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悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


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第25話 やはり情報が回るの、早すぎませんこと?

 やはり情報が回るの、早すぎませんこと?


 レオノーラは教室の入口で一瞬だけ立ち止まり、本気でそう思った。


 一組の朝は早い。

 いや、正確には情報伝達が早い。


 こちらは朝の応接間で、若手騎士二人の暴走気味な師事願いをどうにか捌いてきたところだというのに、教室へ入った瞬間にはもうアーネストがそれを知っている。


 どういう経路ですの、それ。


「朝から騎士団の若手に会ってたって本当か?」


 アーネストは振り返りざま、実に楽しそうにそう言った。


 やめてほしい。

 その顔で聞かれると、絶対にろくでもない方向へ話が伸びる。


「……何のことでしょう」


 レオノーラはとりあえず、最も無難なとぼけ方を選んだ。


 だがアーネストはにやにやしたままだ。


「いや、騎士団第三隊の若手が二人、公爵家へ行ったって」 「それがどうして、もう学院で話題になっておりますの?」 「騎士団の若手、口が軽いんじゃないか?」


 軽いどころではない。

 たぶん、興奮しきって喋ったのだろう。目に浮かぶようだった。


 レオノーラは静かに席へ向かいながら言う。


「会いましたわ」 「本当だったか」 「ですが、内容は大したことではございません」 「大したことじゃなくて、公爵家に朝から押しかけるか?」


 そこが問題なのですわよ。


 レオノーラは心の中でそう返しつつ、鞄を置いた。

 すると前方からリヒャルトが冷静に口を挟む。


「おそらく師事願いだろう」 「何で分かるんだ?」 「お前の顔を見れば分かる」 「それ俺の顔関係あるか?」 「かなりある」


 ありがたい。

 この人が会話へ入ると、少しだけ密度が下がる。


 しかし、そこでさらに別の声が加わった。


「師事願い、ですの?」


 レティシアである。


 なぜそんなに目を輝かせておられるのか。

 そこは“まあ大変”の方向ではなくて?


 レオノーラは少しだけ遠い目になった。


「ええ、まあ」 「やはりそうなのですね!」


 やはり、って何ですの。


「昨日の武芸棟でのお姿を見れば、お願いしたくなるお気持ちは分かりますわ」 「分かっていただかなくてもよろしいのですけれど」


 思わず本音が漏れた。


 レティシアはぱちぱちと瞬きをしたあと、少しだけしょんぼりした。


「……あまり嬉しくはないのですね」 「嬉しいというより、困りますわ」 「どうしてですの?」


 そこを問われると、少し困る。


 断るのが面倒だから。

 偶像化が進むから。

 朝から疲れるから。

 全部本当だが、そのまま言うには少し角が立つ。


「わたくし、誰かに理想を見られるのが得意ではございませんの」


 最終的に、レオノーラはそう答えた。


 嘘ではない。

 そして、必要以上に広がりすぎもしない言い方だった。


 すると教室が、ほんの少し静かになる。


 アーネストが珍しくすぐには口を挟まず、リヒャルトはその言葉を考えるように目を伏せた。

 レティシアだけが、少しだけ不思議そうに首を傾げる。


「理想、ですの?」 「ええ」 「でも、それは素敵なことではなくて?」


 やはりこの子は、そこへ来る。


 レオノーラはやわらかく息を吐いた。


「素敵に見える分だけ、現実とかけ離れることもございますもの」


 前世でもそうだった。

 勝手に頼りにされ、勝手に強い人だと思われ、勝手に“できる人”の棚へ上げられる。


 だが実際には、疲れるし、間違えるし、面倒も嫌だ。

 その現実が見えないまま理想だけ積まれるのは、あまり気分が良くない。


 アーネストがそこで、珍しく真面目な声を出した。


「……なるほどな」


 レオノーラは少しだけ目を瞬いた。


 アーネストが、この速度で飲み込むとは思わなかったからだ。


「何かしら」 「いや」  彼は少しだけ肩をすくめる。 「強いやつって、勝手にそう見られがちだよなって」 「ご経験がおありで?」 「まあ、多少は」


 それは少し意外だった。


 この人は、注目されるのを楽しむ側だと思っていた。

 だが、“楽しめること”と“面倒を知らないこと”は違うのかもしれない。


 そこへアルベルトが教室へ入ってきた。


 空気が一段整う。

 やはり皇太子という存在は、いるだけで周囲の姿勢を変える。


「何の話だ?」


 自然な問いだった。


 だがレオノーラとしては、ここへ説明を足したくない。

 なのにアーネストが即座に答える。


「朝、騎士団の若手がおしかけてきたらしい」 「アーネスト様」 「何だ?」 「要約が雑ですわ」 「合ってるだろ?」 「合ってはおりますけれど」


 問題は精度ではなく品位なのだ。


 アルベルトは少しだけ目を細めた。


「師事願いか」 「……ええ」 「断ったのだな」 「ええ」 「即答で?」 「即答で」


 アルベルトは、それ以上追及しなかった。

 ただ短く、


「それは正しい」


 と言った。


 その一言は、少しだけありがたかった。


「殿下は、止めるべきだと?」  レオノーラが問うと、アルベルトは当然のように答える。


「学院の実力測定前に余計な予定を入れる理由がない」


 ああ、やはりこの人はそういう計算をするのだ。


 ロマンより実務。

 少なくともこういう局面では。


「加えて」  アルベルトは続ける。 「公爵令嬢に朝から私的な師事願いで押しかけるのは、騎士団側としてもよろしくない」 「ええ、まったくその通りですわ」 「だろうな」


