第19話 ドワーフたちから手紙が来た時点で、穏やかな内容であるはずがございませんわ
やはり、静かには終わりませんのね。
レオノーラは馬車の中で、今日何度目かも分からないその結論に至っていた。
学院初日。
静かに始めるつもりだったのに、婚約話が表に出て、実力測定が決まり、最後にはドワーフの鍛冶師たちから手紙である。
嫌な予感しかしない。
「クラウス」
「何かしら、ではなく、何ですか、でしょうか。まだ屋敷に着いておりませんので」
「細かいですわね」
「大事です」
弟は平然としていた。
「その手紙、差出人は?」
「鍛冶師頭のゴルド・バルガン殿です」
最悪ではないが、良くもない。
ゴルド・バルガン。
ドワーフ鍛冶師の中でも、とくに腕がよく、とくに悪ノリが激しく、とくに“面白い武具”を見つけると周囲を巻き込む男である。
レオノーラの大剣が、訓練用の無骨な大剣から怪物剣へ進化した元凶の一人でもあった。
「父上が顔をしかめていた理由、何となく分かりますね」
クラウスが淡々と言う。
「ええ。わたくしもそう思いますわ」
たぶん、ろくなことではない。
新素材を見つけたか。
新しい加工法を思いついたか。
あるいは、もっと直接的に“もっと面白いことをしよう”のどれかだ。
屋敷へ着くと、レオノーラは制服のまま小会議室へ向かった。
夕食前だというのに、父ヴァルターはすでにそこにいる。
机の上には一通の封書。
そして、その横には何やら重そうな小箱まで置かれていた。
「お帰り、レオノーラ」
「ただいま戻りましたわ、お父様」
父の顔は疲れていた。
昨日は婚約話で、今日はドワーフである。
さすがに気の毒になってくる。
「これですの?」
「ああ」
父は封書を顎で示した。
「鍛冶師頭ゴルド・バルガンからだ」
「開けても?」
「中身はもう読んだ」
「では、なぜわたくしを待っておられたのです?」
「お前宛だからだ」
父は少しだけ嫌そうな顔で言った。
「内容も、お前が関わらねばどうにもならん」
レオノーラは封を切り、便箋を開いた。
ドワーフらしい、やたら勢いのある筆致で書かれている。
「読みますわよ」
「声に出してくれ」
父とクラウスがそう言うので、レオノーラは読み上げた。
「――“麗しき剣聖嬢レオノーラ殿へ。先日の竜骨材の経年変化、実に良好。よって次段階へ進めると判断した”」
やめてくださいまし。
まだ一行目ですのに、もう嫌ですわね。
「――“以前より試しておった、魔鋼と竜骨、微量オリハルコンの多層化処理がようやく形になった。ついては、お主の剣に合わせた新規中芯と外殻の試験片を作成したゆえ、意見を求む”」
父がこめかみを押さえる。
クラウスは無表情だった。
レオノーラはさらに読み進めた。
「――“なお、今回の試験片は、竜骨粉と飛竜の爪粉、魔銀、雷晶石の焼結を加えてある。うまくいけば、斬撃時の反発制御がさらに滑らかになる見込み。ついでに軽くなるかもしれんし、軽くならんかもしれん”」
「軽くならんかもしれん、って何だ」
父がとうとう口を挟んだ。
気持ちは分かる。
レオノーラもそこは引っかかった。
いや、むしろ一番引っかかった。
今の剣が軽くなるなら歓迎だが、軽くならない上に別の癖だけ増える可能性もあるということだ。
「続きますわ」
レオノーラは便箋を持ち直した。
「――“ついては、お主が学院で使うに足るか、あるいはさらに無茶が必要かを知りたい。できれば実戦感覚で試してもらいたいが、学院では壊れるだろうから無理するな。代わりに次の休みに工房へ来い。新しい遊び……もとい、試験を用意して待つ”」
やはりそうですのね。
最後までろくでもなかった。
レオノーラは読み終えて、静かに便箋を置いた。
「父上」
「何だ」
「この時期に送る内容ではございませんわね」
「私もそう思う」
父ははっきり言った。
「よりによって学院へ入ったばかりの時期に、“剣の次段階へ進める”などと書いてくるとは何事だ」
「しかも“新しい遊び”です」
クラウスが無感動に補足した。
「ろくでもありませんね」
「ええ、本当に」
レオノーラは小箱へ視線を向けた。
