第四章:微睡みの謁見式と、奇跡の寝言
一:寝室スルー型謁見システム、稼働
ヴァルハイト公爵邸の三階、かつては平穏なプライベート空間であったはずの廊下は、いまや人類史上もっとも異様かつ荘厳な「移動式巡礼路」へと改造されていた。
床には毛足の長い最高級の防音絨毯が三重に敷き詰められ、壁面にはセレスティーナの手配した聖皇国伝来の「足音消去結界石」が等間隔で埋め込まれている。
さらに、廊下の手前には巨大な案内看板が掲げられていた。
【神竜帝ソラ閣下・寝室通過型拝謁式(ドライブスルー形式)心得】
一、歩行速度は秒速五十センチを厳守すること。
二、感涙による嗚咽、鼻をすする音、歯の根を鳴らす音はすべて「安眠妨害罪」として即座に近衛兵が首を刎ねる。
三、ベッドへ視線を向ける際は、必ず両目を細めて神々しさを噛み締め、呼吸音を極限まで潜めること。
四、供物・請願書はベッド脇の「投函用黄金バスケット」へ無音で滑り込ませ、立ち止まらずに速やかに退室すること。
「……信じられん。我らは百戦錬磨の将軍だぞ。それを、パジャマ姿の青年の寝顔を拝むためだけに、息を殺してベルトコンベアのように歩かされるなど……!」
列の先頭付近に並んでいた帝国北方軍総司令官――無数の武勲を誇る歴戦の猛将ブラッドレイ大将が、青筋を立てて小声で唸った。
だが、その瞬間。
スッ……。
ブラッドレイ大将の首筋に、冷え切ったミスリルの細剣の切っ先がピタリと押し当てられた。
音もなく背後に滑り込んできたのは、無表情のまま眼鏡を光らせるエレノアである。
「……私語は死罪と申し上げたはずです、将軍。マスターの浅いレム睡眠をあと一ヘルツでも乱してみなさい。貴方の北方軍団の今年度予算、全額をマスターの羽毛布団新調費へと迂回計上しますよ」
「ヒッ……!? す、すまぬ……!」
百戦錬磨の老将が、脂汗を滝のように流して平伏した。
その隣では、純白の修道服をまとったセレスティーナが、両手に「神聖空気清浄器(高純度酸素と安眠アロマを散布する古代遺物)」を抱え、狂気的な笑みを浮かべて謁見者を品定めしていた。
「さあ皆様、静粛に、かつ敬虔に! ベッドの上のマスターは現在、大陸の地脈と精神を同調させ、世界の均衡を夢の中で演算しておられます! 足音ひとつ立てずに通り過ぎなさい!」
ガチャリ……。
重厚な二重扉が音もなく開かれ、ついに千人の貴族・将軍・高僧たちによる、狂乱の「寝室通過の儀」の幕が切って落とされた。




