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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第31話 誰かの期待に応えるつもりはなくても、確認には答える――それなら、少なくともわたくしの側に主導権が残りますわ

 その返答は、少しだけ心地よかった。


 クラウスの「お姉様らしいですね」という言葉は、余計な持ち上げ方をしない。

 だからこそ、レオノーラにはちょうどよかった。


 馬車が屋敷へ向かうあいだ、レオノーラは窓の外を眺めながら、頭の中で今日一日の感触を整理していた。


 昨日までより、ほんの少しだけやりやすい。

 それはたぶん、


 自分が何を嫌い、何を守りたいのかが、周囲にも少しずつ伝わり始めているからだ。


 強いことを見せたいわけではない。

 持ち上げられたいわけでもない。

 ただ、勝手な物語に組み込まれたくない。


 その一点だけは、ようやく少し通じてきた気がする。


「お姉様」


 向かいの席でクラウスが言った。


「何かしら」


「来週の実力測定、少しだけ勝ち筋が見えたのでは?」


 レオノーラは小さく頷く。


「ええ」


「どういう形で?」


「見せる順番が、ようやく固まってきましたわ」


 クラウスは続きを促すように視線を向ける。


「まず最初に、学院側へ“制御できる”を見せる」


「ええ」


「次に、見ている方々へ“強い”より“基準が違う”を見せる」


「ええ」


「そして最後に、殿下へは“面白い”ではなく“扱うには重い”を残す」


 言葉にしてみると、かなりはっきりしていた。


 クラウスも納得したように頷く。


「良いと思います」


「ありがとう」


「ただし」


 やはり、ただしが来る。


「最後の“扱うには重い”は、少し間違えると逆に興味を深めます」


「そこですのよね」


 まったくもってその通りである。


 アルベルト皇太子は、少し厄介なものを見ても逃げるタイプではない。

 むしろ“なぜ厄介なのか”を知ろうとする。


 だから単純に異質さを出すだけでは足りない。


「お姉様の場合」


 クラウスは淡々と続ける。


「殿下に必要なのは、“価値はあるが、自分の手でどうこうしようとすると面倒が増える”と思わせることです」


「言い方がだいぶ実務ですわね」


「お姉様の話ですから」


 それもそうかもしれない。


 屋敷へ戻ったあと、レオノーラは夕食までの短い時間を自室で過ごした。

 机に向かい、また紙を広げる。


 殿下への印象

 その欄の下へ、新しく一行書き足した。


 ・理解できても、処理コストが高い


「……これですわね」


 かなりしっくり来た。


 理解されること自体は、もう避けきれない気がする。

 ならば次の段階として、“理解した上で、それでも安易には選べない”へ持っていく。


 婚約回避としては、かなり筋が良い。


 夕食の席で父ヴァルターは、珍しく仕事の話を先に切り出した。


「学院から、一つ連絡が来ている」


 レオノーラは手を止めた。


「来週の件ですの?」


「ああ」


 父は食卓脇に置いた封書を示した。


「実力測定の詳細ではないが、“見学希望者が増えているため、当日の導線管理を強化する”そうだ」


 やはりそうですのね。


 レオノーラは内心で静かに頷いた。


 学院側も、もう単なる授業内試験として扱うのは無理だと分かっているのだろう。


「導線管理、ということは」


 クラウスが言う。


「見学を完全禁止にはしないのですね」


「そこまではしないらしい」


 父は少し嫌そうに答えた。


「ただし、騎士科・武芸系の上級生と、一部教員に限定する方向で調整中とのことだ」


 それは、完全に騎士団寄りの空気も入り込む構図だ。


 レオノーラは少しだけ目を伏せた。


「……仕方ございませんわね」


「嫌か?」


 父が問う。


「嫌ですわ」


 即答だった。


「ですが、ここまで来れば、もう“見られない”は現実的ではございませんもの」


「ええ」


「でしたら、“誰にどう見られるか”を整理した方が早いですわ」


 母エレオノーラが、その答えにわずかに目を細める。


「だいぶ腹が据わってきたわね」


「腹を据えぬと、どうにもなりませんもの」


 それも本音だ。


 翌日。