「それで、その箱の中身が試験片ですの?」
「ああ。開けるか?」
父の許しを得て、小箱を開く。
中には三つの細長い金属片が収められていた。
色味は微妙に異なる。ひとつは青灰、ひとつは黒銀、ひとつは鈍い白。どれもただの鋼ではない、妙に密度の高い光り方をしている。
レオノーラは一つを手に取った。
重さを確かめる。
指先で弾く。
魔力の通りを感じる。
「……変ですわね」
「何がだ」
「これ、たぶん良いですわ」
父が深く息を吐いた。
最悪の反応だった。
「お前がそう言うということは、本当に良いのだろうな」
「ええ。少なくとも、適当に遊んで作ったものではありません」
「それは安心材料なのか?」
「半分くらいは」
レオノーラは二つ目、三つ目も順番に確かめた。
なるほど。
どれも方向性が違う。
一つ目は、しなりと戻りの制御。
二つ目は、衝撃分散。
三つ目は、魔力の乗りが異様に素直だ。
つまりゴルドたちは本気で“今の剣の次”を考えている。
そこがまた困る。
「お姉様」
クラウスが静かに言う。
「顔が少し楽しそうです」
「そんなことはございませんわ」
「あります」
父まで頷いた。
なぜ家族全員、こういう時だけ妙に観察眼が鋭いのか。
「……否定はしませんわ」
レオノーラは小さく認めた。
「剣の改良としては、かなり興味深いですもの」
「そうだろうな」
父は完全に諦めた顔をした。
「だが問題は時期だ。今は婚約話があり、学院では実力測定も控えている。その上で工房へ行って剣をいじる余裕があるのか」
それは正しい論点だった。
レオノーラは便箋へ視線を落とし、静かに考える。
学院。
婚約回避。
実力測定。
そして剣の改良。
全部大事だ。
全部、レオノーラにとって優先度が低くない。
問題は順番である。
「今すぐではなくてよろしいでしょう」
レオノーラは結論を出した。
「少なくとも、来週の実力測定が終わるまでは現状維持が無難ですわ」
父が少しだけ安堵した顔になる。
「珍しく、本当にまともな結論だな」
「失礼ですわね。わたくし、普段から合理的ですもの」
「その合理性がたまに常識と喧嘩するから困るんだ」
ごもっともである。
クラウスが試験片の箱をのぞき込みながら言った。
「つまり、お姉様としては」
「ええ」
「今の剣で来週を乗り切り、その後に改良を検討する、と」
「その通りですわ」
「では、ゴルド殿への返書もその方針で?」
「そういたします」
レオノーラは便箋を畳み、箱も閉じた。
「“興味はあるが、学院の実力測定が先。試験片は一旦預かる。来週以降に工房へ行く”と伝えれば十分でしょう」
「新しい遊びには触れない方がいいですね」
クラウスが真顔で言う。
「触れぬ方がよろしいでしょうね」
父も同意した。
レオノーラも異論はない。
あの一文に触れると、絶対にろくでもない追記が返ってくる。
そこで父が、少しだけ表情を引き締めた。
「レオノーラ」
「はい」
「剣の件はそれでいい。だが、私は別の意味でも気になっている」
「と申しますと?」
「お前が、学院の実力測定をどう使うつもりかだ」
鋭い。
非常に鋭い。
レオノーラは思わず目を細めた。
「どう使う、とは」
「婚約話だ」
父は娘をまっすぐ見た。
「お前、来週の実力測定を“自分の格を改めて見せつける場”として使おうとは考えていないか?」
図星だった。
いや、正確には、そこまで明確に言語化してはいなかった。
だが無意識には、その方向があった。
剣聖であること。
竜殺しであること。
自分より弱い男と婚約するつもりはないこと。
それらを、実力測定で自然に周囲へ再認識させられれば、婚約回避の空気づくりにもなる。
考えないはずがない。
「……少しは」
レオノーラが認めると、父は額を押さえた。
「やはりか」
「ですが、それは合理的ではなくて?」
「合理的ではある」
父は即答した。
「だが危険でもある」
そこへ母が入ってきた。
どうやら夕食の支度が整ったらしいが、会話の気配を読んでそのまま小会議室へ来たようだ。
「何が危険なのかしら」
「レオノーラが、来週の実力測定を婚約回避の演出に使う可能性だ」
