第29話 モロヤ村の英雄?
ようやく、ユウマたちはモロヤ村に到着した。
「やっと着いたな」
ユウマは村の入口で足を止めた。
村の中には、疲れ切った冒険者たちが大勢いた。怪我をしている者も多く、教会へ運ばれていく姿も見える。
「……なんだか、大変なことになっているわね」
リリアも心配そうに周囲を見渡した。
「魔物の討伐依頼って、こんなに大変だったんでしょうか……」
ミーナも不安そうに呟く。
そのとき、リリアが村の奥にいる女性を見つけた。
「あれ? ちょっと知っている人がいるから、挨拶してくるわ」
「分かった。俺たちはここで待っているよ」
ユウマが答えると、リリアは女性のもとへ歩いていった。
「……セシリア?」
リリアが小声で呼びかける。
女性は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を整えた。
「私は魔法使いのセリアですが」
「……そうだったわね」
リリアは戸惑いながらも、すぐに察した。
目の前の女性は、間違いなくセシリアだ。
ただし、周囲には冒険者たちがいる。
「セリアさんの知り合いか?」
近くにいた冒険者が尋ねた。
「え、ええ。まあ、そんなところよ」
リリアは少しぎこちなく答えた。
「少しこの子と話があるので、失礼しますね」
セリアはそう言うと、リリアを連れて冒険者たちから離れた。
◇◇◇
「まったく……。お嬢さま、こんなところで何をしているんですか」
人目のない場所まで移動すると、セシリアは小さくため息をついた。
「何って、旅よ。ユウマたちと一緒にね」
「お元気そうで何よりです」
「はちゃめちゃなことも多いけど、旅は順調よ」
リリアは楽しそうに笑った。
セシリアは、その表情を見て少し安心した。
魔王城を出てから、ずっと心配していたのだ。
「それで、どうしてあなたがここにいるの?」
「魔王様からの命令です。人間側の状況を調べるため、冒険者として潜入しています」
「なるほど。人間族のスパイなのね」
「違います。……まあ、似たようなものかもしれませんが」
セシリアは訂正しかけて、諦めたように肩を落とした。
「それより、お嬢さま。ユウマさんに会わせてもらえませんか?」
「ユウマに?」
「はい。彼の力を借りたいのです」
リリアは少し考えたあと、頷いた。
「分かったわ。呼んでくる」
◇◇◇
「えっと、こちらがユウマ。旅人よ」
リリアに連れられ、ユウマとミーナがやってきた。
セシリアは二人を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「初めまして。私は魔法使いのセリアです。リリアには、魔術の先生のようなことをしていたんですよ」
「そうだったんですね。俺はユウマです。職業は旅人です」
「私はミーナです。よろしくお願いします」
二人が挨拶すると、セシリアはユウマをじっと見つめた。
「実は、君のことは前々から知っていたんだけど」
「えっ? 俺のことを?」
「ええ。少し力を貸してほしいの」
ユウマはリリアを見た。
リリアは小さく頷く。
「リリアの先生だったんですよね。俺にできる範囲でよければ、協力しますよ」
「ありがとう。助かるわ」
セシリアは、少しだけ表情を和らげた。
「まずはポーションと食料を分けてほしいの。ここでの戦いが長引いて、食料も底をつきそうなのよ」
「ポーションと食料ですね。分かりました」
「それから、ミーナさんには回復魔法で怪我人を助けてほしいの。負傷者が多くて、治療が追いついていないのよ」
「私にできることでよければ、喜んで!」
ミーナは迷わず答えた。
「よし。それじゃ、まずは教会へ行こう」
ユウマたちは、セシリアの案内で教会へ向かった。
◇◇◇
教会の中には、負傷した兵士や冒険者たちが大勢横たわっていた。
呻き声が聞こえ、治療を受けられずに苦しんでいる者もいる。
「これは……」
ユウマは思わず息を呑んだ。
「特に重傷なのは、森で魔物と戦っていた兵士たちよ」
セシリアが説明した。
「彼らは十人で魔物の群れを食い止めていたの。全員が大怪我を負ってしまったわ」
ユウマは兵士たちの様子を確認した。
骨折している者。
身体のあちこちに深い傷を負った者。
そして、片足を失った兵士もいた。
「……分かりました。まずは、この人たちから治療しましょう」
ユウマは収納から上質なポーションを取り出した。
「これを使ってください」
セシリアは驚いたようにポーションを受け取った。
「上質なポーション……。こんなに貴重なものを、いいの?」
「今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう」
ユウマは穏やかに答えた。
「助けられるなら、助けたいですから」
セシリアは一瞬だけ黙り、それから深く頷いた。
「ありがとう。恩に着るわ」
兵士たちにポーションが使われていく。
すると、驚くべきことが起こった。
「お、おい……! 足が……!」
片足を失っていた兵士が、自分の身体を見下ろしていた。
傷口から新しい肉が生まれ、骨や筋肉が形を取り戻していく。
やがて、そこには元どおりの足があった。
「うそだろ……」
兵士は震える手で、自分の足に触れた。
骨折していた兵士たちも、骨がつながり、痛みが消えていく。
「こんなことが……」
周囲にいた者たちが、驚きの声を上げた。
ユウマはほっと息を吐いた。
「よかった。これなら、ひとまず安心ですね」
「ユウマ、すごいわね……」
リリアも感心したように呟いた。
「いや、ポーションのおかげだよ」
ユウマはそう言って、次の負傷者へ目を向けた。
「ミーナ、冒険者たちの治療をお願いできる?」
「はい! やってみます!」
ミーナは負傷者のそばに膝をついた。
「ヒール!」
柔らかな光が、冒険者の傷を包み込む。
「ありがとう……。ずいぶん楽になったよ」
「よかったです。次の方も診ますね」
ミーナは次々と治療を続けた。
「ヒール! ヒール!」
傷を癒やし、痛みを和らげ、動けるようになった者には休むように声をかける。
だが、負傷者はまだ大勢いる。
(もっと……もっと多くの人を助けないと!)
