表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/69

第61話 不可思議な本

 二日前。

 王立図書館は、静かだった。


 石造りの天井が高く、日中でも光が届かない棚の奥まで、背表紙が整然と並んでいる。来館者はまばらで、ページをめくる音だけが、たまに空気を揺らした。


 ニーナは窓際の席に陣取り、机の上に羊皮紙を何枚も広げていた。

 小さく風を起こす。摩擦係数を操作して、羽根ペンを宙で静止させる。解除する。また起こす。


「……摩擦を上げても速度は出ない。重力を書き換えても、方向が変わるだけ。なんか根本的に違う気がするんだけど」

 独り言のつもりだったが、声が少し大きかった。隣の席の老人が、本から目を上げた。


「ずいぶん熱心だね」

 白髪を短く刈り込んだ、小柄な老人だった。本を膝の上に置いて、ニーナを見ていた。

「あ、すみません。うるさかったですか」

「いや」老人は首を振った。「何を調べているんだい」


 ニーナは少し迷った。

「結界が……ううん、なんとしても支援魔術を強化しないといけないんです。使える手は全部試したんですけど、どれも限界があって」

 老人は静かに頷いた。

「それは大変だね」


 それから少し間を置いて、外套の内側に手を入れた。

「良いものをあげよう」

 古い本を取り出した。革の表紙が変色し、角が擦れている。厚みはそれほどないが、かなり古い。


「あげるって……それ、図書館の本じゃ」

「いいや、私物だよ」

 老人はあっさり言って、ニーナの机の端に置いた。


「この世には、みんな知っているのに、誰も存在に気づいていない素粒子がある」

 ニーナは眉を寄せた。

「存在に気づいていない素粒子……?」

「時間だよ」

「でも時間って概念であって、現象や物質として存在するなんて——」

 老人が人差し指を唇に当てた。


「図書館では静かに」

「……すみません」

「まあ、騙されたと思って」

 老人は本を一度だけ軽く叩き、立ち上がった。


 そのまま棚の奥へ歩いていき、曲がり角で姿が見えなくなった。


 ニーナは本を手に取った。表紙には『時粒子』とあった。




 拠点に戻ったのは、日が傾いてからだった。

 お凛がテーブルで針仕事をしていた。ニーナが本を広げて報告を始めると、針を置いて聞いた。


 一通り話し終えると、お凛は少し間を置いた。

「なるほど……理論はわからなくもありません。ただ、時間は粒子によって流れている、と言われても」

「実感がないってこと?」

 お凛は黙って頷いた。

「じゃあ実演するね」


 ニーナは台所から胡椒を持ってきた。テーブルの上にひとつまみ、ぱらぱらと散らした。

 お凛がニーナを見た。目が細くなった。

「誰が片付けるんですか」

「後で私がやるから。ちょっと見てて」


 ニーナは散らばった胡椒の粒を指して言った。

「胡椒は粒が多いから、重力を操作して一度に全部の粒を止めるのは無理なのよ。けど、時間魔法なら」


 もう一度、胡椒をひとつまみ散らした。

 指先に意識を集中させる。本に書かれていた通り、空気中の時粒子を一点に引き寄せる。

 ある範囲の、その濃度だけを操作する。

 胡椒が止まった。

 宙に散らばったまま、動かなかった。


「空間の時粒子を抜き取ることで、時間は止まる」

 胡椒粒の中の一つ、少し大きめの粒に、集めた時粒子を纏わせる。

 時粒子を纏った胡椒粒は、目に見えないほどの速さでテーブルに落ちた。

「そして、高濃度の時粒子は時間を早く進める」


 お凛は少し間を置いて言った。

「……驚きました」

「どう使えるかは、まだわからない。けどうまくすれば、強力な武器になる」


 お凛は、テーブルの上の胡椒を見た。

 それからニーナ、台拭き、ニーナを順に見やった。


 ニーナはため息混じりに言った。

「……片付けますよ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