第3話 その一方――魔王城では
◇◇その一方――魔王城では
「お父様!」
魔王城に、少女の声が響いた。
玉座に座っていた魔王が顔を上げる。
「どうした、我が娘よ」
そこにいたのは、十歳ほどに見える少女だった。
長い髪。
小さな身体。
年齢だけを見れば、まだ子供にしか見えない。
しかし――
彼女の実年齢は、四十二歳。
そして父親である魔王は――
三百二十歳。
「私、旅に出たい!」
少女――リリアは、胸を張って宣言した。
「…………」
魔王の顔が固まった。
「……旅?」
「はい!」
「なぜ?」
「ずっと城にいるだけでは、世界のことを知ることができません」
リリアは楽しそうに話す。
「古い文献なら、いくらでも読んできました。でも、本に書いてあることと、実際に見る世界は違うでしょう?」
魔王は頭を抱えた。
この娘は、昔からこうだった。
魔法の知識は誰よりも豊富。
歴史にも詳しい。
古代文明について語らせれば、魔王ですら知らないことを平然と話す。
そして何より――
魔力。
リリアの身体に秘められた魔力は、すでに魔王を上回る可能性を秘めていた。
純粋な力比べなら、まだ魔王のほうが上だ。
だが、魔力の総量だけなら――
いつか自分を超えるかもしれない。
「……しかしな」
魔王の声が少し低くなる。
「外の世界は危険だ」
「大丈夫です」
「お前は自分が思っているほど――」
「大丈夫です」
「……」
「大丈夫ですよ、お父様」
リリアは、にっこり笑った。
魔王は弱かった。
娘に。
「……母さんが生きていたら、何と言うだろうな」
魔王の表情が、一瞬だけ寂しげになる。
リリアの母。
かつて魔王が愛した、人間の女性。
種族の違いを越えて恋に落ち、そして娘を残して、この世を去った。
それは、遠い昔のことだった。
魔王は今でも忘れていない。
「……分かった」
「本当ですか!」
リリアの顔が明るくなる。
「ただし、条件がある」
「何でしょう?」
魔王は側に控えていた一人の女性を見る。
黒髪をまとめ、落ち着いた表情で立っている。
魔王直属の側仕え――セシリア。
普段はリリアの身の回りの世話をしているが、その正体は魔王が信頼する優秀な護衛でもある。
「セシリア」
「はい、魔王様」
「イルティ村という場所があったな?」
「はい」
セシリアは静かに答えた。
「人間の国との境界からも離れており、魔物も少ない小さな村です」
「おお!」
魔王の表情が少し明るくなる。
「そこなら……比較的安全そうだな」
「はい。お嬢様が旅の経験を積む場所としては、適しているかと」
「では、決まりだ」
魔王はリリアを見る。
「イルティ村までなら、旅に出ることを許そう」
「ありがとうございます、お父様!」
リリアは嬉しそうに頭を下げた。
だが――
魔王はまだ不安だった。
「……セシリア」
「はい?」
「娘を影から見守ってくれぬか」
「…………え?」
セシリアの表情が固まった。
「わ、私がですか?」
「そうだ」
「しかし……」
「決して娘には気づかれるな」
セシリアはリリアを見る。
「……お嬢様に?」
「そうだ」
「…………」
セシリアは小さくため息をついた。
「承知しました」
「頼んだぞ」
「はい、魔王様」
魔王は念を押す。
「くれぐれも見つからないようにな」
「……善処いたします」
リリアは、何も知らずに旅の準備について考えていた。
「イルティ村……どんなところなんでしょう」
その顔は、まるで初めて遠足に行く子供のようだった。
――こうして。
魔王の娘、リリアはイルティ村への旅立ちを許された。
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かつて、この世界では人間と魔族の争いが絶えなかった。
長い年月にわたる戦争。
憎しみ。
復讐。
数え切れないほどの犠牲。
だが、現在の魔王が即位してから、両者の間には休戦協定が結ばれていた。
それでも――
憎しみが消えたわけではない。
人間の中にも、魔族を憎み続ける者がいる。
そして魔族の中にも、人間との争いを望む者がいる。
平和は、まだ始まったばかりだった。
そんな世界で――
一人の少年が旅を始めた。
元・日本人。
十五歳の身体を与えられた、
◊◊神谷悠真◊◊
そしてもう一人。
見た目は十歳。
実年齢、四十二歳。
魔王の娘、
◊◊リリア◊◊
その傍らには、主人に気づかれぬよう影から見守る、
◊◊セシリア◊◊
二人が向かう先は――
**イルティ村。**
まだ、この時は誰も知らない。
この二人がそこで出会うことが――
やがて世界の運命を大きく変えることを。




