五:静寂の午後と、謎の鉱石山
数時間後。
狂乱の嵐が去り、ヴァルハイト公爵邸の寝室には、再び完全な静寂が戻っていた。
豪華な防音ガラスの窓からは、柔らかな夕暮れの光が差し込んでいる。
「……んぁ……よく寝たぁ……」
羽毛布団の塊から、ソラがだらしなく顔を出した。
あくびを一つ。涙を拭いながら、のっそりとベッドの上に起き上がる。
(……静かだ。誰もいない。やっぱり僕の部屋は最高だな)
ソラは満足げに伸びをした。
寝室スルー型なんちゃらという怪しい儀式も、どうやら自分が寝ている間に勝手に終わったらしい。誰も起こしに来なかったし、実害はゼロだった。
(さーて、夕飯の前に、冷たい林檎水でも飲もうかな……)
ソラはベッドから足を下ろした。
――だが、その足先が、床に敷かれたペルシャ絨毯に届くことはなかった。
ガサリ……ゴトンッ。
「……痛っ。何これ?」
見下ろしたソラは、その場で目を丸くした。
ベッドの足元。
そこには、大人の背丈ほどもある巨大な「黄金のバスケット」が鎮座していた。
そして、その中には――。
純金で縁取られた領地譲渡証書が数百枚。
国宝級の魔導契約書が五十通。
さらには、どこからどう見ても国家予算レベルの巨大な宝石や、伝説の古代鉱石のインゴットが、まるで道端の小石のように無造作に山積みにされていたのだ。
「……は?」
ソラは瞬きを五回した。
「な、何これ……? ゴミ箱……? いや、金ピカすぎるだろ……」
恐る恐る、一番上に乗っていた羊皮紙を一枚めくってみる。
【聖皇国・白聖金鉱山永久採掘権譲渡証書】
『至高なる神竜帝ソラ様の御寝所維持費として、謹んで本鉱山の全収益を永遠に捧納いたします』
(……へ?)
もう一枚めくってみる。
【帝国北方軍団・全軍指揮権無条件委譲書】
『ソラ様の微睡みを乱す外敵を殲滅するため、北方三十万の将兵は貴方様の枕元の駒となります』
「い、意味が分からない……!!」
ソラは頭を抱え、ベッドの上に逆戻りしてシーツを引っ張り上げた。
(なんで!? 僕、寝てただけだよ!?
パジャマ着て、布団被って、一歩も動かずにヨダレ垂らして寝てただけなんだけど!?
なんで起きたら鉱山と三十万の軍隊が生えてきてるの!? 怖い! この部屋めちゃくちゃ怖いんだけど!!)
恐怖に震えながら布団に潜り込もうとしたその時、廊下の向こうから、エレノアとセレスティーナの弾んだ声が聞こえてきた。
「マスター! 国境の玄武岩盤、先ほど我が軍の魔導工兵隊が一撃で発破いたしました!」
「地下から神代のマナ結晶鉱脈が噴出しておりますわ! マスターの寝言通りの大油田……否、大鉱山です!」
「寝言のおかげぇぇぇぇぇッッ!?」
ソラの魂の叫びは、またしても誰の耳にも届かない。
何もしないどころか、寝ているだけで世界を豊かにし、権力を手中に収めてしまう怠惰の怪物は、今夜もまた、深すぎる絶望の中で二度寝を試みるしかなかったのである。




