第60話 魔族襲来
城壁の上の見張り兵が、西の街道に気づいたのは夜明けから間もない頃だった。
馬が六頭。馬車が一台。それだけだった。
「……少なくないか」
兵士が呟いた。誰も答えなかった。拍子抜けした空気が、城壁に広がった。
伝令が走る。まもなくハンスが城壁に上がってきた。
街道の一行を一瞥し、すぐに踵を返した。
「気を抜くな、相手は魔族だ。作戦通りの配置につけ」
声は平静だった。
城門の前に騎馬兵と歩兵が展開する。城門が、重い音を立てて閉じた。
馬車から降りたのは、細身の人影だった。
紺色に近い深い色の外套。静かな目。城門の前に数百の兵が並んでいるのを見ても、顔色一つ変える様子もない。
「片付けろ」
低い声で、淡々と命じた。
二体が前に出た。
城門の前が騒がしくなった。剣戟の音、怒号、誰かが倒れる音。
ラズロは歩き始めた。後ろに二体続く。三人は城門へまっすぐ向かった。兵士たちの間を抜けるわけでも、迂回するわけでもなく、ただまっすぐ。
一瞬で城門を破壊し、何なく王都に入った。
いい加減に剣を振っているだけで、守備兵が次々と倒れていく。
ラズロは王宮に向かって、まっすぐ歩いた。
王宮の広間では、カイルが剣を手にしたまま、扉の方を向いている。
お凛がその斜め後ろ。ニーナは二人より少し下がった位置に立っていた。
「ここまで来るかな」
ニーナが言った。
「来る」
カイルが答えた。
「少なくとも一体は、まっすぐここに向かうだろう。奴らにとって最も厄介なのは、フェルデシア王家の血だ」
しばらくして、ゆっくりと扉が開いた。
ラズロが入ってきた。広間を見渡した。それから三人を見た。
「王は……いないか」
独り言のような声だった。誰かに問いかけているわけでもなかった。
カイルが踏み込んだ。
速かった。王都最強の近衛騎士団長の全力の一歩。剣が、ラズロの首を狙って走った。
ラズロは左腕を上げ、剣の腹で受けた。
金属音。
カイルの剣が弾かれた。
間髪入れず、お凛の合口が背後からラズロの首筋を狙う。ラズロは振り返りもせず、お凛の手首を掴み、カイルの方に投げ飛ばした。
カイルにぶつかり石床に転がったお凛は、すぐに立ち上がった。
ラズロは二人を見た。
「いいだろう、少し相手をしてやる」
カイルが再び踏み込んだ。今度は深く。ラズロの懐まで入り、剣を横に薙いだ。
その剣も難なく跳ね上げられ、返し刃がカイルを襲う。
間一髪でガードが間に合ったが、壁まで蹴り飛ばされた。
壁に叩きつけられたカイルが、膝をつく。
全く歯が立たない。
カイルとお凛が何度攻撃を仕掛けようと、軽くあしらわれる。
攻撃を当てるどころか、ラズロが最初に立っていた位置から一歩も動いてすらいない。
二人とも、かなり消耗していた。
その様子を離れた位置から見ていたニーナが、声をかける。
「二人とも、一旦集合!」
カイルとお凛が引いた。ラズロは追わなかった。
ニーナはカイルとお凛に向かって、小声で言った。
「作戦があるの」




