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第14話 ハーン領主と影の組織


 ハーン領主の執務室。


 机の上には、ユウマとリリアに関する報告書が置かれていた。


「旅人ユウマ。そして、謎の少女リリア……」


 ハーン領主は報告書を読みながら、眉をひそめていた。


「二人はイマル地方を抜け、すでにトーロン地方へ入ってしまったようです」


 部下が静かに報告する。


「トーロン地方は中立地帯でもあります。こちらから兵を動かせば、余計な問題になるでしょう」


「……追跡は困難、か」


「はい」


 ハーン領主は椅子に深く座り直した。


 普通の旅人なら、ここまで気にする必要はない。


 だが、ユウマには気になる点が多すぎる。


 魔物の被害を抑え、薬草を見つけ、村人を助けた。


 そして、謎の少女リリア。


 彼女については、ほとんど情報がない。


「我に良い案がある」


 ハーン領主は、ふっと口元を緩めた。


「追う必要などない」


「では……?」


「旅人ならば、いずれどこかに立ち寄る」


 ハーン領主は報告書を閉じた。


「旅人が訪れる場所を調べればいい」


 部下は深く頭を下げた。


「承知しました」


 その頃――。


 トーロン地方。


 小さな村から少し離れた河原では、ユウマとリリアが焚き火を囲んでいた。


 ぱちぱちと薪が燃える音が、静かな夜に響いている。


「今日はここで寝るのか」


「うん」


 リリアが寝袋を広げながら答える。


「雨が降らなければいいんだけどな」


「その時は木の下」


「やっぱりそれしかないのか……」


 ユウマは苦笑した。


 焚き火の炎を見つめていると、ふとリリアが口を開いた。


「ねえ、ユウマ」


「ん?」


「旅人って、魔力は小さいけれど生活魔法は使えるんだよね?」


「ああ。生活魔法なら使えるな」


「だったら……攻撃魔法になるかもしれないよ」


「攻撃魔法?」


 ユウマは驚いた。


「俺が?」


「うん」


 リリアは焚き火を指差した。


「まずはプチファイアーを出してみて」


「分かった」


 ユウマは手のひらを前に出した。


「プチファイアー」


 小さな炎が、ぽっと浮かび上がる。


「できた」


「その炎に風魔法を使うイメージ」


「風魔法?」


「押し出す感じ」


「押し出す……」


 ユウマは炎を見つめた。


 その瞬間――。


 頭の中に文字が浮かんだ。


 ――ファイアーボール。


「……え?」


 不思議な感覚だった。


 頭の中に、はっきりと魔法の名前が浮かんでいる。


「リリア、これ……」


「どうしたの?」


「頭の中に……文字が出た」


「たぶん魔法を組み合わせるイメージができたんだよ」


「なるほど……」


 ユウマは炎に意識を集中した。


「ファイアーボール!」


 小さな炎の塊が、ふわっと飛んだ。


 しかし――。


 ぽすっ。


 わずか一メートルほど飛んだところで消えてしまった。


「……」


「……」


 二人は炎が消えた場所を見つめる。


「今の……ファイアーボール?」


「うん!」


 リリアの顔がぱっと明るくなった。


「すごいよ、ユウマ!」


「いや……弱すぎないか?」


「最初なんだから仕方ないよ」


 リリアは楽しそうに笑った。


「もう少し魔力を流し込んでみて」


「分かった」


 ユウマはもう一度、手を前に出した。


 今度は先ほどよりも強く魔力を込める。


「ファイアーボール!」


 ぼっ!


 今度は、こぶしほどの大きさの火球が飛び出した。


 勢いよく飛んでいき――。


 十メートルほど先で、


 ドンッ!


