第三章:帝国最強の失脚と屈服
一:帝都の覇権と三大ギルド定例会談
黄昏の地下宮殿における「古代殲滅巨神の即死崩壊」の一報は、帝都ルミナリアを統治する権力構造の土台そのものを完全に粉砕した。
皇帝親書に記された未踏の災厄を、わずか数時間で、しかも「埃を払うように鉄杭をひと蹴りしただけ」で鎮圧したという事実。それはもはや軍略や武芸といった人間の領分を遥かに逸脱していた。宮廷魔導士たちは「神話の再来」と呼び、街頭の民衆はソラの肖像画(本人がだらしなく欠伸をしている姿を宮廷画家が勝手に神格化して描いた油彩画)を魔除けの護符として壁に貼り始める始末だった。
だが、この急速な神格化を、自らの破滅の予兆として受け止め、底知れぬ憎悪と恐怖に震え上がっている男がいた。
帝都東区、陽光を照り返す白亜の城塞。
三大ギルドの頂点にして、皇室直属の治安組織としての特権を誇る最大手ギルド『白銀の聖堂』の本部。
その最上階、重厚なステンドグラスから差し込むプリズムの光の下で、ギルドマスターのジークフリートは、狂気じみた眼差しで自らの愛剣を見つめていた。
「……あり得ん。絶対に、あり得んのだ……!」
ジークフリートの声は、爪でガラスを引っ掻くように掠れていた。
二十代半ばにして「帝国最強の光輝剣聖」の異名を取り、美貌と神速の剣技で帝都の貴族令嬢たちを熱狂させてきた若き英雄。だが今の彼に、かつての華やかさは微塵も残っていない。頬は削げ、目の下には濃い隈が刻まれていた。
「報告書を読んだか、ベルンハルト!? 読んだのかと聞いているッ!」
「は、はッ……!」
副マスターの巨漢騎士ベルンハルトが、冷や汗をだらだらと流しながら直立不動で応える。
「古代殲滅巨神アバドン……我がギルドが総戦力を挙げて包囲しても、最低半数の損害を覚悟しなければならぬ旧文明の結界兵器です。それを……ソラ・ヴァルハイトは、ただ足元に転がっていた鉄杭を、小石のように蹴飛ばしただけで……結界ごと動力中枢を爆砕したと……!」
「嘘だッ! そんな神業、人間の身で可能なはずがないッ!」
ジークフリートが激昂し、マホガニーの机を拳で激しく叩いた。ペン立ての羽根ペンが飛び跳ねる。
「あの男は十九歳だぞ!? しかも幼少期は魔力枯渇の欠陥児と蔑まれていた落ちこぼれだ! なぜそれが、試験官を一撃で昏倒させ、五百人の盗賊を戦わずして眠らせ、古代兵器を爪先一つで消滅させるなどという化物に化けるのだ!?
ペテンだ……! ヴァルハイト公爵家が裏で古代の遺物を買い集め、何らかの秘術で世間を欺いているに決まっている!」
「し、しかし閣下、帝室学術院の残骸検分でも、結界を貫通したのは純粋な物理投擲と、極小の超高密度魔力による結合破壊であると結論づけられております……!」
「黙れッ!!」
ジークフリートの瞳に、濁った殺意が渦を巻いた。
「これ以上、あの男に好き勝手な跳梁を許せばどうなる!? 今月の定例会談で、我が『白銀の聖堂』が握ってきた『ギルド首脳会議における首席発言権』すら、あの小僧に奪われるのだぞ! 帝国最強の座を……あんな、どこの骨とも知れぬ寝ぼけ面の若造に譲れというのかッ!?」
ジークフリートは荒い息を吐きながら、執務室の暗がりに向かって低く合図を送った。
スッ……。
音もなく、部屋の影の中から漆黒の装束に身を包んだ男が現れた。
気配は完全に希薄。足音も魔力反応すらなく、ただ冷たい死の気配だけを纏っている。
帝都の裏社会を牛耳る暗殺組織『常闇の瞳』の首領――特級暗殺者・カゲロウ。
「……お呼びでしょうか、剣聖殿」
「カゲロウ。段取りはすべて整っているな?」
「御意。明日の定例会談の場となる迎賓館『碧水晶の間』……その地下および天井裏の空間に、我が配下の精鋭二十名を既に伏せさせました。さらに、部屋の四隅の柱には、旧文明の呪物【魔力封殺の黒水晶】を埋設。起動と同時に、あの部屋にいるすべての生物の魔力循環は完全に凍結し、指一本動かせぬ脱力状態へと陥ります」
カゲロウの仮面の奥で、冷酷な光がギラリと光った。
「いかに観測不能の魔力を誇ろうと、発動そのものを封じられればただの肉塊。毒刃の一突きで、眠るように息絶えることでしょう」
ジークフリートの唇が、歪んだ悦楽の笑みを形作った。
「よし……。明日、あの生意気な小僧を、定例会談の席上で完全に葬り去る。表向きは『他国の間者による暗殺劇』として処理し、後から駆けつけた我が部隊が暗殺者を討ち取ったことにするのだ。……ソラ・ヴァルハイト、貴様の短い栄光も明日で終わりだ」




