エピローグ:深淵の微睡み
大叙勲式の狂乱から数日後。
帝都ルミナリアには、奇妙な、そして絶対的な平和が訪れていた。
他国からの間者や暗殺者は「帝都に近づくだけで空ごと両断される」と恐れをなして国境の外へ逃げ去り、裏社会の犯罪組織は自ら解散届をギルドへ提出。帝国の治安は、建国以来最高レベルの安定を誇っていた。
そして、ヴァルハイト公爵邸の最上階。
「……ふわぁぁぁ……」
ソラは、以前よりもさらに豪華になった羽毛布団の中で、だらしなく大あくびを噛み殺していた。
部屋の外には、皇帝直属の近衛騎士団が「ソラ様の睡眠を妨害する騒音を一切出さないための特殊防音結界」を二十四時間体制で維持しているため、室内は驚くほど静まり返っている。
枕元には、エレノアが用意した「最高級の林檎水」と、バルガスが街中からかき集めてきた「最新刊の娯楽小説」。
(……まあ、いいか)
ソラは冷えた林檎水を一口飲み、満足げにシーツへ潜り込んだ。
役職は押し付けられたが、仕事は一切しなくていいらしい。
誰も部屋に入ってこないし、窓の外で風が騒ぐこともない。
外の世界で自分がどう崇拝されていようが、この部屋の中でベッドに包まっている限り、自分はただの無気力なニートなのだ。
(さーて……今日こそ、誰にも邪魔されずに一日中寝るぞ……)
ソラは目を閉じ、心地よい微睡みの海へと意識を沈めていった。
――だが、眠りにつくソラは、まだ知らなかった。
帝国の東に位置する強大な軍事国家『ロストキア聖皇国』が、「帝国に現れた神竜帝なる怪物を調伏すべく、世界最強の退魔聖女を帝都へ派遣した」という凶報を。
そして、その聖女が間もなく、ソラの寝室の窓を破って突入してくることなど――。
本人はただ眠りたいだけなのに、世界が勝手にひれ伏し、勝手に新たな厄災を引き寄せていく。
深淵なる怠惰の怪物の物語は、まだ始まったばかりだった。
全国五千万人の「休日をベッドの上で溶かす同志」の皆様、初めまして! そうでない働き者の皆様は今すぐ有給を取って寝てください、こんにちは!
本作『深淵の怠惰 〜無能と蔑まれた公爵子息、適当に動いたら絶対無敵の怪物として崇拝される〜』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
本作の執筆動機を正直に白状しますと、締め切りに追われていたある日の午後、ぬくぬくの羽毛布団に包まりながら「あー、何もしないで呼吸してるだけで周りが勝手にひれ伏して、巨万の富と平穏な二度寝を与えてくれる世界線に行きてえな……」という、人間の尊厳をドブに捨てた極上のクズ発想がすべての始まりでした。
そうして生まれたのが、我らが主人公・ソラです。
彼は世界最弱のスプーン一杯しか魔力を持たないくせに、実家のスパルタ虐待教育のせいで「動くのが面倒だから最小限の手数で済ませる」という省エネを極めた結果、「相手が勝手に転ぶ」「小石を蹴ったら古代兵器が爆発する」「風がうるさいから空を叩き割る」という、物理法則への営業妨害みたいな神技を無自覚に連発することになりました。
第一巻を振り返ってみますと、ソラの扱いは完全に「話の通じない天災」でした。
本人は最初から最後まで「眠い」「帰りたい」「布団が恋しい」しか言っていないのに、周りの取り巻き(筋肉バカ一代のバルガスと、深読みの悪魔合体・エレノア)が斜め上の全力疾走をかまし続けたせいです。
ソラ「興味ない。寝ていたい」(意訳:マジで帰らせてくれ)
エレノア「『凡俗の権力闘争など私の微睡みを妨げる価値もない』という神の宣告……ッ!?(号泣)」
バルガス「ついていくぜ頭ァァァッ!!(脱衣)」
ソラ「水がぬるいから冷やそう」(ポチャン)
敵の暗殺部隊「ぎゃああああ全滅ッ!!」
……書いていて何度「誰かこいつらのブレーキを修理してやれよ!」と突っ込んだか分かりません。
特に第四章、窓がガタガタうるさいという「安眠妨害」への怒りだけで、帝都上空三千メートルの魔神結界をパジャマ&スリッパ姿で両断したシーンは、完全に『世界を巻き込んだ壮大な八つ当たり』です。しかも当の本人は、空を割った直後に「あ、風止んだ。シチュー作っとけよ」と言い残してスリッパを引きずって帰還するという……。帝都の民よ、お前たちが拝んでいる神竜帝の正体は、ただの「寝起きの機嫌が最悪な十九歳」だぞと小一時間問い詰めたい気分でした。
そして迎えた大叙勲式。
「僕は無能です、寝ていたいだけです」とド直球の降伏宣言をしたはずが、皇帝から「『余計な真似をして私を起こすな、国ごと滅ぼすぞ』という世界への宣戦布告か……ッ!」と受け取られて皇帝直々のスライディング土下座を食らう始末。ソラの退路、これにて完全消滅でございます。おめでとうございます、二度寝は諦めてください。
さて、読者の皆様には大変申し訳ないのですが、こんな理不尽な勘違い地獄に叩き落とされたソラくんの受難は、まだ全八巻の第一巻が終わったばかりです。
続く第二巻では、お隣の強大なロストキア聖皇国から「帝都にヤバすぎる邪神(※ただの引きこもり)が爆誕したらしいから退魔しに行くぞ!」と息巻く世界最強のポンコツ退魔聖女様が、ソラの寝室の窓をブチ破って特攻してまいります。
もちろん、ソラは「頼むからカーテンを閉めてくれ」としか思いません。果たして彼女の信仰心と理性がどこまで粉々に粉砕されるのか、ぜひ生温かい目で見守っていただければ幸いです。
最後に、ソラのどうしようもない怠惰に付き合ってくださった愛すべき読者の皆様に、心からの感謝を!
それでは、また第二巻の『安眠妨害、絶対許すまじ編』でお会いしましょう!
(……よし、あとがきも書いたし、私もソラを見習って、目覚まし時計を窓から投げ捨てて丸一日冬眠に入りたいと思います。探さないでください……zzz)




