第25話 大森林の戦い
ハーン領、領主の館。
「錬金魔術団を呼べ!」
ハーン領主の声が、執務室に響いた。
呼び出された軍幹部が、深々と頭を下げる。
「領主様、ご用件は?」
「我が領土に魔獣や魔物を近づけるわけにはいかん。錬金魔術団に防護壁を作らせろ!」
「承知しました。しかし、それだけでは魔物の大群を防ぎきれない可能性もあります」
「ならば、魔導士兵団に大森林へ火を放たせろ!」
領主は机を叩いた。
「森を焼き払えば、魔物どももこちらへ来られまい!」
「ですが、火が広がれば周辺の村にも影響が……」
「くどい! 我が領土を守るためだ。すぐに実行しろ!」
「はっ!」
軍幹部は頭を下げ、部屋を出ていった。
ハーン領主は椅子に深く腰掛ける。
「これでよい。隣の地方がどうなろうと、我が領土さえ守れれば問題ない」
しかし、彼はまだ知らなかった。
自分の行動が、やがて大きな問題になることを。
◇◇◇
冒険者ギルド総括本部。
魔王ゼルヴァートからの手紙が、総括本部長ガルハンのもとへ届けられていた。
手紙を読み終えたガルハンは、深いため息をついた。
「ついにやらかしたな、ハーン領主……」
手紙には、大森林での魔物の大量発生と、ハーン領主がオゴ地方のモロヤ村を犠牲にしようとしていることが記されていた。
「軍事力がありながら、民を犠牲にして自分の領土だけを守るとはな」
ガルハンは手紙を机に置いた。
「それに、魔族が魔物を操っているという噂まで流れているのか。まったく、厄介なことになったものだ」
しばらく考えたあと、ガルハンは顔を上げた。
「なるほど。魔族側から大森林の魔物を討伐し、人間側のモロヤ村からも戦力を出す。両側から挟み撃ちにするわけか」
ガルハンは手紙を手に取り、静かにうなずいた。
「ゼルヴァート、感謝する。こちらも動かせてもらおう」
すぐに職員を呼び、指示を出す。
「全ギルドに通達だ! モロヤ村へ冒険者を集めろ。討伐と住民の避難支援を優先するんだ!」
「承知しました!」
「それから、ハーン地方のナーゴ軍基地にも調査隊を向かわせろ。ハーン領主の命令と軍の動きを確認する。反逆行為の証拠が確認でき次第、身柄を押さえる準備を進めるんだ」
「はっ!」
職員たちが一斉に動き出した。
ガルハンは窓の外を見つめた。
「人間も魔族も、守りたいものは同じはずなんだがな……」
◇◇◇
一方、ユウマたちはオゴ地方へ向かう街道を進んでいた。
道の周囲には森が広がり、時折、魔物の姿が見える。
「弱い魔物が多いな」
ユウマは周囲を見渡した。
「大量発生って聞いていたから、もっと危険な魔物が出てくるのかと思ったけど」
「今のところは、いつもの討伐と変わらないわね」
リリアも周囲を警戒しながら答えた。
「素材を集めながら進めるなら、ちょうどいいんじゃないかな」
「そうですね。私もできるだけお二人を支援します」
ミーナが笑顔で答える。
ユウマはうなずいた。
「無理はしないでいこう。何かあったら、すぐに対応できるようにね」
そのときだった。
「あっ!」
ミーナが森の木々を指さした。
「あの魔物、スレッドスパイダーです!」
木の間に、大きな蜘蛛の魔物が何匹も張り付いていた。
「スレッドスパイダー?」
「はい! 糸がとても丈夫で、肌触りのいい生地の材料になるんです。冒険者ギルドでも素材として買い取ってもらえますよ」
「それはいいな。せっかくだから討伐して、素材を回収しよう」
ユウマが短剣を抜いた。
リリアは蜘蛛たちを見て、少し困ったような顔をした。
「仕方ないわね。火魔法だと糸まで燃やしてしまうから、風魔法で切り裂くわ」
「助かるよ。俺は近づいて短剣で戦う」
「私は支援します!」
ミーナが二人の後ろに立ち、支援魔法の準備を整えた。
スレッドスパイダーが糸を飛ばしてくる。
「おっと!」
ユウマは身をひねって糸を避け、そのまま一匹へと接近した。
短剣を振り、素早く仕留める。
「リリア、頼む!」
「任せて!」
リリアの放った風魔法が、蜘蛛の足を切り裂いた。
動きが鈍ったところへ、ユウマがとどめを刺す。
「今です!」
ミーナの支援魔法が二人を包み込んだ。
三人は連携しながら、次々とスレッドスパイダーを倒していった。
「よし、これで終わりだな」
ユウマは周囲を確認し、素材の回収を始めた。
丈夫な糸が、きれいな状態で残っている。
「おお、これはいい素材だ!」
「でしょう? 服や布を作る職人さんに人気なんですよ」
ミーナが嬉しそうに説明した。
「これなら、いい値段で買い取ってもらえるかもしれないな」
ユウマは糸を丁寧に袋へしまった。
「よし、先へ進もう!」
三人は再び街道を歩き始めた。
その先で何が起きているのか、まだ知る由もなかった。
◇◇◇
大森林。
ハーン領主から使えないと見なされ、捨て駒として送り込まれた十人の兵士たちが、魔物の群れと戦っていた。
「カイル! 前を頼む!」
「分かった! 俺が魔物を引きつける。その隙に攻撃してくれ!」
大きな盾を構えた少年兵士、カイルが前へ出た。
魔物が次々と襲いかかる。
カイルは盾で攻撃を受け止め、仲間たちを守ろうと必死に踏ん張った。
「くっ……!」
衝撃で足が下がる。
それでも、カイルは盾を下ろさなかった。
「今だ! 攻撃を!」
後方の兵士たちが剣や槍を振るい、魔物を倒していく。
だが、倒しても倒しても、森の奥から新たな魔物が現れた。
「まだ来るのかよ!」
「数が多すぎる!」
一人の兵士が叫んだ。
カイルも、周囲を見渡して顔をこわばらせた。
前にも魔物。左右にも魔物。
逃げ道さえ、少しずつ塞がれていく。
「くそっ……!」
カイルは盾を握り直した。
「俺が引きつけるから、攻撃を続けてくれ!」
「もう無理だ! こんな数、相手にできるわけがない!」
「諦めるな! まだ仲間がいるだろ!」
カイルは必死に声を張り上げた。
しかし、兵士たちの疲労は限界に近づいていた。
武器を振るう腕は重くなり、魔物の攻撃を避ける余裕もなくなっていく。
「もう……ダメだ……」
一人の兵士が膝をついた。
カイルは盾を構えたまま、迫り来る魔物たちを見つめた。
自分が倒れれば、後ろの仲間たちも危ない。
それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
「……ここまでか」
カイルは歯を食いしばり、最後の力を振り絞って盾を構えた。
魔物の群れが、一斉に襲いかかってくる。
カイルたちの戦いは、まさに限界を迎えようとしていた。




