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幸福という名の鳥籠

「皆、大げさなのよね……病気じゃないのに」

「大げさじゃないです、姉さま」

 フェリクスが手帳から目を上げる。

「妊娠初期がいちばん流産の可能性が高いんです。少しは大人しくしてて下さい」

「……だからこうして、大人しくしているじゃないの」

 アマーリエは寝台でクッションにもたれながら言う。ぱたんと手帳を閉じてフェリクスは晴れやかに笑った。

「いや、それにしても本当に良かったです」

「これで保険も安泰とか言うんでしょう?」

「なにを言ってるんですか姉さま」

 フェリクスの生真面目な声に、アマーリエは彼を見つめる。フェリクスは肩までの亜麻色の髪を揺らして、頭を振った。

「そんなこと考えてませんよ。あのエルヴィスさまの態度を見てればお子がいようがいまいが我が家の心配はいりません。それよりも本当に姉さまの体が心配なんです」

「フェリクス……」

「元気で……丈夫な子を産むことだけに集中してください」

「……わかった、わかったから」

 アマーリエは真っ赤になってそう言うと、凝りをほぐすように背伸びをした。やわらかな日差しが窓から差し込み、小鳥の囀りが聞こえてくる。

「平和ねえ……」

「いつも動きすぎるくらい動いているんです。時が満ちるまでは大人しくしてください」

 アマーリエは、はぁいと短く頷いた。エルヴィスが過保護になるのはわかる。だがこの弟までも、こんなに過保護になるとは思わなかった。そう思って顔を見つめると、フェリクスはなんです?  と小首をかしげる。

「僕だって、かつて絶望の底で、クラウスさまを道連れにすべてを終わらせようとしていたエルヴィスさまを覚えています。エルヴィスさまは姉さまになにかあったら、今度こそ耐えられないでしょう。そしてそれは僕もクラウスさまも同じです」

「……わかったわよ」

 アマーリエが息をつく。アンネがお茶の用意をしてくれて、アマーリエとフェリクスは礼を言って受け取る。

「……紅茶じゃないのね?」

「はい、フェリクスさまのご指示で」

 差し出されたカップからは、いかにも体に良さそうな、けれど少し物足りないハーブの香りが優しく立ち上っている。

「姉さま、紅茶の成分はお腹のお子に良くないそうです」

 フェリクスの言葉にアンネが同意するように頭を下げた。

「紅茶が飲みたい……」

「我慢です。姉さま」

 アマーリエは再びため息をつく。

「自分で育てたハーブだし、ユリウス殿下もお持ちになったハーブなんだから……我慢、か」

 絨毯は二枚重ねになり足首が沈むくらいにやわらかい。エルヴィスをはじめとしてフェリクスもクラウスも邸の皆も優しすぎるほどに優しい。

 幸せだと思う。思うが、少し過保護が過ぎないだろうか。

 アマーリエは、フェリクスが再び手帳に視線を落とした隙を狙い、サイドテーブルの奥に隠されていた砂糖壺へそっと手を伸ばした。指先が、銀のスプーンに触れる。

「姉さま」

手帳のページがめくられる音と同時に、見てもいないはずのフェリクスから、ピシャリと声が飛んだ。

「我慢です」

「……っ。じゃあ、せめて散歩したい……」

「我慢です。姉さま」

 アマーリエはもう何度目かわからないため息をついた。

 間違いなく平和である。

 けれど、この至福の静寂の中で、アマーリエは時折、息が詰まるような錯覚に陥るのだった。

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