第7話 宗さん、誕生
食事が落ち着いた頃、ニーナはテーブルに銀貨を並べ始めた。
二十枚。光を受けて、きれいに光った。
「報酬の話なんだけど」ニーナは指先で銀貨を整えながら言った。「私のサポートも大きかったし、山分けでいいわよね?」
「いや」
「……いや?ちょっと待って、確かにアーマードホッグを切ったのもあなただし、第三区画から遺物を持ち帰ったのもあなただけど、私だって役には立ったはずだし――」
宗一はニーナの言葉を遮った。
「今日、美味い飯を食えた。これから寝る場所もある。私はそれで十分。残りは全部ニーナのものだ」
ニーナは銀貨から顔を上げた。
「全部?」
「全部」
「なんで」
「私には必要ない」
ニーナは考えた。
欲がない。本当に、欲がない。しかも強い。記憶喪失のせいか、世間のこともあまり知らない。つまり騙しやすい。
頭の中で、数字が動き始めた。
借金の残高。毎月の返済額。ソロでは届かなかった額。この男を使えば。この規格外の何かを、うまく運用すれば。……利用しない手は、ない。
計算が合った。
ニーナはテーブルに身を乗り出した。
「私に任せなさい!」
「何を?」
ニーナは宗一の目を真っ直ぐ見た。「宗一……いや」
一拍、置いた。
「宗さん!あなたが食事や宿に困らないよう、私が面倒をみてあげるわ!」
宗一はその瞬間だけ、京都の街が頭をよぎった。
宗さん、という呼び方を、もう一人知っていた。雨の夜、血の匂いの中で、泥を跳ねさせながら駆けてきた男。まだ二十歳で、真剣な顔で、宗さん、と呼んだ。
ただ。
目の前のニーナの顔に、下心がありありと出ていた。計算が透けていた。今にも揉み手をしそうな勢いだ。それがおかしくて、宗一の中の重いものが、少しだけ散った。
「それは頼もしい」
「任せなさい」ニーナは銀貨を鞄にしまいながら言った。「私の言う通りにしてれば、借金なんてすぐ返せるから」
「借金?私は借金なんてしてないぞ」
「私の借金よ」
「……なるほど」
宗一は特に反論しなかった。
―――
二人は店をでて、宿へ向かった。
夜も更けてきたせいか、人通りがだいぶ少なくなっていたが、それでもちらほらと灯は見える。
「ところでさ」
ニーナが切り出した。
「宗さんのそれ、腰に差してるやつ。アーマードホッグを斬ったってことは、剣なのよね?」
「ああ、これか」
宗一は周りに人がいないことを確認し、刀を抜いた。
反りがある。片刃。細い。ニーナが知っている剣とは形が違いすぎる。一切の無駄がない静謐さと冷たいほどの殺意が凝集され、それ故に美しい。ニーナは見た瞬間に目が離せなくなった。
「これは刀だ。剣と言えなくもないが……まあ、刀だ」
そう言いながら、宗一は刀を鞘に納めた。
「アーマードホッグが突っ込んでくるのに、宗さん、全然動かないじゃない。危ない、って思ったら次の瞬間にはドサって倒れてて。私、何が起きたか全然わからなかった」
「あれは居合だよ。刀を抜いて、斬る。刃についた血を払って、刀を納める。それだけだ」
「全然見えなかったよ。少し右手が動いたかなって思ったら、ドサっ、だもん」
「ははは、あの豚、豚にしてはずいぶん大きかったから少し身構えてしまったんだ。そのせいで右手にブレが生じたな。失態でござる」
宿までの道を、二人は少しゆっくり歩いた。
夜風が通りを抜けた。宗一が空を見上げた。星が多かった。京の夜より、ずっと多い。
「ところで宗さん」
「なんだ?」
「その刀、売ったらいくらになるかな」
「売らんぞ」
宿の灯が見えてきた。