 そこは綺麗に意見が一致した。


 レオノーラは少しだけ肩の力を抜いた。

 こういうところが、厄介なのだ。

 まともに同意できるから、単純に拒絶へ振り切れない。


「ですが」


 そこでアルベルトは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「騎士団で妙な人気があるという話は、だいぶ本当らしいな」


 やめてくださいまし。


 その話題に乗らないでくださいまし。


「わたくしは歓迎しておりませんわ」 「それも聞いた」 「何故ですの?」 「ヴァンハイム先輩が少しだけ漏らしていた」


 ルーク先輩。

 何をしておられますの。


 いや、たぶん意図的に漏らしたのではなく、雑談の中で出たのだろう。

 だが結果は同じだ。


「……そうですか」 「困っているのか」 「かなり」 「そこまでか」 「ええ、かなりですわ」


 レオノーラは本気でそう言った。


「わたくし、勝手に持ち上げられるのが好きではございませんもの」 「それは昨日も聞いたな」 「大事なことですもの」


 アルベルトは少しだけ考え込んだようだった。


「では、来週の実力測定で印象を変えたいのか」  その一言に、レオノーラは一瞬だけ黙った。


 鋭い。


 非常に鋭い。


 たぶんそこへ行き着くだろうとは思っていたが、やはり早い。


「……どうでしょう」


 あえて曖昧に返したが、アルベルトは小さく笑った。


「図星らしいな」 「否定はいたしませんわ」


 そこまで言ってしまった方が、むしろ余計な探りを減らせる気がした。


 リヒャルトがそこで低く言う。


「印象を変える、ですか」 「ええ」 「どう変えるつもりです?」 「それはまだ内緒ですわ」


 当然である。

 ここで設計図を全部話すほど甘くはない。


 アーネストが面白そうに身を乗り出した。


「気になるな」 「気にしないでくださいまし」 「無理だろ」


 そこへ始業の鐘が鳴った。


 会話がいったん途切れる。

 救われた気分だった。


 マグダ教員が入り、教室はすぐに授業モードへ切り替わる。

 レオノーラも思考を一度閉じることにした。


 今はまだ、来週の前段階だ。

 今日やるべきは、今日の授業をきちんとこなすこと。


 そう決めて、一限目のノートを開く。


 午前の授業は比較的穏やかだった。

 少なくとも大きな事件はない。

 小さな視線と囁きは相変わらずだが、昨日今日の密度を思えば、これでもだいぶ静かな方だ。


 その分、レオノーラの頭は別のことを考え始めていた。


 騎士団の若手に偶像化されているなら、来週の実力測定はなおさら危ない。

 強く見せれば喜ばれる。

 格好よく見せれば神格化が進む。

 かといって下手を打てば、学院側に不信を与える。


 ではどうするか。


 前世の現場感覚が、静かに答えを探し始める。


 たぶん必要なのは、  憧れを生む“華”ではなく、近づきにくい“実務臭さ”

 だ。


 たとえば、試験の場で求められている安全管理や条件設定を、自分の側から当然の前提として扱う。

 武を“見せ場”ではなく“運用対象”として語る。


 騎士団の若手が求めるのは、おそらく理想の武人像だ。

 ならばそこへ、理想より先に管理と条件と責任を出せばいい。


 かなり有効な気がする。


「……お姉様」


 昼休み、クラウスが教室前まで顔を出した。

 呼ばれて廊下へ出ると、彼は開口一番こう言った。


「朝の件、もう学院側にも少し回っています」


 早すぎますわね?


 レオノーラは本気でそう思ったが、今さら驚いても仕方ない。


「どの程度?」 「“第三隊の若手が公爵家へ師事願いに行って、断られた”くらいまでは」 「十分すぎません?」 「十分すぎます」


 クラウスは平然としている。


「ですが、そのおかげで一つ利点もあります」 「何かしら」 「お姉様が、若手を手当たり次第に抱え込むタイプではない、と学院側へ自然に伝わる」 「……なるほど」


 それはたしかにそうだった。


 変に“面倒見のいい英雄”と思われるより、よほどいい。

 断った事実そのものは、むしろプラスに働くかもしれない。


「やはり、どう騒がしくするかは選べますわね」 「ええ」 「完全に静かにはならなくても」 「はい」 「せめて、都合の悪い騒がしさは減らせる」


 クラウスはそこで小さく頷いた。


「その通りです」


 兄弟ではなく姉弟だが、こういう時の会話はまるで作戦会議だった。


 そして、その会話の終わり際、クラウスが何気なくこう付け加える。


「ただし」 「またただし、ですの?」 「はい」 「何かしら」 「たぶん、騎士科の若手はもう一度来ます」 「……でしょうね」


 断って終わる相手ではなかった。

 今朝の反応を思い出せば分かる。


 レオノーラは小さくため息をつき、そして静かに口元を引き締めた。


「でしたら次は、もっときっぱり線を引きますわ」 「そうしてください」 「でも、角が立ちすぎるのも困りますわね」 「そこが難しいんです」 「本当に」


 そう言いながらも、レオノーラの頭の中では、来週の実力測定の組み立てがさらに進んでいた。


 どうせ見られる。

 どうせ話題になる。

 ならば、その話題の中身は選ぶ。


 それが今、自分にできる最善だ。


 そしてその日の午後、武芸棟の前で待っていたのは、今度は若手騎士ではなく、剣術教官補佐の一人だった。


「アルトヴァイス嬢」


「何かしら」


「来週の実力測定について、標的の候補を見ておいてほしい」


 レオノーラは足を止める。


 そして静かに思った。


 ――やはり、向こうも本気で準備しておりますのね。

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