 小さな爆発を起こした。


「おおっ!」


 ユウマは目を見開いた。


「やった!」


 リリアも嬉しそうに両手を上げる。


「できたね!」


「俺、本当に魔法が使えた……」


 ユウマは自分の手を見つめた。


 その瞬間だった。


「……あれ?」


 急に視界が揺れた。


「ユウマ?」


「なんか……力が……」


 膝から力が抜ける。


「ちょっと!」


 リリアが慌てて駆け寄る。


 ユウマはそのまま地面に倒れた。


「……」


「もう……」


 リリアは呆れたような顔をする。


「魔力を使い切ったんだね」


 けれど、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「初めてなのに、よく頑張ったよ」


 リリアはユウマを寝袋まで運び、そっと寝かせる。


「まったく……無茶するんだから」


 念のため、リリアは周囲に結界魔法を張った。


 淡い光が二人を包む。


「これなら大丈夫かな」


 リリアも寝袋に入り、ユウマの様子を確認してから目を閉じた。


 そして翌朝。


「……夢だったのかな」


 目を覚ましたユウマは、ぼんやりと空を見上げていた。


「何が?」


 リリアが聞く。


「昨日、俺が魔法を使う夢を見たんだ」


「……」


 リリアはしばらく黙った。


 そして、ぷっと吹き出した。


「夢じゃないよ」


「え?」


「ユウマ、魔力切れで意識を失ったんだよ」


「……」


 ユウマの顔が固まる。


「夢じゃ……ない?」


「うん」


 リリアは笑いながら頷いた。


「試してみて」


「分かった」


 ユウマは立ち上がり、少し離れた場所へ向かう。


「ファイアーボール!」


 ぼっ。


 昨日と同じように、小さな火球が飛んだ。


「……」


「……」


「できた」


 ユウマは驚いた。


「これなら……」


「油断しちゃ駄目だよ」


 リリアがすぐに釘を刺す。


「魔力切れになったら動けなくなるんだから」


「確かに……」


「それに、今の強さなら弱い魔物を倒せるくらいかな」


「十分じゃないか」


「でも、ユウマは不思議よね」


 リリアの表情が少し変わった。


「最初に会った時から感じてたけど」


「何が?」


「普通の旅人とは違う」


 ユウマは少し迷った。


 そして、リリアに話すことを決めた。


「実は……俺には成長補正っていうスキルがあるんだ」


「やっぱり」


「え?」


「書庫で調べたことがあるの」


 リリアは少し遠くを見る。魔王城とは言えない


「神から授かった特殊なスキルの中に、成長補正というものがあるって」


「知ってたのか……」


「うん」


「俺の成長補正は、レベルに関係なく、ほんの少しずつだけど能力の数字が上がっていくんだ」


「だから普通の人とは違う成長をするんだね」


「ああ」


 リリアはしばらく考えてから、真剣な顔で言った。


「ユウマ」


「ん?」


「これは二人だけの秘密にしよう」


「秘密?」


「うん」


 リリアは人差し指を口元に当てる。


「成長補正なんて知られたら、利用しようとする人が出てくるかもしれない」


「……確かにな」


「それに、鍛錬を続ければ――」


 リリアはユウマを見る。


「とんでもない力になる可能性があるよ」


「とんでもない力……」


「だから秘密」


「分かった」


 ユウマは頷いた。


「リリアは何でも知ってるね」


「そう?」


「魔法のことも、スキルのことも」


 ユウマは少し考えた。


「もしかしてリリアって、どこかの貴族様だったりする?」


「えっ?」


 リリアの顔が一瞬固まる。


「そ、そんなことないよ!」


「怪しいな」


「ほら! そろそろ出発しよう!」


「話を逸らしたな?」


「気のせい!」


 リリアは急いで荷物をまとめ始めた。


「今日からは魔物退治、ユウマお願いね!」


「俺が?」


「昨日、魔法使えたでしょ?」


「まあ……」


 ユウマは昨日の火球を思い出す。


 まだ弱い。


 でも、自分にも戦う力がある。


「よし」


 ユウマは剣を腰に差した。


「やってやるぜ」


「その意気!」


 二人は河原を後にし、トーロン地方の街道を歩き始めた。


 その二人から少し離れた場所。


 木々の間から、少女が二人を見つめていた。


「……リリア様」


 セシリアだった。


 彼女は一定の距離を保ちながら、二人を見守っている。


「まだ、気づかれていないようですね」


 リリアが魔王の娘だと知られてはいけない。


 今はまだ。


 セシリアは静かに二人の後を追う。


「どうか……何事もありませんように」


 そしてユウマとリリアは、まだ見ぬトーロン地方の奥へと歩いていった。


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