第63話 算盤と合口
ラズロの体が、音もなく崩れた。
斬り落とされた首が消え、胴がそのまま石床に沈んだ。煙のように散って、跡形もなくなった。
カイルが膝をついたまま、その場所を見ていた。
「……終わったな」
独り言だった。確認というより、自分に言い聞かせるような声だった。
立ち上がろうとして、右腕に力が入らないことに気づいた。肩をやられていた。左腕だけで体を支えて、なんとか立った。
「ニーナ殿」
ニーナはまだ床に座ったままだった。
「何が起きたのか、教えてもらえるか」
ニーナが顔を上げた。
「うーん……何から話せばいいものか……」
「そうだな」
カイルはゆっくり頷いて言った。
「では順を追って聞こう。まず、ヒットアンドアウェイを繰り返せという指示だったが、あれは何のためだ」
ニーナは、さっきまでラズロが立っていた場所を見た。
「ラズロの攻撃が届く範囲を測りたかったの」
「測る」
「そう。何度も同じことを繰り返して、できるだけ正確に測りたかった」
なるほど、確かにニーナが座り込んでいるすぐそこまで、ラズロの斬撃の跡が床に刻まれている。
「ラズロの攻撃範囲外で、観察と計算に集中したかったの」
それなら、他の支援術師がするようにもっと遠くに陣取ればいい。そんなカイルの疑問を察したかのように、ニーナは付け加えた。
「けど、遠すぎては攻撃のタイミングに間に合わない。だから安全で、かつラズロに最も近い場所に居たかった」
カイルは、『なぜそんなことを?』と問い直したかったが、それを抑え、順を追って質問することに徹した。
「では、私に躱すのではなく剣で受けろと言ったのは」
「初動から攻撃が届くまでの時間が知りたかった。躱されたら測れないから」
「……なるほど。それも測るため、か」
「そう」
説明一つ一つは納得できる。しかし釈然としない。それは次の質問の答えで、解消されるのだろう。
「そして、私が奴に剣先を突きつけられた時だ」
カイルは、その時のことを思い出すように少し間を取り、続けた。
「気づいた時には、お凛殿がラズロの首を斬る直前だった。あの時何が起きたんだ?」
「時間を止めたの」
カイルが動きを止めた。
「時間を止めた……!?」
「信じられないかもしれないけど」
「いや」
カイルはゆっくり首を振った。
「確かに信じ難いが、それ以外では説明がつかない気もする」
ニーナは頷いた。
「経緯は端折るけど、私は時間魔法を習得したの。だけど、今回の状況で私が止められる時間は2秒が限界だった」
「お凛さんが止まった時間の中で動けるように、時粒子を纏わせるのにかかる時間が1.5秒」
カイルは頭の中を整理するように言った。
「残り0.5秒でお凛殿がラズロに到達し、斬れれば良し、と」
ニーナはゆっくり首を振った。
「ええ。けど、間合いの外からお凛さんがラズロに近づくのに0.48秒かかってた」
「つまり、0.02秒で斬らなければ、2秒には間に合わない」
ニーナはお凛を見た。
「時粒子で加速しても、お凛さんがラズロを斬るには0.06秒必要だった」
お凛もカイル同様、自分の思考を整理するように言った。
「なるほど。時粒子を纏わせるのに1.5秒、ニーナ殿の位置からラズロに刃が届く位置までの移動に0.48秒、斬る動作で0.06秒、合計すると2.04秒かかってしまう」
お凛の言葉を引き継ぐように、カイルが言った。
「そこでラズロの反応速度が重要だった、と」
ニーナはカイルに向かって頷いた。
「カイルさんが何度も攻撃を剣で受けてくれたおかげで、正確な時間が測れた。ラズロが反応し、攻撃がヒットするまでにかかる時間は0.05秒」
「2秒の時間停止後、お凛殿にすぐ気づいたとしても、攻撃が当たるまで0.05秒、つまり合計で2.05秒の猶予がある……ということか」
時間が止まってからお凛の攻撃がヒットするまでの時間は2.04秒。対してラズロの攻撃がヒットするのは2.05秒。まさに間一髪だった。
お凛は、今更ながら嫌な汗が流れるのを感じた。
「わずか0.01秒……」
「そう。だから二人には何度も同じ行動を繰り返してもらって、可能な限り正確に計測したかった。ほんのちょっとのズレが致命傷になるから」
そう言うと、ニーナはお凛に向かって深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、お凛さん。危険な役割を担わせてしまって」
お凛は静かに微笑んで、首を横に振った。
「いえ、どのみちこの作戦が上手くいかなければ、私たち、ひいては王都が壊滅していたでしょう」
カイルは窓際まで移動し、壁に背を預けて言った。
「しかしこれらの作戦は、ラズロがその場に止まって戦ったから成立したまで。もし動き回っていたらここまで正確に距離や時間は測れなかっただろう」
ニーナは申し訳なさそうに、しかし確信を持って頷いた。
「こう言ってはなんだけど、二人との実力差は明らかだった。ラズロは普通に戦ってもつまらないと考えたのよ」
「悔しいが、その通りだ。我々を弄んでいることは感じていた」
「でもそれが奴の命取り。途中から一歩も動かず二人と戦う『遊び』を始めたのがわかった。それで集合をかけたの」
お凛は少し意地悪そうに微笑んだ。
「終わってみれば、全てニーナ殿の手のひらの上、というわけですね」
ニーナはバタバタと手を動かし、ブルブルと首を振り、必死に否定した。
二人の様子を見て、カイルは心底ほっとしたように言った。
「何はともあれ、王都は守られた」
どうやら他の魔族も倒したようだ。
窓の外では、ハンスを中心に兵たちが勝鬨をあげていた。
(宗さん、私たちやったよ)
ニーナはなんとなく、西の方角を向いた。




