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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第42話 次の段階じゃと言われた時点で、ろくでもなくも魅力的な何かが待っているのはもう確定しておりますわ

 工房の奥、まだ見ぬ火花の向こうに、次の剣が待っている。


 そう思った瞬間、レオノーラの胸の内で、夜会の疲れや学院のざわめきが少しだけ遠のいた。


 もちろん、面倒は面倒だ。

 ゴルド・バルガンの言う“次の段階”が、常識的な調整で終わるとはまったく思っていない。

 むしろ、その逆だ。


 だが、それでも。


 これは、少なくとも自分の足で踏み込みたい種類の面倒だった。


「お姉様」


「何かしら」


「目が少し怖いです」


 馬車を降りてすぐ、クラウスが小声で言った。


「そうかしら」


「ええ。楽しみ半分、警戒半分のお顔です」


「そのくらいがちょうどよろしいでしょう」


 レオノーラがそう返すと、ゴルドが豪快に笑った。


「はっはっは! よい顔をしとる!」


 やめてくださいまし。

 そういう時の“よい顔”は、だいたい鍛冶師側にとって都合の良い顔ですのよ。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「先に申し上げますわ」


「うむ」


「本日は、工房を壊すような試験には付き合いかねます」


 ゴルドが髭を撫でる。


「付き合えぬのか?」


「できれば付き合いたくありません」


「なるほど!」


 何一つなるほどではない気がするが、いちおう通じたらしい。


 門をくぐる。


 中は、予想以上に広かった。


 鍛冶場が一つではない。

 熱の強い炉を備えた主工房。

 仕上げ用と思しき細かな作業場。

 金属材の保管庫。

 木箱の積まれた倉庫。

 さらに奥には、試し斬り用なのか、開けた空間まで見える。


 煙と熱と鉄の匂いが濃い。

 耳には絶えず、打撃と削りと火の音が入ってくる。


「……想像以上ですわね」


「そうじゃろう!」


 ゴルドは胸を張った。


「ここはただの鍛冶場ではない!」


「でしょうね」


「うむ! 変態どもが集まる巣じゃ!」


 自分で仰るのですね。


 だが、そこは否定しづらい。


 案内される途中、何人かのドワーフたちが手を止めてこちらを見た。

 その視線には、珍しいものを見る色もあったが、それ以上に


 素材が来た


 みたいな、あまりよろしくない輝きが混じっている。


 やめてくださいまし。

 わたくしは鉱石でも試験片でもございませんわ。


「おう、来たか」


「本当に来たぞ」


「背負ってはおらんが、あの嬢ちゃんじゃな」


 周囲の声が、思ったより遠慮なく聞こえる。


「クラウス」


「何でしょう」


「わたくし、少し帰りたくなってきましたわ」


「まだ着いたばかりです」


「分かっております」


 ゴルドはそんなやり取りも気にせず、主工房の奥へレオノーラたちを通した。


 そこには、布をかけられた長い台が三つ。


 嫌な予感しかしない。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「その布の下に、ろくでもないものが並んでいる気配がいたしますわ」


