表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/95

第45話 かなり面倒ですけれど、前へ進む種類の面倒だと分かっている時のわたくしは、たぶん少しだけ機嫌がよろしいのですわ

 けれどその面倒は、たしかに前へ進む種類の面倒だった。


 だからだろうか。


 ドワーフ工房の食堂で、山盛りの肉と芋を前にしているというのに、レオノーラの気分は思っていたより悪くなかった。


 夜会のように、見えない意味が勝手に増えていく場ではない。

 学院のように、常に視線と評価が付きまとう場でもない。


 ここはもっと単純だ。


 良いか。

 悪いか。

 使えるか。

 使えないか。


 もちろん、その単純さの中に、鍛冶師たちなりの狂気はある。

 だが少なくとも、社交辞令の裏に刃を隠すような面倒は少ない。


「お姉様」


「何かしら」


「少しだけ、楽しそうです」


 向かいの席でクラウスが言う。


「そうかしら」


「ええ。夜会の時より、だいぶ」


 レオノーラはスープを一口飲み、それから素直に頷いた。


「ええ。たぶん」


「どうしてです?」


「ここでは、何を問われるかが分かりやすいですもの」


 クラウスは小さく納得したようだった。


「なるほど」


「怖くはございますわよ」


「ええ」


「ですが、怖さの形が明確ですわ」


 そこが大きい。


 曖昧な場は、それだけで疲れる。

 だが工房は違う。

 測るなら測る。

 振るなら振る。

 危ないなら危ないと、先に顔へ出る。


 その率直さは、レオノーラにとってかなり助かるものだった。


「食ったか!」


 離れた席からゴルドが吠える。


「おおむね」


「おおむねでは足りん!」


「足りますわ」


 即答すると、周囲のドワーフが笑った。


「嬢ちゃん、食は細いのう」


「皆さまが多すぎるのです」


「これで普通じゃ!」


 普通ではございませんわ。


 だが、ここでその議論をしても勝てる気がしないのでやめておく。


 食後、レオノーラたちは再び主工房脇の測定区画へ通された。

 先ほどまで布がかかっていた台は片付けられ、代わりに見慣れぬ器具がいくつも並んでいる。


 幅の違う柄。

 手首の角度を見る木枠。

 踏み込み位置を記す床線。

 肩から腕へ革紐のようなものを這わせた、妙な測定具。

 さらには、無属性強化の流れを見るためらしい魔導板まであった。


「……本格的ですわね」


「本格的じゃ」


 ゴルドが胸を張る。


「お主専用へ寄せると言うたじゃろう」


「ええ」


「なら、感覚だけで打つわけにはいかん」


 そこは、まったくその通りだった。


「では、順にやるぞ」


 眼鏡の細工師が紙束を手に前へ出た。


「第一測定、握り幅」


「はい」


「今の剣と第一案、それぞれで確認します」


 まずは柄の太さと、手の置き方から始まった。


 レオノーラは今の剣の柄を握る。

 その上から、細工師が手元を覗き込み、親指の位置、薬指の締まり、小指の遊びまで見ていく。


「少しだけ、小指側へ逃がしていますね」


「ええ」


「なぜです?」


「止めの時に、手首の内側へ負荷を集めすぎたくないのですわ」


「なるほど」


 また紙へ何か書き込まれる。

 やめてくださいまし。

 その書き込みが増えるたびに、被験体感が増してまいります。


「第一案では?」


 今度は試作剣の柄を握る。


「……こちらの方が、わずかに細くてもよろしいかと」


「理由は?」


「戻しが早いので、締める場所を少し遅らせたいですわ」


 眼鏡の細工師の目が光る。


「良いですね」


「嬉しくない評価ですわ」


「いや、かなり重要です」


 次は手首の返し。

 次は肘の畳み。

 次は肩の可動域。


 レオノーラは木枠の前へ立たされ、腕を上げ、下げ、返し、止める。

 踏み込み姿勢のまま数秒保持させられたり、軽く強化を流して筋の入り方を見られたりもした。


「お姉様」


「何かしら」


「本当に被験体ですね」


「ええ。今ならその表現を否定しませんわ」


 クラウスのその一言に、工房の何人かがまた笑った。

 まことに遺憾である。


「次、踏み込み時の重心移動じゃ!」


 床へ引かれた線の上へ立つ。

 今の剣。

 第一案。

 それぞれで、半歩、一歩、斜め、止め。


 そのたびに、床下の魔導板が淡く光る。


「見ての通りじゃな」


 ゴルドが言った。


「第一案の方が、二歩目の沈みが浅い」


「ええ」


 レオノーラも頷いた。


「余計な押し込みが減っておりますわ」


「そこを詰める」


「なら、踏み込みの深さは今より少し削れますわね」


「そうじゃ」


「学院でも、だいぶ扱いやすくなります」


 クラウスがすぐ拾う。


「常用型としての意味がさらに強くなりますね」


「ええ」


「単に強い剣ではなく、制御寄りへ寄る」


「そうですわ」


 そこが大きい。


 次は、実際に振る測定へ移った。


 斬るのではなく、抜き、入れ、止めるだけ。

 低い軌道。

 上からの軌道。

 返し。

