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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第50話 心当たりがあってそれが嫌な方向の顔ですわねと言われた時点で、だいたい次に来る相手は、こちらの予想を裏切らない種類の面倒ですわ

 だから今は、その一つ先に何が来るのかを見極めるだけだった。


 見極めるだけ、と言い聞かせながら、レオノーラは放課後までの授業を淡々とやり過ごした。

 内容は頭に入っている。

 だが、意識の奥では別の計算が進んでいる。


 特別講義。

 上級生側からの同席希望者。

 騎士科。

 実力測定後の空気。


 嫌な予感は、かなり高い精度で形を持ち始めていた。


 放課後。


 レオノーラはマグダ教員に伴われ、再び学院長室の隣にある小会議室へ向かった。

 今回は、前回より空気が少しだけ重い。


 学院長。

 マグダ教員。

 特別講義運営委員の教員二名。

 そして、まだ一人、席が空いている。


 やはりそうですのね。


「アルトヴァイス嬢」


 学院長が穏やかに言う。


「本日は、条件確認に加えて、同席者候補についてもお伝えします」


「はい」


「まず、あなたのご家族からの条件は拝見しました」


「ええ」


「学院としても、おおむね受け入れる方向です」


 それは助かる。

 非常に助かる。


「ただし」


 やはりただしは来る。


「講義の性質上、“対話と統制”を実例だけで終わらせず、周囲の受け止め方まで扱いたい」


「ええ」


「そのため、上級生側から一名、参加を認めたいと考えています」


 来ましたわね。


「騎士科でしょうか」


 レオノーラが問うと、学院長は頷いた。


「ええ」


「候補は一名ですか」


「希望者は複数いました」


 でしょうね。


「ですが、学院側で絞りました」


「その基準は?」


「熱意ではなく、対話が成立するかどうかです」


 それは正しい。

 崇拝枠や暴走枠を入れられては困る。


「では、その方は」


 レオノーラがそこまで言った瞬間、扉が叩かれた。


「入りなさい」


 学院長の声で扉が開く。


 入ってきたのは、案の定というべきか、ルーク・ヴァンハイムだった。


 やはりあなたですのね。


 レオノーラは内心で小さく息を吐いた。

 予想はしていた。

 していたが、実際に来られると、やはり少しだけ面倒は増す。


「失礼します」


 ルークは学院長へ一礼し、それからレオノーラへも軽く会釈した。


「アルトヴァイス嬢」


「ヴァンハイム先輩」


 学院長が静かに言う。


「彼が、上級生側の同席者候補です」


「候補、ですの?」


「ええ。最終確認は、あなたの意向も踏まえて決めます」


 それは、かなり誠実だった。


 勝手に決めてから通告ではない。

 そこは評価してよい。


「では」


 学院長が続ける。


「まずは、なぜ彼を選んだかを説明しましょう」


「お願いいたしますわ」


「実力測定以降、騎士科上級生の一部であなたへの認識が極端に振れている」


「ええ」


「畏怖、崇拝、過剰な英雄視。そのすべてです」


 学院側も、ちゃんと見ているのだ。


「その中でヴァンハイム生徒は」


 学院長がルークを見る。


「あなたの技量を認めつつも、神格化せず、教育対象としての視点を持っている」


 ルークは何も言わない。

 ただ、否定もしない。


「また、あなたと最低限の対話経験があり」


「ええ」


「武芸棟での制御面も見ている」


「その通りですわね」


「つまり、講義の主題である“高出力個体との対話・統制・教育”を、最も現実的に扱える上級生と判断しました」


 筋は通っている。

 かなり通っている。


 そして問題は、そこから先だ。


「アルトヴァイス嬢」


 学院長が穏やかに言う。


「あなたから見て、彼の同席は成立しそうですか」


 小会議室の空気が、ほんの少しだけ張る。


 ルークも黙って待っている。

 この人はこういう時、妙に静かだ。


「結論から申し上げますと」


 レオノーラは静かに言った。


「成立はいたしますわ」


 学院長の目が少し和らぐ。


「ただし」


「ええ、聞きましょう」


「先輩個人を、わたくしの“管理者”のように置かれるのは困ります」