「うむ!」


 うむ、ではございませんのよ。


「まずは座れ」


 そう言われて、工房脇の応接めいたスペースへ通される。

 石机と頑丈な椅子。

 豪奢さはないが、変に落ち着く。


 そこへ、無骨なカップで茶が出された。


「ありがたくいただきますわ」


「おう」


 レオノーラが一口含む。

 香りは荒い。

 だが濃くて、妙に目が覚める。


「……悪くありませんわね」


「工房の茶じゃからな」


 ゴルドが満足そうに頷く。


「さて、話をするぞ」


「ええ」


「夜会で言うた通り、今の剣はもう次へ上げられる」


 レオノーラはカップを置き、まっすぐゴルドを見る。


「その“次”とは何ですの?」


 ゴルドはにやりと笑った。


「今の剣の完成ではない」


 そこは予想通りだった。


「では?」


「次段階仕様じゃ」


 やはりそうですのね。


 ゴルドは指を一本立てた。


「今の剣は、もとは訓練用に近い無骨な大剣じゃった」


「ええ」


「そこへ魔鋼、竜骨、微量のオリハルコンを混ぜ、半ば遊びで盛っていった結果、今のおかしな剣になった」


「“遊びで”の部分が少々気になりますけれど」


「気にするな!」


 気にいたしますわ。


 だが、今は先を聞く。


「問題は、今のお主があの剣へ追いつき始めたことじゃ」


 その一言に、レオノーラは少しだけ目を細めた。


「追いついた、ではなく?」


「まだ完全ではない」


 ゴルドはきっぱり言った。


「じゃが、追いつき始めた」


「どういう意味かしら」


「最初の頃は、嬢ちゃんが剣を振っておった」


「ええ」


「今は剣も嬢ちゃんに応えておる」


 そこへ、別のドワーフが割って入った。

 痩せた体に大きな眼鏡をかけた、いかにも細工師めいた男だ。


「重さの流し方と、戻しの速さが変わったんじゃよ」


「止めの精度ものう」


「あと、強化魔法を乗せた時の暴れ方が減っとる」


 次々に言われる。


 レオノーラは一瞬だけクラウスを見た。

 弟は真顔だった。


「……見られておりますわね」


「かなりですね」


「やめていただきたいのですけれど」


「たぶん無理です」


 でしょうね。


「つまり」


 レオノーラは話を戻す。


「今の剣を、今のわたくしに合わせて、さらに寄せると」


「そうじゃ」


 ゴルドは机を叩いた。


「素材の格を上げるだけではつまらん!」


 そこ、正直に言ってしまわれるのですね。


「必要なのは、お主の戦い方に剣の方を寄せることじゃ」


「具体的には?」


「三つ」


 ゴルドが指を立てる。


「一つ。重量配分の最適化」


「ええ」


「二つ。高出力身体強化を乗せた時の剛性安定」


「ええ」


「三つ。対硬質目標、特に竜鱗や重装へ当てた時の衝撃分散と戻しの改善」


 ――それは、かなり良いですわね。


 レオノーラは内心でそう思った。

 派手な名前でも、伝説武器でもない。

 だが明らかに、実戦の問題を潰しに来ている。


「素材はどうなさるの?」


 今度は、痩せた眼鏡ドワーフが答えた。


「主骨格は高純度魔鋼」


「中芯に竜骨加工材」


「要所補強にオリハルコン」


「刃先と反発制御に副素材を少し」


「副素材、とは?」


「魔銀、雷晶石、あと飛竜の爪粉じゃな」


 ……ろくでもなくも魅力的ですわね。


 完全オリハルコン製のような雑な派手さではない。

 むしろ必要な場所へ必要なものを入れていく、かなり理詰めの構成だ。


「新しい剣を一から打つのです?」


 レオノーラが問うと、ゴルドは首を振った。


「そこが違う」


「では?」


「今の剣を土台にする」


 その答えに、レオノーラは少しだけ安堵した。


 やはりそうか。

 それが一番いい。


「外見は大きく変わらん」


 ゴルドが続ける。


「見た目は無骨なままじゃ」


「ええ」


「じゃが、中身は別物になる」


「それで十分ですわ」


 レオノーラがそう言うと、周囲のドワーフたちが一斉に妙な顔をした。


「十分?」


「そこはもっと驚くところでは」


「女貴族っぽい反応をせんのう」


「そこがまたええんじゃが」


 最後のはやめてくださいまし。


「わたくしは」


 レオノーラは淡々と言う。


「高価で派手な剣が欲しいのではなく、合理的に良くなる剣が欲しいのですもの」


 工房の空気が、一瞬だけ静まった。


 それから、ゴルドが腹の底から笑った。


「ほれ見ろ!」


 何をですの。


「やっぱりお主、そういう返しをする!」


