二:天空の異変と、帝都数百万の絶望
午後四時十五分。
帝都ルミナリアから、太陽の光が完全に消失した。
日没にはまだ二時間以上あるはずだった。
しかし、頭上に広がったのは夕焼けではなく、どす黒い紫と漆黒が渦を巻く、この世の終わりのような暗雲だった。
上空三千メートル。帝都全域をすっぽりと覆い尽くす、直径十キロメートルを超える巨大な魔力暴風雨――【魔神の渦】。
ゴロゴロ……バリバリバリバリッッッ!!!
大気が軋み、悲鳴を上げる。
渦の中心部から、巨大な古木の幹ほどもある紫色の神罰の雷光が、防壁の外郭や遠方の丘陵へと無差別に着弾を始めた。
落雷のたびに地鳴りが轟き、石畳が跳ね上がり、帝都中の民家の窓ガラスが一斉にビリビリと甲高い音を立てて共鳴する。
大気中には目に見えるほどの紫の静電気が走り、皮膚にはチクチクと針で刺されるような激痛が走った。
「な、なんだあれは……!? 竜巻か!? 嵐なのか!?」
「空が……空に穴が空いているぞ!!」
「逃げろ! 早く家の中に――いや、頑丈な地下シェルターへ逃げろォッ!!」
大通りは一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされた。
手押し車を乗り捨てて逃げ惑う商人。泣き叫ぶ我が子を抱きかかえて石畳を走る母親。衛兵の誘導など誰も聞いていない。群衆はパニックに呑まれ、将棋倒しになりながら祈りの言葉を叫んでいた。
皇宮の最高軍事司令室には、けたたましい伝令の怒号が飛び交っていた。
「報告ッ! 帝都上空に発生した高エネルギー反応、旧文明の禁忌遺物【魔神の心臓】の暴走と断定!」
「現在、魔力嵐の回転速度は秒速百二十メートル! 中心核のエネルギー臨界点突破まで、残り推定十二分ですッ!」
「近衛魔導連隊の積層防壁はどうした!? なぜ展開せん!」
「展開しております! ですが……ダメです! 降り注ぐ魔力雷撃の純度が高すぎます! 三層張った魔導障壁が、わずか一撃で紙のように融解しましたッ! 防衛結界の維持要員、すでに三十名が吐血して昏倒!」
「ええい、迎撃魔導砲の全門斉射で核を吹き飛ばせんのかッ!?」
ゼノス大将軍が執務机を殴りつけ、血走った目で叫んだ。
宮廷筆頭魔導士が、蒼白な顔で首を横に振る。
「不可能です……! 届きません! 目標は高度三千メートル……加えて、暴走した魔神の核は、太古の神魔大戦期における【絶対多重結界】を無意識に展開しております! 我が帝国の保有する全魔導砲の熱量を一点に集中させたところで、あの結界の表面を撫でるのが関の山……!
臨界に達すれば……帝都ルミナリアは、半径二十キロメートルに渡ってクレーターへと変わります……!!」
「終わり……だと……? 我が帝国が……千年の都が、これしきの下劣なテロで灰塵に帰すというのかッ!?」
ゼノス大将軍の拳から血が滴り落ちた。
あらゆる軍略、あらゆる兵器、あらゆる人間の知恵が、上空の天災を前にして無力だった。
帝都数百万の命のカウントダウンが、刻一刻とゼロへ向かって刻まれていた。




