五:寝室の歓喜と、動かぬ神
同じ刻。
神域化の爆心地たる、ヴァルハイト公爵邸の最上階寝室。
部屋の中は、もはや聖堂というレベルすら超越していた。
壁からは奇跡の薬草がみずみずしく芽吹き、空気中には虹色の燐光が舞い踊り、床の絨毯は触れるだけで精神のトラウマが消え去る聖なる絨毯へと変質していた。
扉の前でその光景を目撃したエレノア、セレスティーナ、バルガス、そしてルーディスとガリレオは――全員が床に額を擦り付け、激しい感動のあまり過呼吸を起こしかけていた。
「……あ、あ、あああああ……っ!」
ルーディスが長耳を伏せ、涙で床を濡らす。
「我が聖樹の芯材が……あのお方の神域の脱力と共鳴し……大陸全土の地脈の毒素を、一瞬で吸い上げて浄化してしまわれた……!
寝返り一つ……! ただの寝返り一つで、世界樹の三千年の宿願であった『大地の完全浄化』を成し遂げてしまわれた……!!」
「ええ……!」
エレノアが眼鏡を涙で濡らしながら、狂気の笑みを浮かべた。
「これぞ、マスターの真の御力……!
『余計な邪気や病など、私の快適な微睡みを妨げる不純物に過ぎない』と!
自らの寝室の空気を整えるついでに、帝都数百万の臣民の病と老いをまとめて根こそぎ消し去られたのです!
なんという無尽蔵の慈悲! なんという神竜帝の絶対愛……!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
バルガスが立ち上がり、咆哮した。
「帝都全土が神域になったんだ! 今すぐ近衛兵と騎士団を総動員して、帝都の周囲に『ソラ様の安眠防壁』を十重に張り巡らせろ!
この奇跡の楽園を脅かす外敵は、蟻の一匹たりとも近づけさせねえぞォッッ!!」
「直ちに本国の教皇庁へ打電しますわ!」
セレスティーナが大十字架を胸に抱きしめ、叫んだ。
「『帝都ルミナリアは、本日より神竜帝ソラ様の聖なる揺り籠として、全人類の絶対聖地となった』とォッッ!!」
歓喜と狂乱に沸き返る信徒たち。
だが――その神聖なる狂騒の中心で。
世界樹の至高ベッドの上、左向きに丸まったソラは――。
「……すぅ……すぅ……」
よだれをタラ〜リと垂らしながら、極上のふかふか感に包まれ、ひたすら幸せそうにいびきをかいていた。
外でオーロラが吹き荒れようと、市民のハゲが治ろうと、街中が神域になろうと、ソラには知ったことではなかった。
ただ「ベッドが柔らかくて気持ちいい」という事実だけが、彼のすべてだった。
(……んふぅ……最高……。このベッド、一生離さないぞ……zzz)
少年がただ「気持ちよく二度寝しただけ」で、一国の首都が永久の神域へと変貌を遂げてしまった――。
その恐るべき勘違いと神話の暴走は、もはや神々ですら止める術を持たなかったのである。




