表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のはずが、悪役になる前に剣聖になっていた  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/95

第22話 帝国騎士団で変な人気があると聞かされた時点で、わたくしの知らないところで話が大きくなっておりますわね

 かなり面倒な戦いになる。


 そう思っていた矢先に、教室前で上級生に呼び止められ、完全別枠案まで浮上していたのだから、もはや静かな学院生活という言葉自体が遠い夢に思えてくる。


 それでも、完全別枠を回避できそうだと分かっただけで収穫はあった。


 問題は、そこから先である。


 教室の扉を開ける前、ルークはふいに足を止めた。


「アルトヴァイス嬢」


「何かしら」


「もう一つ、言っておくべきことがある」


 レオノーラは少しだけ眉を寄せた。


 まだあるのですの?


 そう思ったが、口には出さない。

 ルークの顔つきは真面目だ。軽口ではない。


「何でございましょう」


「お前、自分が騎士団でどう見られているか、どこまで把握してる?」


 レオノーラは数秒考えた。


「多少、武勇伝が流れている程度ではなくて?」


「多少、ね」


 ルークは片手で額を押さえた。


「その認識は改めた方がいい」


 嫌な予感しかしない。


「……どういう意味ですの?」


「若手を中心に、だいぶ変な人気がある」


 変な人気。


 ひどい言い方だが、たぶん正しいのだろう。

 美化せずに言うところに、むしろ誠実さを感じる。


「具体的には?」


「剣聖令嬢、竜断ちの公爵令嬢、巨剣の姫騎士……そのあたりの呼ばれ方をしてる」


 やめてくださいまし。


 レオノーラは本気でそう思った。

 ひどい。

 非常にひどい。


「何ですの、それは」


「俺に言うな」


「言いますわよ。初耳ですもの」


「初耳なのはそうだろうな」


 ルークは乾いた声で言った。


「お前、自分からそういう連中の集まりに近づかないだろ」


「当然ですわ。面倒ですもの」


「だから余計に神格化が進むんだよ」


 なるほど。

 なるほど……ではない。


 なぜ近づかないことが神格化に繋がるのか。

 理解はできる。できるが納得はしたくない。


「どういう理屈ですの?」


「距離があるから、勝手に理想像になる」


 ルークは淡々と説明した。


「しかもお前、竜を斃しただの、大剣を振るうだの、実際の実績まである。若手や実戦派からすると、かなり危険な刺さり方をしてる」


「危険な刺さり方」


「“本物だ”って意味でな」


 レオノーラは少し黙った。


 専門家に認められること自体は、悪いことではない。

 だが今の文脈では、明らかに良い意味だけではない。


「……それが、今回の別枠案にも?」


「多少は影響してる」


 ルークは隠さなかった。


「完全別枠にすると、“やっぱり学院でも別格扱いか”って騎士科連中が騒ぐ」 「通常枠に混ぜると、“どこまでやれるか見たい”って目が増える」 「どっちに転んでも面倒だ」


