第五章:海の商人たちと、日向ぼこの怪物
一:金の亡者、帝都に上陸す
国境の玄武岩盤が吹き飛び、地下から神代の超高密度マナ結晶鉱脈が噴出してから一週間。
帝都ルミナリアの外港には、見上げるほど巨大な三本マストの武装商船が十隻、威圧的な黒塗りの船体を並べて錨を下ろしていた。
船首に掲げられているのは、荒波を泳ぐ金の海竜――西方の海洋商業連合国家『ガレリア海洋カルテル』の紋章旗である。
大陸のあらゆる海路と金融を牛耳り、「黄金で買えぬものは神の座のみ」と豪語する、文字通り金の亡者たちの頂点。
その筆頭特使としてタラップを降りてきたのは、肥満体を最高級の絹織物で包み、十本の指すべてに拳骨ほどもある魔宝石の指輪をはめた男――カルテル最高財務評議員、ドナルド・ヴァン・ゴールドバーグその人だった。
「ひゃっひゃっひゃ! 見ろよ、この帝都の浮かれっぷりを! 街道を走る馬車の車輪まで新品に変えやがって。マナ結晶の鉱脈一つ掘り当てただけで、田舎貴族どもが調子に乗りおってからに!」
ドナルドは金無垢の嗅ぎ煙草入れを鼻先に近づけ、下卑た笑い声を響かせた。
その背後には、世界中から法外な報酬でかき集められた多国籍傭兵集団――『血塗れの鯨団』の精鋭百名が、重厚なハルバードや魔導散弾銃を構えて付き従っている。
「閣下、油断は禁物ですぞ」
影のように付き従う護衛隊長の巨漢が、低いダミ声で忠告した。
「相手はあの帝国と聖皇国を同時に屈服させ、寝室の寝言ひとつで新鉱脈の所在を言い当てたという生ける神話――ソラ・ヴァルハイト公爵令息です。噂では、指先一つで海を割り、空の雲を叩き切ったとも……」
「莫迦めが! だから現場の脳筋は困るのだ!」
ドナルドは金の杖で護衛隊長の兜を小気味よく叩いた。
「いいか? 政治も神話も、所詮は『金が足りない貧乏人のハッタリ』よ! 帝国と聖皇国の合一? 笑わせるな、莫大な併合コストで両国の国庫は今や火の車のはず! そこへ我がカルテルが、総額金貨三億枚の即金融資と、海路の独占輸送網をチラつかせてみろ。あの十九歳の青二才なんぞ、見たこともない金の山に目を回して、鉱脈の採掘権などホイホイと差し出すに決まっておるわ!」
ドナルドの瞳に、爛々とした強欲の光が渦巻く。
「新鉱脈の利権の九割は我がガレリアがいただく。小僧が渋るなら、この国際金融法の抜け穴を突いた二百枚の多重債務契約書に無理やり拇印を押させるまでよ。行くぞ! ヴァルハイト公爵邸へ乗り込み、あの『神竜帝』とやらを資本主義の現実で泣かせてやるのだッ!!」
鼻息荒く馬車に乗り込む特使一行。
彼らは知らなかった。
自分たちがこれから挑もうとしている相手が、「資本主義の現実」どころか「人間としての最低限の活動意欲」すらドブに捨て去った、究極の脱力生命体であるということを。