 そこははっきり切る必要がある。


「講義の参加者として、上級生の視点を持ち込むのなら構いません」


「ええ」


「ですが、“レオノーラ・アルトヴァイスの扱い方を知る代表者”のような立ち位置は認めかねます」


 学院長はすぐに頷いた。


「その意図はありません」


「でしたら結構ですわ」


「ヴァンハイム生徒」


 学院長が振る。


「あなたからも」


 ルークは一歩だけ前へ出た。


「俺も、管理役のつもりはありません」


「ええ」


「ただ」


 彼はレオノーラをまっすぐ見た。


「周囲が勝手に話を盛る前に、見た側の現実を置く必要はあると思っています」


 その言い方は、嫌ではなかった。


 かなり実務的で、かなりルークらしい。


「つまり」


 レオノーラが問う。


「先輩は、何を話すおつもりですの?」


「お前が強いことではない」


 即答だった。


「そこだけ話すなら、講義の意味がない」


 よろしい。


 かなりよろしい。


「話すなら」


 ルークは続ける。


「測定前と後で、お前の見られ方がどう変わったか」


「ええ」


「それを周囲がどう受け止め損ねたか」


「ええ」


「そして、お前自身がどう制御しようとしているかだ」


 レオノーラは、そこで少しだけ目を細めた。


 この人、本当にちゃんと見ておられますのね。


「……悪くございませんわね」


「そうか」


「ええ」


「では、成立でよろしいかしら」


 学院長の問いに、レオノーラは頷いた。


「条件付きで」


「申してみなさい」


「講義中、わたくしに対する問いは、能力の異常性ではなく、運用と判断へ寄せていただきたいですわ」


「ええ」


「また、先輩に対しても、“どう抑えるか”ではなく、“どう理解しどう接続するか”を問うていただきたい」


 ルークがそこで、ごく小さく頷いた。


 学院長も満足そうに言う。


「よろしい。そうしましょう」


 これで、講義の枠はほぼ固まった。


 高出力個体。

 言い方は気に入らない。

 だが、文脈は取れた。


「では最後に」


 特別講義運営委員の一人が口を開く。


「講義内で、素材や異種族交友の話題が出る可能性についてはどうお考えですか」


 来ましたわね。


 非常に来てほしくなかった角度ですけれど、来ましたわね。


 レオノーラは少しだけ間を置いた。


「原則として、主題から外れるなら扱う必要はございません」


「ええ」


「ただし、周囲の認識に影響している要素として最低限触れるのは否定いたしませんわ」


「最低限、とは」


「“異種族との交友があっても、それをもって人格や判断を短絡的に神話化すべきではない”」


 教員たちが静まる。


「その程度ですわ」


「具体名は?」


「不要かと」


 学院長がすぐに頷いた。


「よろしい。異種族交友は文脈要素としてのみ、具体の関係性には立ち入らない」


 助かる。

 本当に助かる。


 そこまで決まったところで、学院長はこの場を締めに入った。


「では、特別講義は明後日放課後」


「はい」


「少人数制、公開範囲は限定」


「ええ」


「アルトヴァイス嬢、ヴァンハイム生徒、準備をお願いします」


「承知しました」


「はい」


 小会議室を出る時、マグダ教員は別の教員たちと少し話があるらしく残った。

 結果として、廊下へ出たのはレオノーラとルークの二人だけになる。


 少しだけ、妙な沈黙だった。


「先輩」


「何だ」


「同席希望を出されたのですか」


「出した」


「どうしてですの?」


 ルークは少しだけ考え、それから答えた。


「放っておくと、たぶん変な方向へ行くと思ったからだ」


「何が?」


「全部だ」


 率直ですわね。


「お前の見られ方も」


「ええ」


「騎士科の反応も」


「ええ」


「学院の講義も」


「ええ」


「だったら、見た人間が一人くらい現実側へ寄せた方がいい」


 その理屈は、かなり分かる。


 そして、かなりありがたい。


「……ありがとうございます」


 レオノーラがそう言うと、ルークは少しだけ眉を動かした。


「礼を言われるほどでもない」


「そうかしら」


「半分は、俺も面倒だからだ」


「それはそれで、だいぶ信用できますわね」


 ルークが、ほんの少しだけ口元を動かした。


「お前も、そういうところがあるな」