ミーナは懸命に回復魔法を使い続けた。
そのときだった。
頭の中に、何かが流れ込んできた。
聞いたことのない言葉。
けれど、なぜか意味が分かる。
ミーナは一瞬、手を止めた。
「……え?」
胸の奥から、温かな力が湧き上がってくる。
目の前の負傷者だけではない。
この教会にいる、傷ついたすべての人を癒やしたい。
その願いに応えるように、新たな魔法の使い方が頭の中に浮かんだ。
「癒やしの神のもとに……エリアヒール!」
ミーナが両手を広げた。
次の瞬間、教会の中が柔らかな光に包まれた。
「な、何だ!?」
光は負傷者たちを優しく包み込んでいく。
深い傷が塞がり、痛みが消え、疲れ切った身体に力が戻っていく。
軽傷だった者たちは、一瞬にして元気を取り戻した。
三十人ほどの負傷者が、まとめて回復したのだ。
「すごい……!」
リリアが目を見開いた。
ユウマも、思わずミーナを見つめた。
「ミーナ、今のは……?」
「わ、私にも分かりません……。でも、魔法の使い方が頭の中に浮かんできて……」
ミーナは自分の手を見つめた。
初めて使った魔法なのに、不思議と迷いはなかった。
セシリアも驚きを隠せない様子だった。
「広範囲の回復魔法……。これほどの人数を一度に治療するなんて」
しかし、ミーナはすぐに顔を上げた。
「まだ怪我をしている方がいます!」
彼女は深い傷を負った冒険者のもとへ駆け寄った。
「ヒール!」
今度は一人ずつ、丁寧に治療していく。
何度も魔法を使い、苦しんでいた人々を癒やしていった。
やがて、教会の中に響いていた呻き声は、少しずつ減っていった。
「……これで、ひとまず大丈夫でしょう」
ミーナは額の汗を拭った。
セシリアが、安堵した表情で頷く。
「本当に助かったわ。あとは安静にしていれば大丈夫そうね」
「よかったです……」
ミーナはほっと胸を撫で下ろした。
自分にも、こんなことができる。
その事実が、少しだけ自信につながった。
◇◇◇
治療が一段落すると、ユウマは収納袋から食料を取り出した。
「食料なら、ボアの肉とウルフの肉が大量にありますよ」
ドサッ、ドサッ。
次々と取り出される肉の山。
セシリアは、思わず目を丸くした。
「……え? ちょっと待って。これ、全部どうしたの?」
「モロヤ村に向かう途中で、大量の魔物に遭遇しまして」
「遭遇した?」
「はい。討伐して、素材を回収したというか……」
ユウマは少し考えながら答えた。
「気づいたら、かなりの量になっていました」
セシリアは、目の前の肉の山とユウマを交互に見た。
「……なるほどね」
そう言うしかなかった。
村では、冒険者たちが必死に魔物を食い止めていた。
それなのに、この旅人たちは道中で魔物を大量に討伐し、素材を回収していたという。
しかも、本人は特別なことをしたつもりもないらしい。
(この人、本当に旅人なの……?)
セシリアは、心の中で呟いた。
リリアが横から笑う。
「ユウマは、素材集めが好きなのよ」
「そういう問題なのかしら……」
セシリアは、もう一度ため息をついた。
けれど、すぐに表情を引き締めた。
「食料もポーションも、本当に助かったわ。あなたたちが来てくれてよかった」
「いえいえ。困ったときはお互いさまですよ」
ユウマは気楽に答えた。
「それで、明日はどうするんですか?」
「明日は今後の作戦会議をする予定よ」
「作戦会議?」
「ええ。あなたたちにも参加してほしいの」
「……えっ?」
ユウマはきょとんとした。
「いや、俺たちはただの旅人ですよ?」
「お願い」
セシリアはユウマをまっすぐ見つめた。
その眼力は、なかなかの迫力だった。
「……分かりました」
ユウマは思わず頷いてしまった。
リリアは横で、くすくすと笑っている。
「ユウマ、頑張ってね」
「いや、何を頑張るんだよ……」
こうしてユウマたちは、本人たちもよく分からないまま、モロヤ村の作戦会議に参加することになった。
どうやら、ただの討伐依頼では終わらなくなってきたらしい。




