二:硬い床からの脱出と、沈み込む神
正午。
暖炉の前、硬いペルシャ絨毯の上。
「……うぅ……身体の節々がバキバキ言ってる……」
ミノムシのように毛布に包まっていたソラは、骨の軋む音とともに、のっそりと顔を出した。
昨日、枯れ枝で背中をガシガシ掻いてコリは取れたものの、一晩中フローリングの上に薄い絨毯一枚で寝ていた代償は大きかった。
腰は重く、首筋は寝違え寸前。
(……限界だ。やっぱりベッドがないと人間は生きられない。
頼むから、ギシギシ鳴るやつでいいから、前のベッドを返してくれよ……)
ソラが半泣きで上体を起こした、その瞬間。
視界に飛び込んできたのは、部屋の中央に鎮座する、淡く発光する巨大な木製の要塞だった。
「……は?」
ソラは瞬きをパチパチと三回繰り返した。
「え……? 木のベッド……? 戻ってきた……? いや、なんか前のやつより五倍くらいデカくない……?」
恐る恐る近づいてみる。
前回の『涅槃Mark-IV』のような不気味な注射針や拘束アームはない。
あるのは、見るからにふっくらとした純白のマットレスと、滑らかな木肌を描く美しい琥珀色の木枠だけだった。
微かに漂ってくるのは、森林浴をしているかのような、最高に爽やかで心地よい木の香り。
(……あ、金属じゃない。コードも刺さってない。
普通の……めちゃくちゃ高そうな、ただの木造ベッドだ……!)
ソラは、感動のあまり膝を震わせた。
エレノアたちがまた変なハイテク兵器を持ち込んでくるのではないかと怯えていたが、どうやら今回は本当に「普通の木造ベッド」を用意してくれたらしい。
(よかった……! 生きててよかった……!
もう我慢できない、ダイブだッ!!)
ソラはパジャマの裾を翻し、ふかふかのシーツ目掛けて、吸い込まれるように飛び込んだ。
ボフゥッ……。
「――っっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
声すら出なかった。
ソラの全身を包み込んだのは、この世のあらゆる物理法則を超越した、神の抱擁だった。
柔らかい。
だが、沈み込みすぎない。
背骨の一本一本、腰のカーブ、首の傾斜に合わせて、マットレスが生き物のようにミリ単位で形状をアジャストし、体圧分散比率を完璧なイコールへと整えていく。
肌に触れるシーツのシルクめいた滑らかさは、摩擦という概念を消し去り、鼻腔を満たす世界樹のアロマが、ソラの疲弊した自律神経を問答無用で「強制弛緩モード」へと叩き落とした。
「……あ、あぁ……っ……溶ける……。僕の身体が……綿あめみたいに……溶けていく……」
ソラは涎をタラリと垂らし、シーツに頬をスリスリと擦り付けた。
床の硬さで痛んでいた腰が、急速に癒やされていく。
これだ。これこそが、ソラが求めていた真の安寧。
宇宙の真理が、このベッドの上に凝縮されていた。
(もう起きない。永遠に起きない。
世界の終末が来ても、隕石が落ちてきても、僕はここから一歩も動かないぞ……)
ソラは至福の恍惚の中、完全に脱力し、泥のような睡魔の底へと沈んでいった。




