二:留守番の退屈と、折れた枯れ枝
その頃。
帝都ヴァルハイト公爵邸の最上階。
「……暇だ。死ぬほど暇だ……」
暖炉の前のペルシャ絨毯の上に、ミノムシのように毛布を巻きつけて転がっていたソラは、天井のシャンデリアをじっと見つめながら、深々とした溜息を吐き出していた。
エレノアとセレスティーナが「最高の木造ベッドの資材を調達してまいります!」と息巻いて出かけてから、丸一日。
部屋の中は驚くほど静かだった。耳障りなマウント合戦も、無理やり口にねじ込まれる高カロリーゼリーもない。
本来であれば、狂喜乱舞して二度寝を三連発するべき絶好のシチュエーションだった。
だが――。
(……背中が痛い。絨毯の上、やっぱり硬すぎる……)
愛用の木造ベッドは前章で機巧都市の鉄屑と交換されて消滅し、その鉄屑も粉砕されて撤去されたため、現在のソラの寝室には「平らな床」しか残っていなかったのだ。
こたつはあるが、ずっと入っていると腰が痛くなる。
何より、昨夜床の上で変な体勢で寝てしまったせいで、右の肩甲骨のあたりにコリコリとした嫌な筋肉の張りがあった。
(背中が痒い……。手が届かない……。肩甲骨の隙間、誰か孫の手でガシガシ掻いてくれないかな……)
ソラは、だるそうに毛布から右腕を引っ張り出した。
立ち上がって孫の手を探しに行く気力など、最初から存在しない。
手近なところで何かないかと、暖炉の脇の薪入れを視線で漁る。
(……ん? あれでいいか)
薪入れの端に、昨日庭師が剪定して放り込んでいったとおぼしき、長さ四十センチほどの乾燥した「枯れ木の枝」が一本、無造作に突き刺さっていた。
表面はゴツゴツとささくれ立っており、先端はちょうど良い感じに二股に分かれている。
ソラは、だるそうに右手を伸ばし、その枯れ枝を引き抜いた。
(……よし、これで背中を掻こう)
ソラは枯れ枝を肩越しに背中へ回し、肩甲骨のコリコリした部分目掛けて、ゴリゴリと力任せに擦り付け始めた。
「……あ〜〜……そこそこ……効くぅ……」
極楽の表情を浮かべるソラ。
だが、ソラが完全に失念していた事実が一つあった。
その枯れ枝。
庭師がどこから拾ってきたかといえば――先週、機巧都市が「神木の苗木」として樹海周辺から極秘裏に密輸し、公爵邸の庭に記念植樹したものの、ソラが「日当たりが悪くなる」と文句を言ったために即座に伐採・乾燥薪に加工された、【世界樹ユグドラシルの直系分枝】の成れの果てだったのである。
そして、ソラの体内に眠る、スプーン一杯の極小魔力。
それが、背中の痒みによる苛立ちと、「もっと奥まで強く掻きたい」という無意識の執念によって、指先から枯れ枝の導管へと、超高密度にジュルジュルと浸透していった。
ソラの精密魔力は、枯れ木の死んだ細胞を分子レベルで急速に再活性化させた。
それどころか、ソラが背中のツボをゴリゴリと刺激するたびに、枯れ枝の切断面から、世界樹の霊脈ネットワークへ向けて――「超高周波の生体信号パルス」が、地脈を通じて光速で逆流していったのだ。
ゴリッ……ゴリゴリッ……。
「……んぁ〜……もっと強く……ガシガシいきたいな……」
ソラが背中のツボを強く圧迫した、その瞬間。
ピキィィィィィィィィンッッッッ!!!!
枯れ枝の先端から、不可視の魔力震動波が大地を突き抜け、数百キロ離れた『大樹海ユグドラ・シルヴァ』の中枢へと直撃した。




