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第13話 イマル地方からトーロン地方へ


 ユウマたちは、イマル地方を抜け、トーロン地方へ向かって歩いていた。


 目的地はまだ遠い。


 まずは、トーロン地方へ入ってすぐにある小さな村を目指している。


「ユウマ、あそこ!」


 前を歩いていたリリアが、小さな魔物を指差した。


「スライムね」


「おう」


 ユウマが剣に手をかけるより早く、リリアが駆け出した。


「えいっ!」


 ぽんっ。


 スライムは、リリアの一撃であっさりと消えた。


「……」


 ユウマは黙ってその様子を見ていた。


 少し先では、今度はラットが草むらから飛び出してくる。


「またね」


 リリアは軽く杖を振った。


 ラットもあっという間に倒れる。


「……リリア」


「なに?」


「もし……リリアがパーティを抜けたら」


「うん?」


「俺、旅できないんじゃないか?」


 リリアは少し驚いた顔をした。


「今さら?」


「いや、今さらっていうか……」


 ユウマは苦笑した。


 旅を始めた頃は、自分一人でも何とかなると思っていた。


 生活魔法もある。


 体力強化もある。


 剣も使える。


 採取鑑定だってある。


 けれど、実際に旅を続けてみると分かる。


 魔物との戦いだけではない。


 道に迷うこともある。


 食料の問題もある。


 寝る場所だって必要だ。


 そして何より――。


「リリアがいると、何だかんだ安心するんだよな」


「ふふっ」


 リリアは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、しばらく抜けないでおいてあげる」


「しばらくなのかよ……」


 二人はそんな会話をしながら、再び歩き始めた。


 しばらくすると、景色が変わってきた。


 目の前に広がっていたのは、見渡す限りの農地だった。


 小さな村には似合わないほど広い。


 畑には麦や野菜、豆類など、様々な農作物が植えられている。


「すごいな……」


 ユウマは思わず足を止めた。


「村は小さいのに、畑は大きいね」


「ああ。この辺りは農業が盛んなのかもしれないな」


 二人は広大な農地を横目に見ながら、村へと入っていった。


 村の中は静かだった。


 大きな建物はない。


 商店も数えるほどしか見当たらない。


 だが、農作業をする村人たちの姿は多かった。


「ユウマ……」


「ん?」


「お腹空いた」


「……俺もだ」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、村の中にある小さな食堂へと向かった。


 木製の扉を開けると、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐった。


「いらっしゃい……おや?」


 カウンターの奥にいた店主が、二人を見て目を丸くした。


「珍しいな。旅人さんが来るなんて」


「そうなんですか?」


「ああ。ハーン地方が平和だった頃は、旅人になる者も多かったんだがな」


 店主は昔を懐かしむように話し始めた。


「この辺りを旅する人も結構いてな。うちにもよく旅人が――」


 そこまで話したところで、店主の視線がリリアへ向いた。


 リリアは何も言わない。


 ただ、店主をじっと見つめている。


 そして、その目が少しずつ訴えかけるようになっていく。


「……」


「……」


 店主はしばらくリリアを見つめた。


「ああ……」


 そして、ぽんと手を叩いた。


「すまんすまん。話が長くなっちまうところだったな」


「……お腹空いた」


 リリアが小さく呟く。


 ユウマは思わず笑った。


「店主さん、何かおすすめありますか?」


「そうだな。うちはウートンがおすすめだよ」


「ウートン?」


 聞き慣れない名前に、ユウマは首を傾げた。


「温かい麺料理だ。腹もいっぱいになる」


「じゃあ、それを二つお願いします」


「はいよ!」


 しばらくすると、湯気の立つ器が二人の前に置かれた。


「いただきます!」


 リリアは待ちきれない様子で箸を手に取った。


「……おいしい!」


「どれどれ」


 ユウマも麺を口に運ぶ。


「……!」


 もちっとした食感。


 しっかりとしたコシ。


 そして、どこか懐かしい味。


「これ……」


