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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第41話 今度こそゴルドたちの番ですわね、と言った以上、あの工房で何を見せられても今さら驚かないつもりで参りますわ

 夜会のざわめきの向こうで、ようやく次の盤面が見えた気がした。


 そしてその盤面は、学院でも夜会でもなく、たぶん火花と鉄と酒臭さに満ちた、あまり上品とは言い難い場所にある。


 ――ドワーフ工房。


 レオノーラは馬車の中でそう結論づけると、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 夜会は終わった。

 武芸棟のような明快さはなかったが、少なくとも崩されはしなかった。

 婚約の意味も固定されていない。

 学院で作った流れも、大きくは壊れていない。


 ならば次だ。


「お姉様」


「何かしら」


「少しだけ、生き返った顔をしています」


 向かいの席でクラウスが言った。


「そうかしら」


「ええ。夜会の途中よりずっとましです」


「それは、あの場が剣より疲れるからですわ」


「でしょうね」


 クラウスは淡々と頷く。


「では、次は本当に工房で?」


「ええ」


「早いですね」


「早いかしら」


「夜会の熱がまだ残っているうちです」


 それはたしかにそうだった。

 だが、だからこそ今の方がいい気もする。


「学院と夜会で、ある程度の輪郭は作れましたもの」


 レオノーラは窓の外を見ながら言った。


「なら、次に剣の段階を上げても、“ただ強くなりました”には見えにくいでしょう」


「なるほど」


 クラウスの目が少しだけ細くなる。


「つまり、今なら剣の改修を入れても、婚約話にそのまま吸われにくい、と」


「ええ」


「理にかなっています」


 よかった。

 弟に理にかなっていると言われると、だいぶ安心する。


 屋敷へ戻ると、父ヴァルターと母エレオノーラはまだ起きていた。

 夜会帰りの報告を軽く終えたあと、レオノーラは間を置かずに切り出した。


「お父様」


「何だ」


「ゴルド殿の件ですけれど」


 父が少しだけ眉を上げる。


「もうその話をするのか」


「ええ」


「今夜のうちに?」


「今夜のうちに、ですわ」


 母が扇を閉じた。


「理由を聞いても?」


「はい」


 レオノーラはまっすぐ答える。


「夜会であれだけ目立った以上、工房行きそのものを引き延ばしても、余計に噂だけが膨らみます」


「ええ」


「でしたら、こちらの主導で日程を切り、用件を済ませた方がよろしいかと」


 父はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……たしかに、その通りだな」


「行くなら、休みの日ね」


 母が言う。


「学院を空けるわけにはいかないもの」


「ええ」


「泊まりになるかしら」


「場所によりますが、日帰りも可能ではなくて?」


 レオノーラが言うと、父が首を振った。


「いや、ゴルドの工房は山側だ。日帰りできなくはないが、慌ただしい」


「では、一泊ですわね」


 言い切ると、父も母もクラウスも、ほんの少しだけこちらを見た。


「何ですの?」


「お姉様」


 クラウスが言う。


「だいぶ迷いがないですね」


「そうかしら」


「ええ。いつもの“面倒ですわね”が少なめです」


 レオノーラは少し考えてから、小さく笑った。


「面倒なのは面倒ですわよ」


「ええ」


「ですが、ドワーフ相手の面倒は、貴族相手より少し分かりやすいですもの」


 それには、父まで少し笑った。


「たしかにそうだ」


「明快にうるさいだけですわ」


「夜会のような静かな圧よりは、よほど健康的かもしれませんね」


 クラウスのその表現は、かなり正しい気がした。


 結局、その夜のうちに話はまとまった。


 次の休み。

 アルトヴァイス家の馬車で工房へ向かう。

 同行は最低限。

 父は別件があるため不参加。

 母も夜会後の社交整理がある。

 よって、レオノーラとクラウス、それに護衛と従者が数名。


 翌朝。


 レオノーラは学院へ向かう馬車の中で、前日までとは違う種類の落ち着きを感じていた。


 次が決まっている。

 それだけで、人は妙に整うものらしい。


「お姉様」


「何かしら」


「今日は、夜会の余波より工房のことを考えていませんか」


「ええ」


「やはり」


「だって、あのゴルド殿が“次へ上げられる”とまで仰ったのですもの」


「気になりますか」


「かなり」


 レオノーラは正直に認めた。


「今の剣で足りていないとは思っておりませんわ」


「ええ」


「ですが、“もっと無駄を削れる”と言われると、気になりますでしょう?」


「お姉様らしいですね」


 学院へ着くと、夜会明けの空気がすでに広がっていた。


 だが武芸棟や実力測定直後とは少し違う。

 派手なざわめきではない。

 むしろ、


 あの夜会で何があったのか、互いに探っている空気


 である。


 そして、やはり一つだけ確かなこともあった。


 ドワーフの件は、もう回っている。


 教室へ入った瞬間、アーネストが言った。


「お前さ」


「何かしら」


「夜会でドワーフ呼ぶのは反則だろ」


 呼んでおりませんわ。


「呼んでおりませんわ」


「でも来ただろ」


「来ましたわね」


「しかも、お前の剣の話だっただろ?」


「ええ」


「何なんだよそれ」


「わたくしが知りたいくらいですわ」


 リヒャルトが小さく息を吐いた。