「何か問題でも?」


「問題はない! 最高じゃ!」


 困りますわね。


 本当に困りますわね。


 だが、話としてはかなり良い方向に進んでいる。


「それで」


 レオノーラは本題へ戻す。


「試作はもうできておりますの?」


「うむ」


 やはりそうですのね。


 ゴルドがにやりとし、布のかかった台を顎で示した。


「あそこじゃ」


 来ましたわね。


「一つではないのです?」


 クラウスが静かに問う。


「一つで済むわけなかろう」


 ゴルドは当然のように言った。


「三案ある」


 やめてくださいまし。

 そういう時の三案は、だいたい全部まともではないのですわ。


「どのような?」


 クラウスが続ける。


「第一案は、現行剣の完成寄り。重心と芯材を詰めた安定型」


「第二案は、対硬質目標寄り。重装と竜鱗を意識した強打型」


「第三案は――」


 そこでゴルドは妙に楽しそうな顔をした。


「何ですの?」


「わしらの遊び心が少し入った」


 やめてくださいまし。


「どういう意味かしら」


「振ってから説明する」


 その返しが一番困るのですわよ。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「第三案は最後で結構ですわ」


 ゴルドは豪快に笑った。


「うむ! 嬢ちゃん分かっとるな!」


 分かっているのではなく、危険予知です。


「まずは第一案と第二案から拝見いたします」


「よし!」


 ゴルドが布を引いた。


 現れたのは、二振りの大剣。


 どちらも、見た目の印象は今の剣にかなり近い。

 無骨。

 分厚い。

 余計な装飾なし。


 だが近づいて見ると、細部が違う。


 一つは、重心移動をかなり意識したような芯の通り方。

 もう一つは、刃先と胴の厚みがわずかに異なり、明らかに“当てた後”を意識している。


「……良いですわね」


 思わず本音が漏れた。


「まだ持ってもおらんぞ」


「見れば少しは分かりますもの」


 ゴルドが満足そうに鼻を鳴らす。


「まずは安定型じゃ。持て」


 レオノーラは剣の前へ立ち、ゆっくりと柄を握った。


 持ち上げる。


 ――軽い。


 いや、実際の重量が軽いというより、抜けが良い。


「なるほど」


「分かるか」


「ええ」


「どこが?」


「今の剣より、戻りが早そうですわ」


「うむ」


「それでいて、手元の浮きが少ない」


「うむ!」


 ゴルドが嬉しそうに頷く。


「芯を少しだけ詰め、竜骨材の取り回しを変えた」


 レオノーラはその場で二、三度、空を斬るように軽く動かした。

 振り切らない。

 抜きと止めだけを見る。


「……確かに、無駄が減っておりますわね」


「学院向きでもある」


 クラウスが横から言う。


「ええ」


 その通りだ。


 次に、強打型。


 こちらは持った瞬間に分かった。


「これは、だいぶ違いますわね」


「じゃろう」


「当てる前提の重みですわ」


「うむ」


「ですが、嫌いではございません」


 ゴルドが嬉しそうに笑う。


「対竜と重装を意識したからな」


 レオノーラは軽く振ってみて、すぐに理解した。

 これは“良い”が、学院や通常の場に持ち込むには少し強すぎる。


「……こちらは実戦用ですわね」


「そうじゃ」


「今の剣の延長というより、明確に用途が違います」


「そうじゃ」


「でしたら、常用は第一案」


「ええ」


「第二案は完全実戦寄り」


「その通りじゃ」


 ゴルドが腕を組む。


「で、ここからが本題じゃ」


 やめてくださいまし。

 まだ本題ではなかったのですか。


「嬢ちゃん、どちらも違和感なく持てる」


「ええ」


「なら、どちらを本命にするかではない」


「と、申しますと?」


「一本で済ませるか、二本にするかじゃ」


 工房が静まる。


 レオノーラも、さすがに少し黙った。


「……二本」


「うむ」


「常用の第一案と、完全実戦の第二案を分ける」


 それは、理屈としてはかなり正しい。

 正しすぎて困る。


「ゴルド殿」


「何じゃ」


「それは、非常に魅力的ですけれど」


「うむ」


「非常に面倒でもございますわね」


 ゴルドは破顔した。


「そこがよい!」


 よくありませんわ。

 ですが、少しだけ心が揺れたのは否定できなかった。

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