 ユウマは思わず箸を止めた。


「うどん……」


「ウートンだよ」


 店主が笑う。


「ウートン?」


「ああ。この辺ではそう呼ぶんだ」


 ユウマはもう一度、麺をすすった。


「うどんだ……」


 異世界に来てから、初めて食べる料理だった。


 懐かしい。


 そして、旅の途中でも食べられるなら、かなり助かる。


「店主さん」


「ん?」


「これって、材料は何ですか?」


「小麦粉と水、それから少し塩だな」


「なるほど……」


 ユウマは真剣な顔になった。


「旅でも作れないかな……」


「ユウマ?」


 リリアが首を傾げる。


「だって、これなら材料さえあれば作れるだろ?」


「作るの?」


「旅先で食べられたら最高じゃないか」


「私は食べられるなら何でもいいよ」


「それはそうなんだけど……」


 ユウマは笑った。


 店主はそんな二人を見ながら、少し考える。


「そういや、この村は小さいから食材を揃えるのは難しいな」


「そうなんですか?」


「ああ。食材の市場なら、少し先のナガイ村にある。旅を続けるなら、そこで探してみるといい」


「ナガイ村……」


 ユウマは頭の中に地図を思い浮かべた。


「ありがとうございます。寄ってみます」


「それと……」


 店主が少し申し訳なさそうに続ける。


「この村には宿屋がないんだ」


「宿屋がない?」


「小さな村だからな」


 ユウマは窓の外を見た。


 すでに日が傾き始めている。


「じゃあ、今日は野宿か……」


「そうなるな」


 店主は少し考えてから言った。


「この辺りなら、村を出てすぐの河原がいい。魔物も少ないし、比較的安全だ」


「少ない……」


 ユウマの顔が微妙に引きつる。


「魔物、出るんですね」


「まあ、まったく出ない場所なんてないからな」


「……ですよね」


 食事を終えると、二人は店主に礼を言って食堂を出た。


 空はまだ明るい。


「とりあえず、明るいうちに野宿できる場所を見つけましょ」


 リリアが明るい声で言った。


「ああ」


 二人は村を出る。


 店主に教えてもらった河原までは、歩いて三十分ほどだった。


 川のせせらぎが聞こえてくる。


 木々の間を抜けると、開けた河原が見えてきた。


「ここか……」


 ユウマは辺りを見回した。


 水場もある。


 平らな場所もある。


 村からもそれほど離れていない。


 一見すると、野宿には悪くない場所だった。


「村からすぐだな」


「うん」


「何かあっても、すぐに村へ戻れる距離……ではないよな」


「三十分くらいだもんね」


「そう考えると、微妙に遠いな」


 ユウマは苦笑した。


 そして、河原の向こうに広がる森を見る。


「やっぱり……魔物対策を考えないとな」


 昼間に見たスライムやラットなら問題ない。


 だが、夜になれば何が出てくるか分からない。


 寝ている間に襲われたら、たまったものではない。


 ユウマは河原を見渡しながら考え込んだ。


「……テントがあればな」


「テント?」


「雨の日にも使えるし、魔物からも少しは身を守れそうだろ?」


「この世界には寝袋はあるけど、テントはないもんね」


「ああ」


 ユウマは小さく息を吐いた。


「寝袋だけで野宿って……雨が降ったらどうするんだよ」


「木の下?」


「それが普通なんだよな……」


 前の世界なら、テントもタープも簡単に手に入った。


 キャンプ用品さえ揃っていれば、多少の雨なら気にせず眠れる。


 だが、この世界にはない。


 旅人として生きるなら、自分たちで工夫するしかない。


「……作るか」


「何を?」


「旅で使える道具」


 ユウマは河原を見ながら呟いた。


「雨を防げて、魔物から少しでも身を守れるものを」


 リリアはユウマの横顔を見る。


 少し不安そうな顔。


 けれど、その目には前向きな光もあった。


「大丈夫だよ、ユウマ」


「え?」


「私がいるから」


 リリアは笑った。


「魔物が来たら倒すから」


「……そうだったな」


 ユウマも笑う。


「頼りにしてるよ、リリア」


「任せて!」


 夕暮れの河原に、二人の声が響いた。


 しかし――。


 ユウマはまだ知らなかった。


 この何気ない野宿が、旅人として生きていくための新しい工夫を始めるきっかけになることを。


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