第三章:両国卒倒の大合一令
一:地獄の徹夜明けと、悪魔の羊皮紙束
ソラが「一ヶ月は揉めて帰ってこないだろう」と高をくくって至福の二度寝に突入してから、わずか四十八時間後。
『銀翼の天秤』本部地下の最高機密特別会議室は、焦げたインクの臭気と、極限まで研ぎ澄まされた二つの超常魔力がせめぎ合う、完全なる精神と魔導の実験場と化していた。
部屋の中央、巨大な黒檀の円卓の周囲には、すでに百本を超える魔導ペンが摩耗してへし折られ、空になった特級回復ポーションの小瓶が足の踏み場もないほど転がっている。
「……ふっ、ふふふ……できましたわ。エレノア……!」
充血しきったエメラルドの瞳を妖しく爛々と輝かせ、プラチナブロンドの髪を鬼気迫るボサボサ頭にしたセレスティーナが、机に両手を叩きつけた。
純白の修道服の袖は墨汁で真っ黒に染まり、目の下には死人のような濃い隈が刻まれている。しかしその口元には、悟りを開いた狂信者特有の不気味な笑みが張り付いていた。
「聖皇国の厳格なる聖典法三千八百条から、帝国経済の桎梏となっていた『過度な戒律税』を完全排除! さらに教皇庁直属の特権荘園をすべてギルドの物流拠点として無償開放! これでマスターの神域の昼寝環境に必要な『大陸規模の物流摩擦ゼロ空間』が神学的に肯定されましたわッ!!」
「上出来です、聖女!」
対面に座るエレノアもまた、細フレームの眼鏡が斜めに歪み、スーツの襟元を無残に引き裂いて肌を晒しながら、狂気的な筆致で最後の署名欄にペンを走らせていた。
頭蓋の奥で思考が光速を超えて回転し、鼻からは一筋の血がツツツと垂れ落ちている。
「帝国商法および貴族特権条項の盲点を突き、聖皇国教皇庁の資産をそのまま帝国の公共福祉基金――すなわち『マスターの寝室環境維持費』として迂回流用する超法規的租税回避ルートを確立しました!
これにより、両国の通貨発行権、関税自主権、軍事指揮権、そして司法最高裁定権のすべてを、ただ一つの名の下に一元化……!」
エレノアはガタガタと震える両手で、厚さ三十センチにも及ぶ分厚いバインダー――金とミスリルの糸で製本された、凶悪極まりない文書を掲げた。
表紙に刻まれた表題は――。
『神竜帝の絶対不可侵的微睡みを永劫に担保するための、帝国・聖皇国包括的法制宗教完全合一令(案)』
「完璧です……! マスターが仰った『二人の意見が一言一句狂いなく一致するまで戻るな』という至高の試練……! 私たちの持てる全知謀と全信仰を極限まで衝突させ、一切の妥協なく昇華させた、これぞ真の『大陸統一のグランドデザイン』……!!」
セレスティーナが恍惚とした表情で胸元を掻きむしり、涙を流す。
「マスターは今頃、この偉業の完成を夢の中で予見し、微笑んでおられるはずですわ……! さあ行きましょう、エレノア! 愚かな両国の指導者どもに、この神の託宣を叩きつけてやるのですッ!!」
二人の暴走機関車は、一睡もしていないハイテンションのまま、大陸の命運を粉砕する怪文書を小脇に抱え、怪力で地下室の鉄扉を蹴破って飛び出していった。




