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月光の誓い、命の鼓動

 アマーリエが寝台に横たわり、意識がうとうととする中で、扉の向こうからせわしない靴音が聞こえてくる。


 ローゼンブルグ邸。アマーリエの部屋の前で、落ち着かない靴音がかつかつと鳴り響いた。

「落ち着いて下さい、エルヴィスさま」

 そう言うフェリクスの声にも力がない。クラウスもふたりの落ち着かなさを感じ取って、縋るようにフェリクスに抱きついた。

「落ち着いている」  

 廊下を行ったり来たりしていた足を止め、エルヴィスが呻くように言う。

「クラウス、なぜお母さまがどこか痛いと思ったんだ?」

 そう聞かれたクラウスは、小首をかしげる。

「ええと……なんとなく……?」

 その言葉を聞いてますますエルヴィスはうなだれた。自分はアマーリエの不調に一切気づかなかったのだ。情けなさに目を閉じた。

「エルヴィスさま……大丈夫ですよ。姉さまは丈夫なのが取り柄ですから」

「ああ……」

 フェリクスは自分に言い聞かせるように、もう一度、大丈夫ですとつぶやいてクラウスの肩を抱く手に力を込めた。

 アンゼルムだけがただ黙って、そのやりとりを見守っていた。

 やがて時は流れ、部屋の扉が開かれた。弾かれるように視線を向けた先にいた医師に向かってエルヴィスを先頭にフェリクスと手を繋いだクラウスも詰め寄った。

「容態は」

「落ち着いて下さい、エルヴィスさま……」

「容態はどうなんだ……!」

 医師は一同を見回すと、恭しく頭を下げた。

「おめでとうございます」

 そしてにこやかに微笑む。

「ご懐妊でございます」

 再びローゼンブルグ邸の時が止まった。

「かいにん……ってなに?」

 クラウスの問に視線が集まる。医師は優しく頷いてクラウスに頭を下げた。

「公子さま。公子さまの弟さまかお妹さまが、お生まれになるのです」

「……僕、お兄さまになるの?」

「さようでございます」

 呆然とするエルヴィスとフェリクスだったが、エルヴィスの方がわずかに先に気を取り戻した。早足で歩いて行って部屋の扉を開ける。

 そこには寝台の上で真っ赤になったアマーリエが、アンネに支えられていた。

「……だから、大騒ぎする必要ないって言ったのに……!」

 エルヴィスはよろよろと引き寄せられるように寝台の脇で膝を着くと、無言でアマーリエの手を取る。その手が震えていて、アマーリエはエルヴィスの手に自分の手を添えた。

「……病気ではありません。エルヴィスさま、大丈夫ですよ」

「……ああ」

 その様子を見て、フェリクスはそっと扉を閉めた。クラウスの頭を優しく撫でる。

「フェリクス兄さま……泣いてるの?」

「これは、嬉し涙です」

 フェリクスは袖で涙を拭うと、クラウスに微笑んだ。

「少し、お父さまとお母さまをふたりきりにさせてあげましょう。さ、食事に戻りましょうか」

「うん……! 弟かな、妹かな。フェリクス兄さま、どっちだと思う?」

「どちらでも……」

 フェリクスは言葉に詰まりながら答えて微笑んだ。

「元気に生まれてくれたら、それで……」

 フェリクスはクラウスの頭を撫でて背に手を回す。

 ローゼンブルグ邸が、再び、時を取り戻したのだった。


 寝室に夜の気配が忍び寄る。月光がカーテンの隙間から溢れて、アマーリエの亜麻色の髪に落ちた。

 エルヴィスは縋るようにアマーリエの手を握りその額につけた。

「エルヴィスさま、大丈夫ですよ」

 アマーリエの言葉に、エルヴィスは無言で頷いて顔を上げた。その瞳に宿る怯えを、アマーリエは見逃さなかった。

(エリーさまの死、王家の濁った血の澱……この人は怖いんだ)

 アマーリエはそっと手を離し、エルヴィスの肩へと手を置いた。そしてそっと囁く。

「大丈夫です。私は死んだりしません。お約束します」

 その言葉に、エルヴィスの言葉が詰まる。手を伸ばし、アマーリエを抱き寄せた。

「本当か……」

「本当です。お約束します」

「約束を……破ったら、本当に君を恨むぞ」

「破りませんよ、大丈夫です」

 アマーリエはほんのりと微笑った。エルヴィスの背に手を回すと、子どもをあやすようにその広い背をぽんぽんと叩く。

「大丈夫です……そしてこの子もきっと大丈夫です。あなたに似た凛々しい子になります」

「……君に、似てほしい」

「どちらに似ても大丈夫です。きっと愛らしい子ですよ」

「ああ……アマーリエ。ああ、そうだね……」

 呻くように言うエルヴィスの背を、何度も何度もアマーリエの手が撫でる。

 月明かりだけが、そんな2人の様子をやわらかに照らしていた。




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