ねるかもしれませんわね」


「でも送るのね」


「ええ」


「そこは容赦がないのね」


「工房の熱と事務の熱は分けるべきですもの」


 その答えに、父が小さく笑った。


「お前らしい」


 その夜のうちに、書状は整えられた。

 家の便で、翌朝一番に工房へ向かわせる。

 それで十分だ。


 自室へ戻る途中、クラウスが隣を歩きながら言った。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は少し軽い顔をしています」


「そうかしら」


「ええ。講義が終わったからでしょうか」


 レオノーラは少しだけ考えた。


「半分は」


「残り半分は?」


「次の段取りが決まったからですわ」


「やはり」


 弟はだいぶ慣れた顔で頷いた。


「休むのが下手ですね」


「自覚はございますわ」


「直す気は?」


「今のところ、あまり」


 翌朝。


 学院へ着くころには、講義後の空気がもう少しだけ落ち着いていた。


 前日の視線は、まだある。

 だが“何だあれは”ではなく、“ああいう考え方なのか”へ寄っている。


 悪くない。

 かなり悪くない。


 教室へ入ると、アーネストが真っ先に振り返った。


「なあ」


「何かしら」


「昨日の講義、騎士科でちょっと話題になってる」


「でしょうね」


「驚かないのか」


「予想はしておりましたもの」


「何て話題になってると思う?」


 レオノーラは少しだけ考えた。


「わたくしが思ったより話せた、とか」


「近い」


「近いのですの?」


「“強いだけじゃなくて面倒くさい方向に理屈が通ってる”って」


 それは、だいぶ正しいですわね。


「でしたら、かなり成功ではなくて?」


 アーネストが少し吹き出す。


「自分で言うか」


「だって褒め言葉でしょう?」


「褒めてるかは微妙だけど」


「でも当たってるな」


 リヒャルトが静かに言った。


「そこを共有させたのは大きいと思います」


「ええ」


「少なくとも、“強いから憧れる”で終わる空気は減るでしょう」


 それは助かる。

 本当に助かる。


 セシリアも穏やかに言う。


「昨日の講義で、レオノーラ様ご自身がどう見てほしいかが、少し伝わった気がいたしますわ」


「そうならよろしいのですけれど」


「ええ。だいぶ」


 そしてレティシアは、相変わらず少し違う角度から頷いた。


「でも、やっぱり格好よかったですわ」


 やはりそこは変わりませんのね。


 その時、前方でアルベルトが紙を一枚閉じた。


「工房へは確認を入れたのか」


 ずいぶん自然に聞いてこられますのね。


「ええ」


 レオノーラは隠さず答えた。


「昨夜のうちに」


「早いな」


「必要量を確認しないと、先へ進めませんもの」


 アルベルトは小さく頷いた。


「それでいい」


「止めないのですの?」


「止める理由がない」


「またそれですのね」


「実際そうだろう」


 たしかに、その通りではある。

 だから少し腹立たしい。


「ただし」


 アルベルトが続けた。


「素材の話は、学院では広げすぎない方がいい」


「ええ」


「昨日の今日で、異種族と希少素材まで重なると、さすがに認識が追いつかない者が増える」


 それはかなり正しい指摘だった。


「ですから」


 レオノーラは少しだけ口元を引き締める。


「そこは絞っておりますわ」


「どう絞る」


「工房側へ必要量確認」


「ええ」


「不足が明確になった場合のみ打診検討」


「ええ」


「そして、具体の交友関係は必要以上に出しません」


 アルベルトは少しだけ目を細めた。


「よく整えている」


「ありがとうございます」


「褒めている」


 珍しい。

 かなり珍しい。


「……そうですの?」


「ああ」


 それだけ言うと、彼はまた視線を紙へ落とした。


 少しだけ、妙な気分になる。

 だが今は、その妙さに構っている場合ではない。


 昼前。


 一限と二限の間の短い休み時間に、事務方の生徒が教室へ顔を出した。


「アルトヴァイス嬢」


「はい」


「ご実家から伝言です」


 早いですわね。


 教室の空気がわずかに動くのを感じながら、レオノーラは席を立つ。


「内容は?」


「書状への返しが、工房よりすでに来たとのことです」


 思った以上に早い。


 いや、相手がゴルドたちなら、むしろ普通かもしれない。


「ありがとうございます」


「放課後、屋敷で確認をとのことです」


 事務方が去ったあと、自席へ戻る。


 アーネストが明らかに気になっている顔だったが、今回は口を開く前にリヒャルトが止めた。


「放課後まで待ちなさい」


「いやでも気になるだろ」


「気になるでしょうね」


「だろ?」


「ですが今聞くと、また増えますよ」


「それはもう増えるだろうけど!」


「その増え方の勢いを抑えています」


 なるほど。

 だいぶ扱いが分かってこられましたわね。


 放課後。


 屋敷へ戻る馬車の中で、レオノーラは窓の外を見ながら考えていた。


 オリハルコンは足りるのか。

 足りないなら、どの程度か。

 ミスリルで代替可能な部分はあるか。

 それとも、こちらが思っていたより工房の在庫は厚いのか。


「お姉様」


「何かしら」


「かなり気になっていますね」


「ええ」


「工房からの返しが?」


「そうですわ」


「不足していたらどうします?」


「量によります」


「少量なら?」


「工房内で代替検討」


「中程度なら?」


「エルフ側へ打診を考えますわ」


「多量なら?」


 そこは少しだけ間が空いた。


「……使い方を見直しますわね」


 クラウスが小さく頷く。


「その順序なら妥当です」


 屋敷へ戻ると、執事がすぐに応接室へ通した。

 父ヴァルターが封書を開いて待っている。


「来たか」


「はい」


「工房からの返しだ」


 レオノーラは受け取り、すぐに目を通した。


 文面は、驚くほど整理されている。

 たぶんゴルド本人ではなく、眼鏡の細工師が書いたのだろう。


「第一案に必要な追加素材」


 レオノーラは静かに読み進める。


「オリハルコン……少量」


「ミスリル……微量」


「他副素材は工房在庫で充足」


 そこで、ほんの少しだけ息を吐いた。


「……助かりましたわね」


 父が言う。


「足りるのか?」


「ほぼ」


「ほぼ?」


「オリハルコンが、ほんの少しだけ不足しております」


「ほんの少し、とは」


「量としては大きくございません」


 レオノーラは紙の数字を見つめる。


「ですが、要所補強に使う部位です」


「代替は?」


「一応、ミスリル寄せで再設計も可能」


「ええ」


「ただし、初期案の安定性は少し落ちますわね」


 父は腕を組んだ。


「では、どうする」


 レオノーラは、そこでは迷わなかった。


「打診しますわ」


「エルフ側へ?」


「ええ」


「友人経由で」


 父は数秒だけ黙り、それから低く頷く。


「必要量が少量なら、その方が筋はいいか」


「はい」


「ただし、願い方を間違えないこと」


「ええ」


 そこは、レオノーラも最初から分かっている。


「お父様」


「何だ」


「これは“足りないから寄越してほしい”ではなく」


「ええ」


「“こういう理由で、もし負担なく可能なら相談したい”の形にいたしますわ」


「それでいい」


 決まった。


 ようやく、そこまで決まった。


 レオノーラは紙を静かに机へ置いた。


 第一案は進む。

 必要量も見えた。

 打診先も決まった。


 なら次は、その文面を整える番だ。


 そう思った瞬間、また一つ、新しい種類の面倒が綺麗に形を持ったのだった。

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