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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第43話 非常に魅力的ですけれど非常に面倒でもございますわね、と言った時点で、だいたいわたくしはもう半分くらい乗せられておりますわ

 よくありませんわ。

 ですが、少しだけ心が揺れたのは否定できなかった。


 二本。


 常用の第一案と、完全実戦の第二案。


 理屈としてはあまりにも正しい。

 使う場が違うのだから、分けた方がいいに決まっている。

 だがその正しさは、そのまま面倒の増加でもある。


「……二本、ですのね」


「うむ」


 ゴルドは腕を組んだまま、実に楽しそうだった。


「嬢ちゃんの戦場は一つではない」


「ええ」


「学院と、実戦では求めるものが違う」


「それもその通りですわ」


「ならば剣を分けるのが筋じゃ」


 そこへ、眼鏡の細工師ドワーフが口を挟む。


「常用型は、戻しと制御をさらに詰める」


「ええ」


「実戦型は、当てた後の暴れを殺しつつ、硬質目標への通りを優先する」


「ええ」


「片方で全部やるより、どちらも綺麗に仕上がる」


 理屈が綺麗すぎる。


 綺麗すぎる理屈は、だいたい抗いづらい。


「お姉様」


 クラウスが静かに言った。


「何かしら」


「かなり心が動いていますね」


「そうかしら」


「ええ」


「顔に出ております?」


「少しだけ」


 それは少々不本意だった。


「ですが」


 クラウスは続ける。


「問題は、二本持つことそのものではなく、その意味づけですね」


「……ええ」


 その通りだ。


 二本あることは合理的だ。

 だが外から見れば、

 また何かとんでもないことを始めた公爵令嬢

 にもなりかねない。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「仮に二本にするとして」


「うむ」


「それをどう扱うかも含めて考えねばなりませんわ」


「どういう意味じゃ」


「常用型はよろしいのです。今の剣の延長として理解しやすい」


「うむ」


「ですが、完全実戦型は、学院や夜会の文脈へ乗せるには強すぎます」


 ゴルドは髭を撫でた。


「まあ、そうじゃろうな」


 あっさり認めるのですね。


「隠すつもりはございませんわ」


「ええ」


「ですが、見せる場所と順番を選びたいのです」


「なるほど」


 ゴルドの目が細くなる。


「嬢ちゃん、やはり剣そのものより運用の話をするな」


「当然ですわ」


「嫌いではない!」


 そこを好かれても少々困る。


 だが、方向は良い。


「では、こうしましょう」


 レオノーラは一度、二振りの剣を見た。


「第一案を本命といたします」


「常用型じゃな」


「ええ」


「では第二案は?」


「すぐには仕上げませんわ」


 工房が一瞬だけ静まった。


 ゴルドも、眼鏡の細工師も、周囲のドワーフたちも、少し意外そうな顔になる。


「なぜじゃ?」


 ゴルドが問う。


「必要がないから、ではございません」


「うむ」


「今の段階で、わたくしが二本持つ意味を外へ与えすぎたくないのです」


 静かに。

 だがはっきりと。


「一本目を、今の剣の次段階として受ける」


「ええ」


「二本目は、本当に必要になった時点で、工房と改めて詰める」


「……ふむ」


「そうすれば、剣の性能も、わたくし自身の立ち位置も、余計に膨らませずに済みますわ」


 クラウスが小さく頷いた。


「かなり良い整理ですね」


「ありがとう」


 ゴルドはしばらく何も言わなかった。

 やがて、腕を組んだまま笑う。


「半分正解じゃな」


「半分?」


「嬢ちゃんの理屈は正しい」


「ええ」


「じゃが、第二案を今のうちに止めるのは惜しい」


「そこは分かりますわ」


「ならこうじゃ」


 来ましたわね。

 ドワーフの“ならこうじゃ”は、だいたいろくでもないのですわ。


「何ですの?」


「第二案は、剣としては仕上げん」


「では?」


「設計と中芯だけ詰める」


 眼鏡の細工師が、すぐに引き継ぐ。


「外装まで完成させなければ、“二本目の完成剣”にはならない」


「ええ」


「だが設計と内部構造を先に詰めておけば、本当に要る時に早い」


「なるほど」


 それは、かなり妥協点として美しい。


「つまり」


 クラウスが整理する。


「表向きは第一案のみ」


「うむ」


「第二案は設計と芯材試験まで」


「うむ」


「必要が生じた時点で、仕上げへ移る」


「そういうことじゃ」


 レオノーラは二振りを見比べながら、ゆっくり考えた。


 悪くない。

 かなり悪くない。


 強打型そのものは魅力的だ。

 だが今ここで完成剣として持つには、意味が増えすぎる。

 なら、内部だけ進めておく。

 必要が来た時に開く。


 それは、実に自分好みのやり方だった。


「……採用ですわ」


 工房の空気が少しだけ緩む。


「よし!」


 ゴルドが机を叩いた。


「では第一案を本命に詰める!」


「ええ」


「第二案は寝かせながら磨く!」


「それでお願いいたしますわ」


「だが」


 ゴルドがにやりとした。


「第三案は見るぞ」


 やはり来ますのね。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「第三案は、わしらの遊び心が少し入った、と仰っておりましたわね」