父の説明に、母は目を瞬かせ、それから娘を見る。
「考えていたの?」
「少しだけ」
「少し、ねえ」
母は苦笑した。
「たしかに、あなたらしい発想だわ」
「でも危険なのよ、お母様」
クラウスが先に答える。
「目立てば目立つほど、“強すぎるから婚約候補にふさわしい”という評価に反転する可能性があります」
その指摘に、レオノーラは少し黙った。
たしかに。
非常にたしかに。
弱さを見せれば舐められる。
強さを見せれば引かせられる。
と思っていたが、相手が皇室や高位貴族だと、その強さすら“価値”として取られかねない。
そこが厄介なのだ。
「……面倒ですわね」
「ええ」
母はあっさり頷いた。
「だから、来週の実力測定では“強い”ではなく“扱いにくい”を見せなさい」
レオノーラは少し驚いた。
「お母様?」
「ただし、嫌われる意味ではなくてよ」
母は扇を開き、優雅に言った。
「婚約相手として考えた時、“ああ、この子は普通の令嬢の枠には収まらないわね”と思わせるの」
それは、たしかに有効かもしれない。
剣聖。
竜殺し。
怪物剣。
それら全部を“可愛げがない”と受け取る者もいるだろう。
だが一方で、無闇に強さを見せるだけだと“希少な才覚”として加点される危険もある。
ならば必要なのは、強さの誇示ではなく、価値観の異質さか。
そこへ父も頷く。
「お前の基準がおかしいことを、ちゃんと分からせるんだ」
「おかしいとは失礼ですわね」
「竜殺しを婚約条件にする娘を、私は他に知らん」
反論できない。
クラウスが淡々とまとめた。
「つまり来週は、“安全に制御できること”を学院へ示しつつ、“婚約相手としては扱いにくいこと”を周囲へ自然に理解させる、です」
「……難題ですわね」
「いつものことです」
弟が平然と言う。
レオノーラは少しだけ考え込み、やがて静かに頷いた。
「分かりましたわ」
「何がだ」
父が問う。
「来週の実力測定、目的を二つに分けます」
レオノーラは指を二本立てる。
「学院には、“制御可能な戦力”と示す」
「うむ」
「そして周囲には、“婚約相手としては面倒な女”と理解させる」
父と母とクラウスが、三人そろって微妙な顔をした。
「……いや」
父がゆっくり言う。
「後半は、もはやだいぶ進んでいる気もするが」
「それでも足りませんわ」
レオノーラは真顔で答えた。
「まだ“面白い”や“素敵”で済んでおりますもの」
そこで母が吹き出した。
クラウスも口元を押さえる。
父だけが頭痛をこらえるような顔だ。
「確かに、それはそうだ」
父がぼそりと言った。
「面白いも素敵も、婚約回避には全く役立たんな」
「ええ。非常に困っております」
レオノーラは本気でそう思っていた。
今日は婚約話。
明日は実力測定。
その次は剣の改良。
立て続けに火種ばかりだ。
だが、整理はできた。
婚約回避。
学院内での立場整理。
剣の次段階。
どれも、順番に片づけるしかない。
夕食の時間が迫り、小会議室を出る頃には、レオノーラの頭の中にはすでに来週の実力測定へ向けた構成がぼんやりと浮かび始めていた。
派手ではなく。
だが印象には残る。
強さを見せつけすぎず。
しかし、婚約相手としては扱いづらい。
難しい。
だが不可能ではない。
「……できなくはありませんわね」
独り言のように漏らすと、隣を歩いていたクラウスがすぐ反応した。
「何がです」
「来週の見せ方ですわ」
「もう考えていたのですか」
「当然でしょう」
「さすがです」
「褒めておりますの?」
「半分くらいは」
そうして屋敷の食堂へ向かう廊下で、レオノーラはふと、前世から変わらぬ自分の性質を自覚していた。
問題が大きくなるほど、逆に頭は冷える。
怖い。
面倒。
嫌だ。
そう思うほど、やるべきことは見えてくる。
だからたぶん、今回もどうにかする。
どうにかしてみせる。
なにせ自分は、ただの公爵令嬢ではない。
剣聖で、竜殺しで、ガテン系喪女アラサーの実務思考をそのまま引きずった女なのである。
普通の婚約話で黙って詰む気など、さらさらなかった。




