第三章:全自動の悪夢と、過剰なる安眠工学
一:平伏する歯車と、銀色の貢ぎ物
機巧都市連合の特務暗殺部隊『真鍮歩兵』が、ソラの放ったミカンの皮二枚によって同士討ちの末に壊滅し、部隊長機がオイルの涙を流して完全降伏してから、三日が経過していた。
その日の早朝、帝都ルミナリアの正門前には、街道を埋め尽くすほどの超巨大な蒸気式重装トレーラーの一群が、濛々たる白煙を上げながら停車していた。
牽引車から降り立ったのは、全身の歯車を悲鳴のような速度で回転させ、油圧シリンダーをガクガクと震わせる最高技術総統――技師長ガリレオ・アイアンハートその人である。
「ひ、急げ! 減速ギアのダンパーを最大にせよ! 砂利を踏む音一つ立てるなと命じたはずだ!」
ガリレオは自慢の真鍮製義眼をカチカチと明滅させ、青ざめた鉄面皮で工兵たちに怒号を飛ばしていた。
彼の背後に控えるのは、機巧都市の総人口の三割に当たる三万人の技術者たちが、三日三晩不眠不休で血と潤滑油を吐きながら組み上げた、神代の結晶。
「……あれが、貴様らの言う『誠意』ですか?」
公爵邸の正門前。冷え切った銀髪を風になびかせ、手帳を手にしたエレノアが、氷のような眼差しでガリレオを見下ろした。
その隣には、大十字架を肩に担ぎ、いつでも破門ビームを撃ち込める体勢を取ったセレスティーナが控えている。
「は、ははッ! 左様でございます、エレノア筆頭監査官殿、セレスティーナ聖女様!」
ガリレオは頭部のネジが吹き飛びそうな勢いで、地面に膝をついて頭を擦り付けた。
「先の無礼、我が都市連合の全回路を焼き切っても償い切れるものではございません!
神竜帝ソラ閣下の至高なる茶卓を汚し、貴重なミカンの皮を投擲させるという極度の労働(エネルギー消費)を強いてしまった大罪……!
その怒りを鎮めていただくため、我が都市連合の全科学力、古代の特許三万件、そして国家予算の六割を注ぎ込み、開発いたしました!」
ガリレオが恭しく掲げた真鍮のリモコンのボタンを押すと、巨大トレーラーの油圧コンテナが「プシューッ!」と重厚な蒸気音とともに左右に開かれた。
朝露を浴びて現れたのは――もはやベッドという家具の定義を遥かに逸脱した、全長四メートル、白銀のミスリルと艶消しの黒真鍮で覆われた異形の要塞寝具だった。
「これぞ、我が機巧都市の至宝――【全自動生命維持型・究極怠惰ベッド『涅槃Mark-IV』】でございます!!」
ガリレオの演説が、早朝の空気に響き渡る。
「着用者の脳波、脈拍、消化管の蠕動運動を常時走査!
食事は流動食ペースト注入アームが就寝者の咽頭へ直接滴下!
排泄は空間転移式の真空ドレンが直腸から直接異次元へバイパス消去!
読書は網膜投影レーザーが毎分六万文字の速度で活字を直接大脳皮質へ転送!
寝返りは六万四千個の独立油圧アクチュエータが分子レベルの荷重分散で完全代行!
すなわち――『呼吸と心拍以外のすべての生命活動を、指先一本動かさずにベッドが代行する』という、人類の怠惰の極致にございますッッ!!」
「ほう……」
エレノアの眼鏡が、怪しい光を反射した。
「食事の咀嚼すら不要……寝返りの筋力すらゼロ……。確かに、マスターの徹底した省エネ至上主義には合致しているように見えますね」
「あら、全自動の流動食なんて味気ないですわ」
セレスティーナが顎に指を当て、不満げに眉をひそめる。
「ですが、空間転移式の排泄ドレンは評価に値します。マスターがトイレのためにこたつから這い出るという、あの痛ましい悲劇を二度と繰り返さずに済みますもの」
「で、では……! ソラ閣下の寝室へ運び込む許可を……!?」
ガリレオがすがるような目で二人を見上げた。
「宜しいでしょう」
エレノアが冷酷に許可証にサインを叩きつけた。
「ただし、もしマスターの安眠をコンマ一秒でも害した場合……貴方の機巧都市の全歯車を、マスターの爪楊枝としてへし折りますから、そのつもりで」
「ヒィィッ! 重々承知しておりますゥッ!!」
こうして、過剰なるハイテクの怪物『涅槃Mark-IV』は、無音の反重力台車に乗せられ、ソラの寝室へと運び込まれてしまったのである。