 保持。


 眼鏡の細工師が、途中で何度も止める。


「今の位置、もう一度」


「ええ」


「停止の瞬間、肩ではなく背中側へ逃がしていますね」


「その方が次へ繋がりやすいですもの」


「ふむ」


「何ですの」


「第一案、刃元の粘りをほんの少しだけ増やした方がよさそうです」


 ゴルドが頷く。


「やるか」


「やりましょう」


 その場で設計が動いていく。


 ろくでもない。

 だが気持ちがいい。


 必要な情報が、その場で形へ返っていく感覚は、かなり好ましいものだった。


「第一案はよろしい」


 やがてゴルドが言った。


「次は第二案の中芯試験じゃ」


 来ましたわね。


 空気が少しだけ変わる。

 第一案の測定は、言ってしまえば実務だ。

 だが第二案は違う。

 まだ剣になっていないものと、自分との相性を見る。


 言い換えれば、可能性を覗く工程だ。


「こちらへ」


 案内されたのは、先ほどの石室の隣にある小さな試験区画だった。


 中央に石台。

 その上へ固定された中芯材。

 周囲に、細い金属線と魔導板が巡らされている。


「大げさですわね」


「安全のためです」


 眼鏡の細工師が真顔で答えた。


「何が起きるか分からんのですもの」


 やめてくださいまし。

 その一言で不安が倍になりますわ。


「手順を説明します」


「ええ」


「まず、お嬢様にはこの中芯材へ直接触れていただきます」


「はい」


「その上で、ごく微量の無属性強化を流してもらう」


「ええ」


「こちらが通り方を記録し、反発、偏り、応答の有無を見る」


「了解ですわ」


 クラウスが横から静かに問う。


「危険は?」


「現時点では大きくありません」


「現時点では?」


「完成剣でないので、素材側が返す力は弱いはずです」


 はず、ですのね。


 その“はず”が一番嫌なのですけれど。


「お姉様」


「何かしら」


「嫌でしたら、ここでやめられます」


 クラウスの言い方はいつも通り淡々としていた。

 だが中身は、ちゃんと逃げ道を置いてくれている。


「ええ」


 レオノーラは一度だけ中芯材を見た。


 怖い。

 少しだけ。


 だが、それ以上に知りたい。


「やりますわ」


 ゴルドが口を開きかけ、しかし何も言わなかった。

 その無言は、意外とありがたい。


 レオノーラは石台の前へ立つ。

 中芯材へ手を伸ばす。

 触れる。


 冷たい。


 そして、ただの冷たさではない。

 妙に、奥へ残る冷たさだ。


「そのまま」


 眼鏡の細工師が言う。


「ごく微量で」


「ええ」


 レオノーラは意識を落とす。

 無属性強化の、ごく手前。

 立ち上がりだけを、細く、薄く流す。


 最初の一瞬は何もない。


 次の瞬間、指先の奥で、何かがすっと通った。


「……っ」


 声には出さない。

 だが確かに感じた。


 通る。

 こちらから押したというより、通り道が先に開く感覚だ。


「出た!」


 若いドワーフが叫ぶ。


 魔導板に淡い線が走る。

 金属線がかすかに震える。


「偏りは?」


「少ない!」


「返りは?」


「今のところ穏当!」


「穏当、ですのね」


 レオノーラは目を細めたまま言う。


 その表現は、穏当でなければ何が起きるのかを考えさせるので、あまり心に優しくない。


「そのまま、ほんの少しだけ増やしてください」


「ええ」


 もう一段だけ流す。


 すると今度は、中芯材の奥からごく微かに返ってくる感覚があった。

 押し返すのではない。

 寄り添うように、こちらの流れへ骨が道を作る。


「……これは」


 レオノーラは息を整えながら言った。


「だいぶ、気持ちが悪いですわね」


 工房が静まった。


「悪い意味で?」


 ゴルドが問う。


「いえ」


 レオノーラは正直に答える。


「気味が悪いくらい、通りますわ」


 次の瞬間、ゴルドが獣みたいに笑った。


「やはりじゃ!」


「親方、数値も出ています!」


「これは強い!」


 やめてくださいまし。

 嬉しそうすぎて、こちらが少し怖くなりますわ。


「解除してよいです」


 眼鏡の細工師の声に従い、レオノーラはゆっくり手を離した。


 中芯材の気配が切れる。

 それと同時に、体の内側に少しだけ空白ができたような感覚が残る。


「……妙ですわね」


「何がです?」


 クラウスがすぐに来る。


「離した後の方が、少し違和感がございます」


「残響かもしれません」


 眼鏡の細工師が真面目な顔で言う。


「もう一度だけ、今度は短くやりましょう」


「まだやるのです?」


「比較が必要です」


 正しい。

 だが、やはり被験体である。


 もう一度、短く触れる。

 流す。

 今度は先ほどよりさらにはっきり通った。


「完全に馴染みますね」


「……ええ」


 レオノーラもそれは認めざるを得なかった。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「第二案、完成させたら本当にまずいかもしれませんわね」


