* Epilogue 2/2 Resolve
アシス・タスクという町にあるマンションのディックの部屋は、PCや機材が置いてある仕事部屋を除けば、おもしろいくらいに質素だった。ただ、ところどころにケイトの趣味だなと思う柄モノがあった。たとえば色違いのマグカップだとか、ロアー・キットの小物入れだとか。
けっきょく引っ越したこの部屋のことも教えている。彼も嘘をつきっぱなしで、どうしようかとさすがに悩んでいるらしい。引っ越しは予告なく突然済ませての事後報告だったものの、彼女は少し驚いただけで、怒ったりはしなかったのだとか。
それはさておき、シャワーを借りたあと。ベッドとベンチしかないゲストルームのダブルベッドの上に座り、新しい携帯電話から、ケイに電話をかけた。もう真夜中だ。
呼び出し音がやっと終わったと思ったら、かなり眠そうな声が返ってきた。「──はい?」
「ケイ? 私。ベラ」
「──ベラ? なに、どした」
「ちゃんと起きて。ちゃんと聞いて」
彼は渋りながらも、なんだかんだ言いながらも、あくびをしながらも、どうにか頭を起こしてくれた。
もう平気だと言うので、私は深呼吸してから、彼に切りだした。
「おととい、金曜。おばあちゃんが死んだ」
「は?」
「信じられないだろうけど、ほんとなのよ。葬儀も終わった。昨日、密葬でね」
「──え、マジで?」
「うん、だから、マジだって。それで私、ウェスト・キャッスルから引っ越す──っていうか、引っ越したから。新しく部屋借りたの、センター街に」
「は? マジで?」
「だから、マジだって。何度も言わせんな。今日はベッド用意できなかったから、友達のところに泊まってる。部屋はそのうち教えるけど、とりあえず、少し待って。落ち着くまで待って。まだぐちゃぐちゃだし、生活できる状態じゃないから」
沈黙。
「──いきなり?」
「うん、いきなりだった」なにも、気づかなかった。「あんま言わないで。自分責めちゃうから。──悪いけど、シモーナたちにも、言っといてね。お墓の場所は、まだわからない。そのうち連絡があると思うけど──私は、だいじょうぶだから。忙しくて、感傷に浸る暇もないの。落ち着いたら、また連絡する」
「──わかった。これ、新しい番号?」
「うん。でもメールアドレスはちょっと待ってね。そのうち」
「──ん。わかった」
第一任務、終了。
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次にアニタに電話をかけた。ケイに対するのとは違い、こちらは非通知設定だ。
彼女もやはり寝ぼけていたものの、私だとわかったとたん、怒った。昨日の夜、電話したのに通じなかったと。
「おばあちゃんが死んだ」私はアニタに言った。「金曜の夕方。呼ばれて病院に行った時には、もう死んでた」
「──うそ」
「こんなタチの悪い嘘、さすがに言わないよ、私でも」
つい出ただけの言葉だとわかっているのに、私はいったい、どこまで性格が悪いのだろう。
「ああ──」
アニタは状況を理解しようとしている。それと同時に、言葉を探している。
私は無視した。「それで私、引っ越したから。新しい部屋借りた。ウェスト・キャッスルには、もう帰らない」
「──え」
「“母親”に言ったの。ひとり暮らしさせてくれって。あっさり了承された。すぐに部屋決められて、今日入居できた。まだ家具が揃ってないから、今日は友達のところに泊まる。たぶん明日からは新しい部屋で生活できると思うけど」
「──どこ?」
クッションをはさんでベッドヘッドにもたれ、私はゆっくりと、深呼吸をした。
「──ごめん。言わない。もしかしたらそのうち言うかもしれないけど、しばらくは言わない」
「──なんで?」
泣きそうになったのを、強く目を閉じて、必至にこらえた。
「あんたのこと、ほんとに大切。誰よりも大切。姉妹みたいに思ってる。今も昔も、それはずっと変わらない。感謝してるし、失くしたくない」
震える声を一旦切り、私はもう一度、深呼吸をした。
「──でも、もう、やめる」
少し、沈黙があった。
「──やめるって、なにを?」アニタの声も、震えている。
泣きそうになっているのを知られないようにと、私はどうにか息を継いだ。
「──私のそばにいたら、いつまた傷つけるかわかんない。言ってなかったけど、この二ヶ月のあいだに、私は二人──もしかしたらそれ以上、大事な友達、傷つけて、失くした。もう、イヤなの。大事なものが壊れてくのも、大切なひとが離れてくのも、もう、見たくないの。これ以上つらい思い、したくないの」
──これは、“逃げ”になる?
「だからもう、やめる。必要以上に誰かと仲良くするの──もう、やめる」
アニタは、泣いていた。「なんで──なんでそういうこと言うの? 去年の──あのこと、やっぱり怒ってんの? あたしが──」
“あたし、いつまで、あんたの「影」でいればいいの?”
「そうじゃない!」私は泣きながら否定した。「ほんとに、傷つけたくない。私、知らないあいだに誰かのこと、いっぱい傷つけてる。おばあちゃんのことだって、病気だったなんて、ちっとも気づかなかった。今思えば調子悪そうだったとか、そんなのだって、あったのに──私がこうやって、無関心で、鈍感で、自分ばっかり傷ついたような顔して、自己中貫きとおしてきたから──おばあちゃんに、無理させてた。仕事に行ったんだと思ってたのが、病院に行ってたなんて、知らなかった。もう誰にも、近づいてほしくないの。“大切なひと”になってほしくないの」
──あとから、知らず知らずのうちに傷つけていたことを知るよりも、今、傷つけて遠ざけたほうが、いい。
私は、鼻をすすって続けた。
「高校行ったら、当然会うだろうし、話もするかもしれない。完全にトモダチやめるって言ってるんじゃない。でも、“いちばん仲のいい友達”としては、もう、いてほしくない。この先もずっと、そんなのつくらない。適当にうわべ取り繕って、浅い人付き合いしかしない」
──そんな考えは、卑怯かな。
「学校が終わったらバイトに直行する。ひとりでやってく。高校出たら自分で部屋借りて、あのヒトとも縁、切る。それでぜんぶ、終わりにする」
──もう、疲れた。
「──ごめん」
アニタはずっと、泣いていた。
「──やだ──」
私もずっと、泣いている。
「ごめん──」
「ベラ──」
電話を、切った。
──私はもう、誰のことも愛したりしない。