第64話 魔王からの招待
ナハティアは玉座に座って、目を閉じていた。
小さな気配が入ってきた。下っ端の魔族だった。入るなり膝をついた。
「申し上げます。城内に人間が二名」
沈黙があった。
ナハティアは目を開けた。
「ルドルフ」
壁際に控えていた影が動いた。ルドルフが静かに前に出て、頭を垂れた。
「丁重にご案内しろ」
「はい」
ルドルフは顔を上げず、玉座の間を出た。下っ端もそれに続いた。
玉座の間に、また静寂が戻った。
ナハティアは目を閉じた。
伊織が、少し笑ったように見えた。
城内の廊下は、薄暗かった。
松明が等間隔に並んでいる。炎は揺れていない。
ファリダは杖を抱くように持ち、宗一の半歩後ろを歩いていた。
「ねえ、瀬能宗一」
「なんだ?」
「この城、ちょっとだけ不気味じゃない? 別に怖いとかじゃないのよ」
「ファルよ、ここは魔王の城だ。不気味じゃない方が不気味だと思わないか」
「それはそうなんだけど……」
角を曲がったところに、人影があった。
「ひぃぃぃ」
ファリダは声にならない悲鳴をあげ、宗一の後ろに隠れた。
長身。黒い衣。人間と見紛うほど整った立ち姿だったが、その肌の色が違った。
「魔王がお待ちです。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
滑らかな声だった。
ファリダが宗一の袖を引き、小声で言った。
「ちょっと、案内って。瀬能宗一を案内するって」
「落ち着け、これで迷わずに済むじゃないか。それに案内されるのは私だけじゃなく、お前もだ」
宗一はもう歩き出していた。
ファリダは一瞬その場に立ったまま、ルドルフと宗一の背中を交互に見た。それから小走りで追いついた。
「罠かもしれないわよ」
宗一は返事をしなかった。
雪駄の音だけが、石の廊下に響いた。