 学院では、表向き大きな事件は起きなかった。


 だが、その“何も起きない”の中にこそ、来週へ向けた準備が確かに進んでいた。


 武芸棟の前を通れば、標的の搬入が増えている。

 教官たちの会話も、どこか実務測定めいた響きがある。

 騎士科の上級生たちも、あからさまではないが、こちらを見る視線が増えている。


 つまり、全員が少しずつ来週の方を向いている。


「……本当に、前夜祭みたいですわね」


 昼休み、そう漏らしたレオノーラへ、セシリアが少し困ったように笑った。


「前夜祭、ですの?」 「ええ」 「嬉しくなさそうな前夜祭ですわね」 「とても嬉しくございませんわ」


 セシリアはくすりと笑った。


「でも、レオノーラ様は逃げないのですね」


 その言葉に、レオノーラは少しだけ考える。


「逃げても、追いつかれますもの」 「……たしかに」 「それなら、少しでも戦いやすい場所で迎えた方がマシですわ」


 セシリアはその答えを、静かに受け止めていた。


「やっぱり、レオノーラ様は強いですわ」


 またそこへ来ますのね。


 だが今度は、レオノーラもすぐには否定しなかった。


「強いというより」


「ええ」


「諦めが悪いだけかもしれませんわ」


 セシリアは少しだけ目を丸くし、それから頷いた。


「それも、きっと強さの一つですわ」


 その言い方は、少しだけありがたかった。


 放課後、武芸棟での基礎訓練を終えた後。

 レオノーラは教官補佐から、短く追加の指示を受けた。


「明日、実力測定の簡易説明を入れる」


「全体へ?」


「主に武芸選択者へだ」


「そうですの」


「あなたには別途、開始位置と標的順を確認してもらう」


 かなり具体段階へ入ってきた。


「承知しましたわ」


「緊張しているか?」


 不意にそう聞かれ、レオノーラは少しだけ目を瞬いた。


「しておりますわ」


 正直に答える。


「そう見えないな」


「見せておりませんもの」


 それはもう、かなり使い慣れた返答だった。

 教官補佐は小さく笑った。


「ヴァンハイムが言っていた通りだ」


 先輩、何をどこまで話しておられますの。


 そう思ったが、そこまで嫌でもない。

 少なくともルークは、自分を雑な怪物扱いはしていない。


「何と?」


 レオノーラが問うと、教官補佐は簡潔に答えた。


「“あいつは暴れない。考えてから振るタイプだ”と」


 その言葉に、レオノーラは少しだけ黙った。


 かなりありがたい評価だった。


「……助かりますわね、それは」


「だろうな」


 教官補佐は淡々としている。


「実際、その通りだろう?」


「ええ」


 否定しなかった。


 剣を振るう時ほど、考える。

 どこまで出すか。どこで止めるか。どう終わらせるか。

 前世から染みついた癖もあって、力が大きいほど、先に出口を考える。


「でしたら、そのまま行けばいい」


 教官補佐は言った。


「妙に見せようとするな。いつも通りやれ」


 レオノーラは少しだけ苦笑した。


「いつも通り、ですの?」


「ああ」


「それが一番難しいのですけれど」


「どうしてだ」


「見られていると分かっている場で、いつも通りにするのは、かなり高度ですわ」


 教官補佐はそれを聞いて、一瞬だけ納得したように頷いた。


「なるほど。たしかに」


 そうなのだ。

 いつも通り、というのは簡単そうで一番難しい。


 実力測定の場では、誰もが少しずつ“見せよう”としてしまう。

 そこへ抗うのは、むしろ高度な制御である。


 その夜、レオノーラは自室で長くは考えなかった。

 整理はもう十分だ。

 あとは、当日の反応速度と制御。


 紙へ最後に一言だけ書く。


 見せるな。出すな。整えろ。


 それを見て、少しだけ口元を緩める。


 実務だ。

 どこまで行っても、結局は実務だった。


 そして、来週の実力測定前日。


 朝の教室へ入ったレオノーラは、空気の違いを一瞬で感じ取った。


 ざわめきが少ない。

 視線はある。

 だが、いつもの“面白がり”ではない。


 待っている空気だ。


 そして前方では、アーネストが珍しく騒がず、リヒャルトは静かで、アルベルトもすでに席についていた。


 レオノーラは静かに思う。


 ――いよいよですわね。

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