 最悪ですわね。


 レオノーラは心の中で静かにうめいた。


 知らないところで、勝手に評価され、勝手に期待され、勝手に神格化されている。

 前世でも多少はあった。

 だが、ここまで規模の大きい“勝手な物語化”はさすがに経験がない。


「先輩」


「何だ」


「わたくし、別に崇拝されたいわけではございませんのに」


「知ってる」


「知っていて放置されているのです?」


「全部は止められん」


 ルークは肩をすくめた。


「それに、表立って礼を失してるわけじゃないから、上も潰しづらい」


 そこがまた厄介だった。


 失礼でも反逆でもない。

 ただ、勝手に憧れて勝手に盛り上がっているだけ。

 となると、統制のしようがない。


「ちなみに」


 ルークは少しだけ言いづらそうに続けた。


「お前の学院入学、騎士科の上級生にはだいぶ話が回ってる」


「……でしょうね」


「“あの剣聖令嬢が来た”ってな」


 やめてほしい。


 本当にやめてほしい。


 レオノーラは静かに目を閉じたくなった。


 教室へ向かうだけで視線が多かった理由の、一端が分かった気がする。

 単に大剣を背負っているからではない。

 事前情報が回っていたのだ。


「ですので、来週の実力測定も見られる、と」


「そういうことだ」


 ルークははっきり頷いた。


「殿下だけじゃない。騎士科の上級生や教員補佐も、かなり見に来る可能性がある」


 面倒ですわね、が、今日はもう通り越している。


 これはもはや、避けられない舞台だ。


 レオノーラは数秒だけ黙り、やがて静かに息を吐いた。


「……分かりましたわ」


「何がだ」


「隠しきれないなら、見せ方を選ぶしかございませんもの」


 ルークの目が、少しだけ変わった。


 たぶん今の返答が、彼の求めていた水準だったのだろう。


「そういうところだよ」


「何がですの?」


「騎士団の連中が妙にかぶれる理由だ」


 やめてくださいまし。


 レオノーラは内心でそう返したが、表情は崩さなかった。


「わたくしは現実的なだけですわ」


「そういう“現実的”の方向が、若手連中には刺さるんだよ」


「意味が分かりませんわね」


「分からなくていい」


 ルークはそこで話を切った。


「とにかく、来週は“強い”を見せるだけじゃ駄目だ。“騎士団にとって便利な偶像”にもなるな」


 その言い回しは、かなり胸に刺さった。


 便利な偶像。

 たしかに、それが一番まずい。


 強くて。

 理にかなっていて。

 高潔そうに見えて。

 しかも手の届かない公爵令嬢。


 そんな像を勝手に作られたら、今後ずっと面倒になる。


「先輩」


「何だ」


「本日は、本当にありがとうございました」


 レオノーラは今度こそ、心からそう言った。


「ここまで具体的に伺えたのは助かりますわ」


「そうか」


 ルークは少しだけ目を逸らした。


「ならいい」


 その反応を見る限り、この人は本当に“役に立つ情報だから伝えた”だけなのだろう。

 好感が持てる。

 そして、だからこそ余計に、この学院では“まっとうな相手ほど厄介”という困った状況になっていた。


 教室へ戻る直前、ルークが最後に言った。


「あと一つ」


「まだございますの?」


「これはただの忠告だ」


「ええ」


「騎士科の若手に囲まれたら、笑って流せ。まともに相手すると余計に燃える」


 経験則なのだろう。

 とても説得力があった。


「善処いたしますわ」


「その言い方に不安しかないな」


 そこまで言って、ルークはようやく去っていった。


 レオノーラは一人、教室の扉の前で小さく息を吐く。


 情報は増えた。

 面倒も増えた。

 だが、やることはむしろ明確になった。


 来週の実力測定で目指すべきは三つ。


 学院には、制御可能な強さを示す。

 皇太子には、婚約相手としての扱いにくさを滲ませる。

 そして騎士団には、偶像化しづらい現実的な異質さを見せる。


「……難題ですわね」


 そう漏らしつつ教室へ入ると、視線がいくつか集まった。

 当然だろう。

 始業直前に上級生と連れ立って戻ってきたのだから。


 アーネストなどは、もう隠しもしない顔で笑っている。


「何だった?」


 即座に聞いてくる。

 実に分かりやすい。


「少々」


 レオノーラは昨日から使い慣れた返答を返した。


「少々、ですわ」


「それで済ませるには顔が真面目すぎるだろ」 「気のせいではなくて?」 「いや?」


 アーネストが食い下がる。

 リヒャルトがすぐ横からため息をついた。


「お前は少しは学べ」 「何を」 「人には言いたくない話がある」 「分かってるよ。その上で気になるだけだ」 「それを配慮がないと言う」


 ありがたい。

 本当にありがたい。


 レオノーラは席につきながら、あえてアーネストを見た。


「気にしてくださるのは結構ですけれど」 「おう」 「全部を知る必要はございませんわ」 「……なるほど」


 アーネストはそこで、珍しくあっさり引いた。


「悪い」


 これも少し意外だった。


 この人はもっと押しの強いタイプだと思っていたが、線を引けば一応下がるらしい。

 ただし、毎回きちんと線を見せる必要がある。そこが面倒なのだろう。


「いえ」


