第十九話 飛竜のときの冒険者と再会しました
父上が男へ礼を言った。
俺はその横で、もう一度男を見た。革鎧の背中には大きな盾があった。さっきまでは腕と手袋ばかり見ていたがその盾には見覚えがある。
大きさも、形もまるで同じだ。よくよく男を見てみるとあのとき飛竜の爪を受け止めていた男だった。
「あっ!」
思わず声が出た。父上と男がこちらを見る。
「あの時の冒険者ですよね!」
「……あの時?」
「飛竜です! 街道で戦ってましたよね?」
男は少し考えたあと思い出したように頷いた。
「ああ、あの時か。確かに飛竜を倒したな」
「やっぱり!」
あの盾を間近で見られるとは思わなかった。飛竜戦では馬車の窓から見ているだけだった。近くへ行きたいと言っても父上に止められたし、冒険者たちに話を聞くこともできなかった。
その時の男が今は目の前にいる。
しかも、俺を助けてくれた。
「お前はあそこにいたのか?」
「はい。馬車の中から見てました」
「そうだったのか。あの時は周りを見る余裕がなかったからな」
男が笑った。
俺はもう一度盾を見る。飛竜の爪を受け止めた時、男は身体ごと後ろへ押されていた。それでも倒れずベルタを守っていた。
さっき馬を止めた時もあの時と同じように踏ん張っていた。相当に力が強いのかもしれない。そう思って腕へ視線を移すと、また手袋の汚れが目に入った。
……帰ったら絶対に着替えよう。
「どうした、坊主。盾が気になるのか?」
「……はい」
嘘ではない。気になるところが多すぎるだけだ。
「前に飛竜の爪を受け止めてましたよね。あんなに大きなものをどうやって止めたんですか?」
「どうやってと言われてもな。盾の使い方を覚えたからとしか言えんが」
「でも、さっきは盾を使ってませんでした」
「ああ、馬のことか」
男は自分の腕を見た。
「鍛えてあるからな」
それだけで済まされてしまった。
いや、鍛えれば多少は力が強くなることくらい知っている。けれど、普通の人間がどれだけ鍛えてもあんなふうに馬を止められるとは思えない。少なくとも前世の世界では力任せに馬を引き戻すようなことはできなかったはずだ。
「……冒険者って、みんなあんなに力が強いんですか?」
「いや。人によるぞ。生力をどれだけ扱えるかで違うしな」
「せいりょく?」
初めて聞く言葉だった。
魔力なら知っている。自分でも適性水晶に触れたことがあるし、ベルタの魔法だって見ている。けれど、生力というのは聞いたことがない。
「魔力とは別の力だ。魔物の素材を使った装備で巡りを広げて、それを扱えるように鍛える。まあ、すぐにできるようなものじゃない」
男は腕の防具を軽く叩いた。金属の板が革の上に重ねられている。よく見ると、場所によって少し色が違っていた。
「この防具にも魔物の素材が使われてるんですか?」
「ああ。全部じゃないがな」
「それを着ければ俺も強くなれますか?」
男が笑った。
「最初からこんなのを使うもんじゃない。弱い素材の装備から少しずつ覚えていくんだ。兵士だって最初はそうする」
「兵士も?」
「ああ。冒険者だけのものじゃないからな」
そうなのか。
俺は父上のそばにいる護衛を見る。
屋敷の護衛たちも同じように鍛えているのだろうか。
今まで護衛といえば剣を持って父上たちを守る人だと思っていた。飛竜と戦う冒険者とは違うものだと考えていたけれど使う力には共通するものがあるらしい。
「アルノ、もういいか?」
父上が声をかけてきた。
顔を上げると男もこちらを見ている。まだ聞きたいことはあったが、いつまでも引き止めているわけにはいかない。
俺はもう一度礼を言った。
「本当にありがとうございました」
「ああ。今度は馬が近づいたら早めに離れるんだぞ」
「……はい」
返事をしながら足元へ目を落とす。
男の靴には泥がついていた。
厚い革の表面だけではなく、靴底の縁にも乾いた土が残っている。その靴で、男は俺のすぐそばに立っている。
せめてもう少し離れてくれないかな。
そう思ったところで偶然にも男が一歩下がった。
少しほっとしてしまい、そんな自分が嫌になった。
命を助けてくれた人なのに。
でも、やっぱり汚いものは汚い。
感謝はしているが、あの手袋でまた触られたいかどうかは別だった。
男と別れたあと、父上はその日の予定を切り上げることにした。
さっきの出来事を考えれば仕方がない。俺も少し疲れていたし、できれば早く屋敷へ戻って着替えたかった。
馬車へ向かう間も何度か自分の袖を確かめる。
男に掴まれたのはどこだったか。
肩の辺りには少し擦れた跡がある。背中も触られていたはずだが今は見えない。
革鎧についていた土が移っていないだろうか。
目に見えなくてもあの手袋で触られたことには変わりない。そう考えると余計に触れたくなくなった。
「袖がどうかしたのか?」
レオルに聞かれた。
「……少し気になって」
「破れてるのか?」
「破れてはいません」
「ならいいじゃないか」
「そういう問題じゃないんです」
レオルは不思議そうだったが、父上は俺の服を一度見てから口を開いた。
「帰れば着替えられる。今はあまり触るな」
「……はい」
それはその通りだった。
触れば手袋まで気になってくる。
俺は袖から手を離した。
けれど、何もせずに歩いていると今度はさっきの男の腕を思い出した。
暴れていた馬を引き戻した腕。
あれほどの力があるなら馬以外のものだって動かせるのではないだろうか。
例えば、荷車とか。
馬が引いている荷車を人間が代わりに引くことができたら。そこまで考えたところで足が止まりかけた。
……あれ?
もう一度、通りの向こうを見る。
ちょうど先ほどの荷車が御者に引かれてゆっくり動き始めていた。馬はすっかり落ち着いたようで重そうな樽を積んだ荷車を引いている。
人間では無理だと思っていた。
父上も兄上たちも荷物を運ぶには馬が必要だと言っていた。俺だってそれは仕方のないことだと考えていた。
でも、普通の人間には無理でも冒険者ならできるかもしれない。生力を使える人間がどれほど強いのかは分からない。さっきの男が特別なのかもしれないし、あれだけの力を持った人間が何人いるのかも知らない。
そもそも、荷車を引くことと暴れる馬を止めることが同じなのかどうかも分からない。
それでも、今までとは違うものが一つ見つかった。
「アルノ、どうした?」
父上に呼ばれた。
「……父上」
「何だ?」
「冒険者ってどれくらい強いんですか?」
父上が少し眉を上げた。
「さっき聞いていただろう」
「はい。でも、あの人以外も同じくらい強いのか分からなくて」
「腕はそれぞれだ。あの男のように飛竜と戦える者もいれば、まだ簡単な依頼しか受けられん者もいる」
「そうなんですね……」
やっぱり、誰でもあんなことができるわけではないらしい。
もう少し聞こうとしたところで父上が馬車の方へ歩き始めた。俺もそのあとを追う。
馬車へ乗る前にもう一度服を確かめ、踏み台へ足をかけた。
屋敷へ戻ったら、まず着替えよう。
それから手も洗って顔の布も外す。
話の続きを考えるのは、そのあとにしよう。




