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第2話 旅人という職業


――眩しい。


神谷悠真は、ゆっくりと目を開けた。


いや。


目を開けた……と思った。


視界に映っているのは、真っ白な世界。


床もない。


天井もない。


ただ、どこまでも白い。


そして――


自分の身体も、淡い光に包まれていた。


「……俺、どうなってるんだ?」


声を出したつもりだった。


しかし、口が動いた感覚はない。


そもそも――


身体がない。


悠真は、自分自身を見下ろした。


そこにあったのは、人間の身体ではなかった。


光り輝く、小さな魂のようなもの。


「……魂?」


そのとき。


目の前が、さらに眩しく光った。


「ほっほっほ」


声が聞こえた。


悠真が振り向く。


そこには――


真っ白な髭をたくわえた、年配の男性が立っていた。


いや。


「立っている」という表現でいいのか分からない。


身体全体から眩い光を放っている。


どう見ても普通のお爺ちゃんではない。


「……神様?」


悠真が尋ねると、老人は嬉しそうに笑った。


「そうじゃ」


やっぱり神様だった。


「お主があまりにも気の毒でのう」


「……気の毒?」


「うむ」


神様は、少し申し訳なさそうな顔をする。


「長い間、働きづめだったじゃろう?」


悠真は苦笑した。


「まあ……そうですね」


「休日もろくに休めず、趣味も失い……ようやく久しぶりのキャンプに出かけたと思ったら――」


神様が言葉を止める。


悠真も、その先を思い出した。


豪雨。


地鳴り。


土石流。


そして――


「……最後は、残念でしたけど」


悠真は静かに笑った。


「キャンプ、楽しかったですよ」


神様は少し驚いたように目を見開いた。


「悔いはないのか?」


「ありません」


悠真は答えた。


「最後に、昔好きだったことを思い出せましたから」


神様はしばらく黙っていた。


そして――


「……そうか」


優しい声だった。


「では、お主に一つ聞こう」


「はい?」


「異世界に行ってみないか?」


「……異世界?」


「そうじゃ」


悠真は少し考えた。


「ファンタジーの?」


「まぁ……ファンタジーというか」


神様は苦笑した。


「もう一度、違う世界で人生をやり直してみる気はないか?」


悠真は黙って考えた。


そして、ぽつりと言った。


「……旅がしたい」


「ほう?」


「今度は、自分の好きな場所へ行ってみたいです」


神様は嬉しそうに笑った。


「ならば冒険者かな?」


「冒険者?」


「そうじゃ。定番の戦士もいる。魔法使いもいる」


神様は指を一本ずつ立てていく。


「剣士、弓使い、僧侶、魔法使い……」


そして最後に、


「特別に、勇者を授けることもできるぞ」


「勇者……」


悠真は少し考えた。


魔王を倒す。


世界を救う。


仲間と冒険する。


確かに、ファンタジーらしい。


だが――


「いえ」


悠真は首を横に振った。


「旅人にします」


「……旅人?」


神様の笑顔が固まった。


「お主、それは大変だぞ?」


「そうなんですか?」


「戦士ほど強くない。魔法使いほど魔法も使えん。勇者のような特別な力もない」


「でも、旅はできますよね?」


「まあ……できるが」


悠真は笑った。


「それなら十分です」


神様は、しばらく悠真を見つめていた。


「……お主は変わっておるのう」


「そうですか?」


「普通なら勇者を選ぶところじゃ」


「苦労しながら楽しみたいのです」


その言葉を聞いて、神様は大きく笑った。


「ほっほっほ!」


そして悠真に見えないように、そっと手を動かす。


「……ならば」


小さな光が、悠真の魂へ吸い込まれていく。


「これは、お主への餞別じゃ」


「何かしました?」


「いやいや、何もしておらんよ」


神様は何食わぬ顔で答えた。


――【成長補正】付与。


悠真は当然、それを知らない。


「まずは安全な街で腕試しをしてから進むがよい」


「はい、分かりました」


「では――」


神様が手を掲げる。


眩い光が悠真を包み込んだ。


「新しい人生を楽しんでくるがよい」


「はい!」


その瞬間――


悠真の意識は、光の中へ溶けていった。


---


◈◈異世界


「……ん?」


悠真は目を開けた。


最初に見えたのは、青い空だった。


「……生きてる?」


身体を起こす。


風が吹いている。


鳥の声。


そして、どこか懐かしい草木の匂い。


「ここが……異世界?」


悠真は立ち上がった。


しかし――


「……あれ?」


身体がおかしい。


軽い。


妙に軽い。


手を見る。


腕を見る。


「……小さくなってないか?」


慌てて身体を確認する。


どう見ても、三十八歳の身体ではない。


近くに水辺がある。


悠真は駆け寄った。


水面に映った自分の姿を見て――


「……誰?」


そこに映っていたのは、


十五歳くらいの少年だった。


黒髪。


少し細身。


まだ少年らしさの残る顔。


「……俺?」


頬を触る。


水面の少年も頬を触る。


「若返った……というか、転生したんだな」


不思議と嫌な気持ちはしなかった。


むしろ――


「……これなら、もう一度やり直せるか」


悠真は小さく笑った。


そのとき、背中に違和感を覚えた。


「そういえば……荷物は?」


振り返る。


そこには小さなバックパックがあった。


手に取ってみる。


「ん?」


中を確認しようとすると――


頭の中に、何となく使い方が浮かんだ。


「……収納魔法?」


意識すると、バックの中に入っていた物が頭の中に表示される。


食料。


水筒。


毛布。


簡単な野営道具。


そして――


「短剣?」


腰には一本の短剣。


さらに巾着袋もあった。


中を確認すると、数枚の銅貨が入っている。


「最低限の旅支度はしてくれたのか」


神様の顔を思い出す。


「……優しい神様だったな」


悠真は立ち上がった。


そして、ふと思いつく。


「まさか……」


右手を前に出す。


「ステータスオープン」


――パッ。


目の前に半透明の画面が現れた。


「……本当に出た」


ゲームのようなステータス画面。


悠真は食い入るように眺める。


---


【名前】神谷 悠真

【年齢】15歳

【種族】人族

【職業】旅人


【レベル】1


【体力】12

【耐久】15

【筋力】8

【魔力】2


【スキル】


生活魔法 Lv1

体力強化 Lv1

短剣術 Lv1

狩猟 Lv1

採取 Lv1

野営 Lv1

危険察知 Lv1


【耐性】


毒耐性 Lv1

麻痺耐性 Lv1

睡眠耐性 Lv1

暑熱耐性 Lv1

寒冷耐性 Lv1

疲労耐性 Lv1


---


「……なるほど」


悠真は腕を組んだ。


体力と耐久は、普通の少年より少し高い。


だが――


「筋力は……そんなに高くない」


魔力も、特別高いわけではない。


そして職業は、


【旅人】


「……神様が言っていたのが分かったよ」


悠真は苦笑した。


戦士でもない。


魔法使いでもない。


勇者でもない。


ただの旅人。


でも――


「まあ、いいか」


悠真は空を見上げた。


前世では、行きたい場所へ行く時間さえなかった。


今は違う。


ここには会社もない。


上司もいない。


休日出勤もない。


そして――


「俺は自由だ」


悠真はバックパックを背負った。


腰の短剣を確認する。


「まずは街を探そう」


十五歳の少年となった神谷悠真。


その旅は、こうして始まった。


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