「何のことかしら」


「面倒だから先に整えるところだ」


 否定しづらい。


 廊下の窓から午後の光が差していた。

 静かで、穏やかで、だからこそ今の会話が妙に残る。


「先輩」


「何だ」


「講義では、どうお話しなさるおつもりですの?」


「さっき言った通りだ」


「ええ」


「お前が強いことは、もうみんな知っている」


「そうですわね」


「だからそこを重ねても意味がない」


「ええ」


「むしろ、“強いからこそ雑に見てはいけない”を置く」


 レオノーラは少しだけ目を伏せた。


 悪くない。

 かなり悪くない。


「でしたら」


「何だ」


「わたくしも、それに合わせますわ」


「どう合わせる」


「強さではなく、判断の話をいたします」


「そうしろ」


 短い。

 だが、それで十分だった。


 教室へ戻ると、すでに何人かは帰り支度を始めていた。

 だが、こちらの顔を見るなり、アーネストがぴたりと動きを止める。


「おい」


「何かしら」


「増えたか?」


 率直すぎますわね。


「ええ」


「やっぱり!」


「ですが、面倒の方向は少し整理されましたわ」


「何だそれ」 「説明になってないだろ」  アーネストが言う。


「説明する気がございませんもの」


 リヒャルトが静かに問う。


「学院側の件ですか」


「ええ」


「重いですか」


「少し」


「ですが、悪手ではありませんわ」


 それだけ言えば十分だろうと思ったが、前方からアルベルトがこちらを見ていた。


 案の定、聞いてくる。


「講義か」


 そこまで読まれますのね。


「ええ」


「成立したか」


「条件付きで」


「上級生同席は?」


 レオノーラは一拍置いた。


「ございますわ」


「誰だ」


 ここで隠す意味は薄い。


「ヴァンハイム先輩です」


 アーネストが、ああ、と納得したような顔をした。


「まあ、そこだろうな」


「やはりそう思います?」


「そりゃそうだろ」


「どうしてですの」


「一番まともにお前を“強いやつ”以上として見てる上級生だから」


 その表現は、少しだけ胸に残った。


 強いやつ以上。

 たぶん、それが今の自分にとって一番欲しい見られ方なのだろう。


「殿下」


 レオノーラはふとアルベルトを見る。


「何だ」


「特別講義に興味がおあり?」


「ある」


 即答だった。


「ですが、同席希望は出しておりませんわよね」


「出していない」


「どうして?」


 アルベルトは少しだけ目を細めた。


「俺が入ると、文脈が変わるからだ」


 それは、かなり正しかった。


 皇太子が入れば、教育論ではなく政治や婚約へ寄る。

 講義の意味も変わってしまう。


「……よく分かっておられますのね」


「分かるさ」


「でしたら」


 レオノーラはほんの少しだけ口元を緩めた。


「今回は、見ているだけにしていただけると助かりますわ」


 アルベルトは数秒、黙っていた。


 やがて、ごく小さく頷く。


「そうしよう」


 その返答は、思っていたより素直だった。


 少しだけ助かる。

 かなり助かる。


 帰りの馬車へ向かう途中、クラウスが待っていた。


「お姉様」


「何かしら」


「顔色は悪くありませんね」


「ええ」


「講義の件、まとまりましたか」


「ええ」


「上級生同席は?」


「ヴァンハイム先輩」


「妥当ですね」


 即答だった。


「そうかしら」


「ええ。いちばん筋がいい」


 馬車へ乗り込むと、レオノーラはようやく一息ついた。


 特別講義。

 ルーク同席。

 条件確認。

 文脈の固定。


 また一つ、盤面が整い始めている。


「お姉様」


「何かしら」


「疲れましたか」


「少しだけ」


「でも、前へ進む顔はしています」


 レオノーラは窓の外を見る。


 夕陽が長く差している。

 石畳の影も伸びていた。


「ええ」


 やがて、静かに答える。


「講義も、たぶん前へ進む種類の面倒ですわ」


 だったら、やるしかない。


 剣でも、夜会でも、工房でもない。

 今度は言葉そのものを、学院の枠で整える番なのだ。


 そしてその整え方次第で、たぶんまた次の流れも変わる。

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