「“知りたいくらい”で済ませるには、だいぶ濃い一件でしたね」


「そこは同意いたしますわ」


 レティシアが今日は本当に目を輝かせていた。


「本当に、本物のドワーフでしたのね」


「ええ」


「すごいですわ……」


 セシリアが、その横で少し困ったように言う。


「そこ、憧れるところなのかしら」


「だって、夜会の真ん中で鍛冶師が現れて、次の剣の話をするのですよ?」


「そこだけ抜き出すと、たしかに普通ではありませんね」


「普通ではございませんわ」


 レオノーラはきっぱり言った。


「できればもう少し普通でいたいのですけれど」


 その時、アルベルトが教室へ入ってきた。


 普段通りの落ち着いた顔だが、目だけは少しこちらを見ている。

 やはり、話はそこへ行くのだろう。


「おはよう」


「おはようございます、殿下」


 短い挨拶。


 そして案の定、席へ着くより先に言われた。


「工房へ行くのか」


 ずいぶん直球ですのね。


「ええ」


 レオノーラは隠さず答えた。


「次の休みに」


「早いな」


「引き延ばしても、ろくなことになりませんもの」


 アルベルトは小さく頷いた。


「それはそうだ」


 そのあっさりした同意が少しだけ意外だった。


「止めないのですの?」


「止める理由があるか?」


「婚約候補が、危険そうな鍛冶師たちの工房へ向かうから、とか」


 そう言うと、アーネストが吹き出し、リヒャルトが目を閉じた。

 アルベルトだけが静かに答える。


「君は、止めれば止まるのか?」


 レオノーラは一拍だけ黙った。


「……止まりませんわね」


「だろう」


 それだけだった。


 だが、その一言で話はほぼ終わる。

 この人は、本当に妙なところで無駄がない。


「ただし」


 アルベルトが続ける。


「帰ってきたあとは、また確認が必要だな」


 やはりそこへ来ますのね。


「何のですの?」


「次の剣で、君がまたどこまで輪郭を変えるか」


 レオノーラは少しだけ目を細めた。


「変えるために行くわけではございませんわ」


「だが結果として変わる可能性はある」


「……ええ」


 そこは否定できない。


 むしろ、少しは変わるのだろう。

 今の剣の“次段階”というのが本当なら。


 昼休み。


 セシリアとレティシアが近くへ来た時、話題は当然のように工房になった。


「山側の工房、ですの?」


 セシリアが問う。


「ええ、そのようですわ」


「少し危なくはありませんの?」


「危ないでしょうね」


 レオノーラはあっさり答えた。


「ですが、今さらではなくて?」


 レティシアが少しだけ心配そうに言う。


「お気をつけてくださいませ」


「ええ」


「ドワーフの方々って、怒鳴ったりはなさらないのかしら」


 その問いに、レオノーラは少しだけ考えた。


「怒鳴る、というより」


「ええ」


「たぶん、普通の声がもう少し大きいのだと思いますわ」


 セシリアがくすりと笑う。


「それは少し分かる気がします」


「でも」


 レティシアが首を傾げる。


「レオノーラ様、少し楽しみにしておられません?」


 鋭い。


 かなり鋭い。


 レオノーラは一瞬だけ否定を考えたが、やめた。


「……少しは」


「やはり」


「だって、次の剣ですもの」


 その言葉に、レティシアはぱっと笑顔になった。


「やっぱり、その時のレオノーラ様は少し嬉しそうですわ」


 そうかもしれない。


 社交より、婚約話より、よほど明快だ。

 剣の改修は。


 放課後。


 学院での一日は大きな波もなく終わった。


 そして次の休みの朝。

 アルトヴァイス家の馬車は、まだ空気の冷たい時間帯に屋敷を出た。


 皇都から少し離れ、街道を抜け、山沿いの道へ入る。

 石畳が途切れ、土の匂いが濃くなる。


「近づいておりますわね」


 レオノーラが窓の外を見ながら言う。


「分かりますか」


 向かいのクラウスが問う。


「ええ」


「何で?」


「空気が、少しだけ熱いのですわ」


 気のせいではない。

 風の中に、鉄と炭と油の気配が混ざり始めていた。


「それと」


「ええ」


「たぶん、もう少し先から音がします」


 耳を澄ませば、微かに響く。

 鉄を打つ連打。

 規則的ではない。

 だが確かに、あれは工房の音だ。


「お姉様」


「何かしら」


「今の顔、少しだけ武芸棟へ向かう時に似ています」


「そうかしら」


「ええ。だいぶ“整う前の顔”です」


 やがて馬車が大きく揺れ、坂を一つ上がる。

 その先で、景色が開けた。


 山肌を削って作られた広い敷地。

 石と木で組まれた大きな建物群。

 煙突から上がる白い煙。

 火花の匂い。

 打撃音。


 そして、門前に腕を組んで立つ、小柄で分厚い影。


 ゴルド・バルガンだった。


 やはり待っておられましたのね。


 馬車が止まる。


 扉が開く。


 レオノーラが降り立つと、ゴルドは腹の底から笑った。


「来たか、レオノーラ嬢!」


「参りましたわ、ゴルド殿」


「夜会ではろくに話せんかったからな!」


「場が場でしたもの」


「うむ!」


 ゴルドは豪快に頷き、それからにやりと笑った。


「では、今度こそ見せてやろう」


「何をですの?」


「お主の剣の、次の段階じゃ」


 その一言に、レオノーラの胸の奥が静かに熱を持った。


 面倒な話ではある。

 だが同時に、これは間違いなく、自分の好きな種類の面倒でもある。


 工房の奥、まだ見ぬ火花の向こうに、次の剣が待っている。

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