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第6話 銀貨二十枚と、すうぷの味

 ギルドの扉を出た時、ニーナの足取りは行きとは別人だった。

 鞄の中で銀貨が鳴る。その音が気持ちよかった。

「聞いてる? 二十枚よ、二十枚」

「聞いてるよ。けどこれで三回目だぞ」

「百回言っても足りないくらいの話なの」

 実際、それだけの話だった。遺物回収の報酬が八枚。アーマードホッグの討伐証明が十二枚。二人が遺跡へ向かった直後、ギルドにDランク相当の緊急クエストが出ていたらしく、アーマードホッグの死体を持ち込んだ時点でそのまま証明として通った。

「銀貨二十枚って、Fランクの平均月収よ?」


 宗一は返事の代わりに、露店の並びに目をやった。賑やかという点以外、京の街とは全てが違う。

 歩きながら、ぼんやりと考えていたことがあった。ギルドで受付嬢に説明している間も、報酬を受け取る間も、ずっと引っかかっていた。


「そういえば、さっきニーナがやったやつ」

「なに?」

「あの豚を小さくしたやつだよ。あれはなんなんだ?」


 ニーナは少し得意げな顔になった。

「あれが私の特技、物理法則ハックよ。支援魔術の応用ね。物質って、原子の中がほとんど空洞なのよ。原子核と電子の隙間を圧縮すれば体積を縮められる。ただ対象に触れてその構造を把握する時間が必要だから、戦闘中には使えないけど」

「………」

「わかった?」

「こういうことは、わからないぐらいがちょうどいいんだ」

「……まあ……とにかく小さくできる、ってことよ」




 角の店は、夕方の客で賑わっていた。


 ニーナは迷わず一番奥の席を取り、メニューも見ずに手早く注文し、最後に付け加えた。

「スープはいらないから」


宗一が真剣な表情で、すっと手を上げた。

「しばし待たれよ、ニーナ殿」

「は?」

「拙者、すうぷなるもの、いまだ食したことがなく、是非に食してみたい所存」

「え?何言ってんの?さっき言ったで――」

「是非に!」

「だから、ここのスープは――」

「なにとぞ!!」


 ニーナは頭を抱え、大きくため息をついた。

「わかったわよ。じゃあ彼の分のスープもお願い、私はいらないから。」

店員は憐れむような視線を宗一に向け、厨房へと消えていった。


 料理が来るまでの間、ニーナは自分の術について語った。語らずにいられなかった、というほうが正確かもしれない。今日は本当によく動いた。うまくいった。それを誰かに説明したかった。


「一般の魔術師ってさ、火とか水とか、物理法則に基づいてエネルギーをそのまま飛ばすの。でもあれって言ってみれば力任せなのよ」

「ほう」

「でも私たち支援術師は違う。物理法則そのものに干渉するの。重力、摩擦、慣性。そういうものを一時的に強めたり弱めたりできる。頭を使わないとできない術なのよ」

「天井が浮いたのや豚が小さくなったのがそれか」

「正確にいうとちょっと違う。あれは物理法則干渉を応用した私だけの術。物理法則を強めたり弱めたりというよりは、数値を書き換える。天井を浮かせた時は重力の向きをマイナスにした。そしてアーマードホッグを小さくしたのは説明したわよね。あれ、難易度高いのよ?」


 ニーナは宗一の顔をみた。眉間に皺を寄せ、難しい顔をして頷いているが、ニーナには分かっている。こいつはおそらく何も理解できてない。


 程なく、料理が運ばれてきた。

 肉の盛り合わせ、サラダ、パン、そして琥珀色の液体が入ったジョッキが二つ。


「これは?」

「ビール。とりあえず乾杯するの、こういう時は」

 ニーナがジョッキを上げた。宗一も倣った。

「かんぱーい!」

 宗一が一口飲んだ。眉がわずかに動いた。もう一口飲んだ。

「苦いな」

「そういうもんよ」

「苦いが、悪くない」

 宗一は一気にビールを飲み干し、おかわりを注文した。


 しばらく、二人は黙って食べた。二人とも今日は昼にパンを食べたのみだ。肉は厚く、パンは柔らかかった。宗一は特に感想を言わなかったが、皿への箸の運びが早かった。ニーナはそれで十分だと思った。


 そこへ、スープが運ばれてきた。

 店員が申し訳なさそうな顔で宗一の前に置いた。ニーナは目を逸らした。

 宗一はスープを覗き込んだ。匂いを嗅いだ。それから、一口飲んだ。


「……美味しいがな」


 店内の時が止まった。

 一瞬の沈黙の後、あちこちからひそひそと声が漏れ始めた。

「……マジか」「本気で言ってんの?」「え、どういう舌してんの」「かわいそうに」


 宗一は気にする様子もなく、二口目を飲んだ。

 ニーナは額に手を当てた。

「……バカ舌が」


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