 レオノーラは短く返した。


 そのやり取りを、アルベルトは静かに見ていた。


 やがて彼が口を開く。


「ヴァンハイム先輩は、昨日からずいぶん君に肩入れしているようだな」


 そこへ行きますのね。


 だが、その言い方には嫌味より観察の色が強かった。


「肩入れ、というほどでは」


「では?」


「話が通じる方ですわ」


 それは本音だった。


 アルベルトは少しだけ目を細める。


「それは高い評価だな」


「そうかしら」


「君の基準なら、そうだろう」


 その返しは少し困る。


 まるで、自分の人間評価の軸を読まれているようで。


「……何だか、殿下はわたくしを妙に理解してくださるのが早いですわね」


 思わずそう言うと、アルベルトは数秒だけ黙った。


 そして、ごく普通のことのように答える。


「理解しないまま扱う方が危険だと思っているからな」


 その言葉に、教室の空気がほんの少しだけ変わった気がした。


 レオノーラは瞬きを一つする。


 その発想は、少しだけ前世の自分に似ていた。

 現場で厄介そうな事案ほど、まず正確に把握する。

 分からないまま判断する方が危険だからだ。


 だからこそ、困る。


 そういう相手は、婚約回避の障害として質が悪い。


「……それは、ありがたいような、ありがたくないような」


 レオノーラが正直にそう返すと、アーネストが吹き出し、リヒャルトが目元を押さえた。


 アルベルトだけがわずかに口元を緩める。


「正直だな」


「感想ですもの」


「そうか」


 そして、その短いやり取りのまま授業が始まった。


 午前の授業中、レオノーラはかなり集中した。

 意識を散らすと、どうしても来週の実力測定や、騎士団での妙な評価へ思考が流れるからだ。


 ならば、今は目の前を処理する。


 歴史。

 政治経済。

 帝国法制の基礎。


 座学は嫌いではない。

 むしろ実務的で助かる。


 ただし、その間もやはり視線はある。

 昨日までの単なる興味だけではない。今日からは、そこへ“何か事情があるらしい”が薄く乗った。


 つまり、朝のルークとの件も完全には見られていたのだろう。


「……面倒ですわね」


 休憩時間に小さく漏らすと、セシリアが二列前から振り返った。


「本当にそうですわね」


 妙に同意された。


「セシリア様も?」


「ええ。わたくしまで少し気を遣ってしまいますもの」


 申し訳なさが少し湧く。


「ごめんなさいませ」


「いえ、レオノーラ様が悪いわけではございませんわ」


 そう言ってくれるのはありがたい。

 だが一方で、自分の周囲にいるだけで他人に気を遣わせる状況も、やはりあまり好ましくない。


 午後の授業まで大きな事件はなかった。


 だが、放課後が近づくころには、レオノーラはすでに一つの実感を得ていた。


 来週の実力測定は、単なる試験ではない。


 学院、皇太子、騎士科、婚約話。

 その全部が薄く絡んだ、一種の公開査定になる。


 そして、それを理解しているのは、自分だけではない。


 授業終わり際、アーネストが前を向いたままぼそりと呟いた。


「来週、たぶん人増えるな」


 レオノーラは即答しなかった。


 代わりに、隣のリヒャルトが低く返す。


「増えるだろうな」


「殿下も来るし」 「来る前提で言うな」


「だって来るだろ?」


 その問いに、アルベルトは否定しなかった。


 つまり来るのだろう。


 レオノーラは静かに天井を見たくなった。

 が、やめた。

 そういう小さな仕草すら見られている気がするからだ。


「……お姉様」


 その日の帰り、馬車へ向かう途中で待っていたクラウスが、レオノーラの顔を見て言った。


「何かしら」


「今日はまた、表情が少し固いですね」


「そうかしら」


「ええ」


 クラウスはすぐ歩幅を合わせた。


「何か増えましたか」


「増えましたわ」


「でしょうね」


 即答である。


「騎士団でのわたくしの評判を、少し詳しく伺いました」


 レオノーラがそう言うと、クラウスは一瞬だけ眉を上げた。


「なるほど。それはたしかに表情も固くなりますね」


「剣聖令嬢、ですって」


「まあ」


 全然“まあ”ではない。

 もっと驚いてほしい。


「驚きませんの?」


「いえ、かなり妥当だと思いましたので」


 ひどい弟だった。


 だが、クラウスはすぐに続けた。


「でも、それは困りますね」


「ええ、困りますわ」


「偶像化されると、婚約回避にも実力測定にも悪影響です」


 話が早い。

 そこまで言わずとも分かってくれるのはありがたい。


「ですので、来週は」 「ええ」 「“強い”より、“基準がおかしいが制御は効く”を出す方向で」 「同意ですわ」


 そうして馬車へ乗り込んだ時、レオノーラはようやく少しだけ心が軽くなっていた。


 問題は増えている。

 だが、対処の方向も見えている。


 来週までに、まだできることはある。

 言葉の選び方。

 立ち位置。

 そして、誰に何を見せるか。


 静かな学院生活は、たぶんもう難しい。

 だが、どう騒がしくするかなら、まだ選べる。


 それだけでも十分な武器だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