第四章:枯れ枝の通信と、震撼する世界樹
一:エルフの秘境、絶対不可侵の翠緑郷
大陸南東部の深奥、人間の立ち入りを頑なに拒み続けて三千年。
雲海を貫く巨木群が幾重にも天蓋を編み上げる閉ざされた原生林――『大樹海ユグドラ・シルヴァ』。
その最奥に位置するエルフの始祖郷『翠緑の双子宮』では、張り詰めた殺気と、吐息すら凍りつきそうな緊張感が森の魔素を震わせていた。
「――お引き取り願おう、短命なる人間の強欲どもよ」
枝葉が編み上げる天然の空中回廊の頭上、銀弓の弦をギリギリと引き絞り、冷酷な美貌を歪めていたのは、エルフ族の防衛指揮官――翠嵐の射手ルーディスであった。
その背後には、樹木と同化して気配を完全に遮断した千名のエルフ精鋭弓兵部隊。鏃には、触れた瞬間に神経を永久麻痺させる樹海特産の致死毒が惜しみなく塗布されている。
対する回廊の地上側には、エルフたちの放つ濃密な殺気の嵐を正面から浴びながら、眉毛一つ動かさずに手帳を開くエレノアの姿があった。
その隣には、身の丈を超える大十字架を地面に突き刺し、聖皇国の祓魔オーラを惜しげもなく全開にしたセレスティーナ。
さらに後ろには、機巧都市の技師長ガリレオが率いる「神木運搬用・超巨大蒸気式伐採クレーン部隊」が、濛々たる白煙を上げながら待機していた。
「交渉の余地はありません、ルーディス指揮官」
エレノアは眼鏡のブリッジをキチ……と押し上げ、手帳の極小文字を淡々と読み上げる。
「我が主、神竜帝ソラ・ヴァルハイト様の新たな寝台を建造するため、樹海中央にそびえる樹齢五千年の神木――【安らぎの霊王樹】の芯材、縦二点五メートル、横二メートル分を即時提供することを要求します」
「莫迦を言うなァッ!!」
ルーディスが激昂し、弓を構えたまま怒号を叩きつけた。
「我が聖樹【スリーピング・セフィラ】は、世界樹の根元より霊脈を吸い上げ、この大陸の全植物の生態系を維持する魂の心臓! それを……人間の小僧が寝返りを打つためのベッドの板切れとして切り倒すだと!? 冒涜にも程があるわッ!!」
「冒涜とは心外ですね」
セレスティーナが優雅に微笑み、大十字架の切っ先をルーディスの鼻先へビシッと突きつけた。
「マスターはその類まれなる神域の背骨を休めるため、人工の金属を拒絶し、自然界の頂点たる神木をご所望になられたのです。むしろ、マスターの神聖なる臀部と腰骨を支える栄誉に預かれるというのに、感謝の涙を流して木を切り倒さぬ貴方方の不敬こそが、天理に対する大罪ですわ!」
「狂っておる……! こいつら、完全に狂信者の集団だッ!」
ルーディスの額に冷や汗が滲む。
「いかに神竜帝の武名が大陸に轟こうと、この樹海は古の盟約により不可侵! 我が精霊王の結界を破れる人間など、この世に一人として存在せぬ! 一歩でも樹海の聖域に足を踏み入れれば、森の呪詛によって全員を生きた苗床に変えてくれるわッ!!」
エルフの千本の弓が一斉に引き絞られ、一触即発の開戦の火花が散る。
だが――。
その場にいた誰もが、まだ気づいていなかった。
彼らが命がけで睨み合っているその時、遥か数百キロ彼方の帝都の公爵邸で、当の「至高神」が究極にどうでもいい理由で、世界樹の根幹を揺るがす恐るべき怪異を引き起こそうとしていたことなど。




