二:定例会談の朝、引きこもりの絶叫
翌朝。
ヴァルハイト公爵邸の最上階寝室。
「……絶対に嫌だ」
羽毛布団の山の中から、唸るような拒絶の声が漏れ出していた。
シーツを頭からすっぽりと被り、ミノムシのように丸まったソラは、ベッドの脇に仁王立ちするエレノアとバルガスに向けて、断固たる抗議の意志を示していた。
「嫌だ。一歩も出ない。絶対にベッドから降りないぞ」
「マスター、子供のような駄々を捏ねるのはおやめください」
エレノアが心底困ったように、だがその瞳にはいつもの狂信的な輝きを宿しながら溜息をついた。
仕立ての良い漆黒のギルド正装を両手に捧げ持っている。
「本日は、帝国三大ギルドが年に一度、帝都の治安方針と利権分配を取り決める【定例首脳会談】です。新マスターたる貴方が出席されないなど、ギルドの沽券に関わります」
「利権なんてどうでもいい! 全部あっちのギルドにくれてやれよ!」
ソラは布団の中で足をバタバタと暴れさせた。
「大体さあ! なんで朝の九時からスーツ着て会議室に座らなきゃいけないの!? 僕のゴールデン睡眠タイムを奪う気か!? 埃っぽいダンジョンから帰ってきたばっかりなんだぞ! 筋肉痛なんだよ!」
「ははっ! 筋肉痛たぁご冗談を!」
バルガスが豪快に笑いながら、丸太のような太ももを叩いた。
「古代の巨神ゴーレムを足先で蹴っ飛ばして一撃でスクラップにした御方が、筋肉痛なわけねえでしょうが! ほらマスター、さっさと着替えてください! 『白銀の聖堂』のジークフリートの気取った野郎が、マスターの顔を見るのを今か今かと待ち構えてやすぜ!」
「会いたくない!!」
ソラは布団をさらに固く巻き込んだ。
「あいつ、絶対めんどくさい奴じゃん! 『帝国最強の剣聖』とか自分で言ってる奴と話が合うわけないだろ! 話しかけられたら緊張で喉がカラカラになるわ!」
「……ふふ」
エレノアが眼鏡の奥の青い瞳を細め、艶然と微笑んだ。
その脳内では、既にソラの言動に対する超解釈の変換装置がフル稼働していた。
(……『緊張で喉がカラカラになる』……?
まさか……! マスターはすでに、ジークフリートが会談の場で仕掛けてくるであろう謀略を予見されている……!?
『喉が渇く』とは、精神的な動揺などではなく……これから始まる極限の騙し合いと魔力戦の緊張感を、暗に私たちへ伝えて警戒を促しているのだわ……!!)
「エレノア、どうした? 顔が赤いぞ」
「なんでもありません、バルガス。……マスター、貴方のお考えは痛いほど分かりました」
エレノアは胸元に手を当て、深々と一礼した。
「敵の思惑など、貴方にとっては児戯に等しい。あえて退屈を装い、無警戒を演じることで、相手の仕掛けてくる罠を根こそぎ炙り出すおつもりですね? ……参りましょう。貴方のその『深淵の怠惰』をもって、驕れる剣聖の鼻柱を叩き折ってやりなさい!」
「……は? なに言ってるのこの人?」
ソラが布団の中から顔を出してドン引きした表情を浮かべた瞬間、バルガスの剛腕が布団ごとソラを抱え上げた。
「うわあああッ!? 離せ筋肉ダルマ!! 僕は寝るんだッ! 寝かせろおおおおッッ!!」
少年の悲痛な叫び声は、馬車の車輪の軋む音と、護衛部隊の勇ましい掛け声によって掻き消されていった。