「うむ」


「その“少し”が、信用ならないのですけれど」


 周囲のドワーフたちがなぜか嬉しそうに笑った。

 やめてくださいまし。

 そういう反応が一番不安ですのよ。


「見てから決めい」


「だいたいその言い方の先に、ろくでもないものがございますわ」


「うむ!」


 肯定しないでくださいまし。


 ゴルドが最後の布を引いた。


 現れたのは――やはり大剣だった。

 だが、第一案と第二案よりさらに無骨で、厚みも妙にある。

 形状はバスターソード寄りのまま。

 しかし、刃元から背へかけての構造が少し異様だった。


「……何ですの、これ」


「第三案じゃ」


「そういう意味ではなくて」


 眼鏡の細工師が楽しそうに説明する。


「大雑把に言えば、可変重心型です」


「可変?」


「身体強化の流し方で、手元側と先端側の体感を少し変えられる」


 レオノーラは数秒、黙った。


「……ろくでもありませんわね」


「そうじゃろう!」


「褒めておりませんわ」


 だが、興味はあった。

 非常にあった。


「使いどころは?」


「限定的じゃ」


 ゴルドが言う。


「常用には向かん」


「でしょうね」


「じゃが、対大型種や、地形込みで押し切る時は面白い」


 面白い、で済ませないでくださいまし。

 命がかかる時の“面白い”は、だいぶ危険なのですわ。


「試しに持つか?」


 その一言に、レオノーラは少しだけ迷い、そして頷いた。


「……持つだけなら」


「それでよい!」


 第三案の柄を握る。


 持ち上げる。


 ――重い。


 いや、重量だけなら第二案と大差ない。

 だが重みの乗り方が違う。

 妙に、前へ出たがる。


「今は先端寄りじゃな」


 ゴルドが言う。


「試しに、少しだけ強化を流してみい」


 やめてくださいまし。

 そういう“少しだけ”も危ないのですわ。


 だが、やる。


 ほんのわずかに無属性の身体強化を流す。


 すると、体感がすっと変わった。


「……あら」


「じゃろう?」


「手元の粘りが増えましたわね」


「そこじゃ」


 眼鏡の細工師が前のめりになる。


「重心そのものを動かすのではない」


「ええ」


「体感としての制御点をずらす」


「ろくでもありませんわね」


「最高じゃろ?」


「方向性は理解いたしますけれど」


 レオノーラは軽く、ほんの軽く振ってみた。

 剣筋は乱さない。

 ただ、乗り方と戻りだけを見る。


「……常用には向きませんわ」


「うむ」


「学院には絶対に持ち込みたくございません」


「うむ!」


「ですが、対大型相手には、たしかに面白いですわね」


 ゴルドが大きく笑った。


「じゃろう!」


 悔しいが、その通りだった。


 第三案は遊び心が入っている。

 だが遊んでいるだけではない。

 明確に、変な使い手が変な相手を斬るための設計だ。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「第三案は封印でお願いいたしますわ」


「何っ?」


「今のわたくしには、まだ意味が増えすぎます」


「ぬう」


「ですが、案として残しておく価値はあります」


「……ふむ」


「つまり」


 レオノーラは第三案を台へ戻しながら言う。


「第一案を本命に」


「ええ」


「第二案は中芯と設計まで」


「ええ」


「第三案は、工房内極秘」


「……工房内極秘か」


 ゴルドはしばし考え、それからにやりと笑った。


「よし。それで行こう」


 決まった。


 決まってしまった。


 面倒だが、かなり美しい形で決まった。


「では、第一案を仕上げるのに、どのくらいかかりますの?」


 レオノーラが問うと、ドワーフたちは一斉に顔を見合わせた。


 その顔が、少し嫌だった。


「何ですの?」


 ゴルドが咳払いする。


「仕上げだけなら、そう長くはかからん」


「ええ」


「じゃが、その前に一つ必要なことがある」


 やはり何か増えますのね。


「何でしょう」


「嬢ちゃん本人の実測じゃ」


「……実測?」


「うむ」


 眼鏡の細工師が紙束を持って近づいてきた。


「握り幅、手首の返し、肩の可動、踏み込み時の重心移動、強化魔法の乗り方、止めの残し方、全部取る」


 やめてくださいまし。


「全部?」


「全部じゃ」


「そこまでなさるの?」


「そこまでせんと、“お主専用”にはならんじゃろ」


 正論だった。


 あまりにも正論だった。


「お姉様」


「何かしら」


「顔が半分引いています」


「ええ。だって、わたくし今から、鍛冶師たちに測定されるのですもの」


「その言い方だと、少し被験体っぽいですね」


「かなり被験体ですわ」


 だが、受けるしかない。


 ここまで来て、嫌です帰ります、は違う。

 それに、今の説明を聞いた後では、むしろやる価値があると分かってしまっている。


「……分かりましたわ」


 レオノーラは静かに言った。


「実測、受けます」


「よし!」


 ゴルドが嬉しそうに頷く。


「まずは握りじゃ!」


「その前に一つよろしいかしら」


「何じゃ」


「昼食を挟みませんこと?」


 工房が少し静まり、それから何人かのドワーフが笑った。


 ゴルドも腹を抱えそうな勢いで笑う。


「はっはっは!」


「何がそんなにおかしいのです?」


「嬢ちゃん、こういう時でも順番を崩さんのう!」


「大事でしょう?」


「大事じゃ!」


 そこは同意された。


 そして、その瞬間だった。


 工房のさらに奥から、若いドワーフが慌てた様子で駆け込んでくる。


「親方!」


「何じゃ!」


「例の竜骨材、反応が出た!」


 空気が変わる。


 ゴルドと眼鏡の細工師が、一瞬で真顔になった。


「何ですの?」


 レオノーラが問うと、ゴルドは振り向きざまに言った。


「嬢ちゃん」


「ええ」


「昼飯の前に、もう一つだけ見せるものが増えた」


 やはり、ろくでもなくも魅力的な何かは、まだ終わっていなかった。

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