 ゴルドは腕を組み、にやりと笑う。


「じゃろうな」


「そこ、否定していただけません?」


「無理じゃ」


 でしょうね。


「ですが」


 レオノーラは中芯材を見つめたまま言った。


「今ここで止める判断も、やはり正しかったですわ」


「うむ」


「今の段階でこんなに寄るのなら、完成した時の意味が重すぎますもの」


 ゴルドはそこで、珍しくすぐには返さなかった。

 やがて、静かに頷く。


「お主の言う通りじゃ」


 レオノーラは少しだけ目を瞬いた。


「意外ですわね」


「何がじゃ」


「もっと押してこられるかと」


「押したい気持ちはある!」


 やめてくださいまし。


「じゃが、お主の言う“意味が重い”も分かる」


 ゴルドは中芯材を見た。


「良い剣は、ただ強ければよいわけではない」


「ええ」


「持ち主の戦い方と、持ち主の立場にも耐えねばならん」


 その一言は、かなり深く胸へ残った。


 たしかにそうだ。

 剣は、ただ斬れるだけでは足りない。

 自分の文脈、自分の立場、自分の戦場に合う必要がある。


「……ありがとうございます」


 レオノーラがそう言うと、ゴルドは少しだけ鼻を鳴らした。


「礼は、第一案を使いこなしてからにせい」


 その返しは、実に工房らしかった。


 試験がひと段落し、レオノーラたちは再び主工房脇の机へ戻った。


 紙束が積まれ、そこへ次々に記録が重なっていく。


 第一案は仕上げへ進む。

 第二案は中芯と設計を凍結保存。

 第三案は極秘案として寝かせる。


 形が、かなりはっきりしてきた。


「仕上がりは?」


 レオノーラが問う。


 眼鏡の細工師が答える。


「第一案だけなら、そう長くはかかりません」


「次の休みまでには?」


「そこまで早いと雑になります」


 それはよろしくない。


「では?」


「二週間」


「思ったより早いですわね」


「今回、骨格はすでに見えているので」


 なるほど。

 実測で詰める部分が多い分、方向性はもう固まっているということか。


「第二案は?」


「中芯を安定処理して寝かせる」


「ええ」


「そこから先は、お嬢様が本当に要ると決めた時です」


 それでよい。


 レオノーラははっきりそう思った。


「お姉様」


 クラウスが低く言う。


「何かしら」


「顔がだいぶ満足そうです」


「そうかしら」


「ええ」


 レオノーラは少しだけ考えてから、素直に認めた。


「……ええ。たぶん」


「理由は?」


「ようやく、“今の剣の次”が、夢物語ではなく手順になりましたもの」


 それはかなり大きかった。


 ただ強くなるのではない。

 必要な意味を持つ剣を、必要な順で進めていく。

 その形が見えた。


 それが、妙に嬉しい。


 帰り際、ゴルドが門前まで出てきた。


「嬢ちゃん」


「何ですの」


「第一案は、きっちり仕上げる」


「ええ」


「学院でも夜会でも、雑には見せるな」


「心得ておりますわ」


「そして」


 ゴルドがにやりと笑う。


「第二案が要る時は、要る時じゃ」


 レオノーラはその言葉を、少しだけ重く受け取った。


 要る時。

 つまり、本当に実戦が必要になる時。

 対大型種か、重装か、それに類する何かか。


「その時が来ない方がよろしいのですけれど」


「うむ」


「ですが、来たなら備えは欲しい」


「うむ」


「だから寝かせておくのですわね」


「そうじゃ」


 その会話で、すべてが収まった気がした。


 工房を離れ、馬車へ戻る。


 窓の外では、煙がゆっくりと流れていた。

 鉄の匂いも、まだ服に少し残っている。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、かなり良い日でしたね」


 クラウスが言う。


 レオノーラは窓の外を見たまま、小さく息を吐いた。


「ええ」


「工房が楽しかったですか」


「かなり」


「それは何よりです」


「ええ」


 そして、少しだけ間を置いてから続ける。


「ですが」


「何でしょう」


「帰ったらたぶん、また学院と殿下の文脈へ戻るのですわね」


 クラウスが苦笑する。


「ええ。残念ながら」


「でしょうね」


 その答えに、レオノーラも少しだけ笑った。


 前へ進む種類の面倒は、確かに進んだ。

 だが自分の世界は、それだけでできてはいない。


 学院。

 夜会。

 婚約。

 剣。


 全部が少しずつ動いている。

 だからこそ、止まらずに整理し続けるしかないのだろう。


 そしてその帰路の途中、アルトヴァイス家の従者が前の馬から戻ってきて、馬車の窓越しに告げた。


「お嬢様」


「何かしら」


「屋敷から早馬が来ております」


 レオノーラは目を細めた。


「内容は?」


「学院より、お嬢様宛てに急ぎの招状が届いたとのことです」


 ……やはり、止まってはくれませんのね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