第59話 紺色の外套
国境の兵舎に、夜明けの光が差し込み始めた頃だった。
最初に気づいたのは、見張り台の兵士だった。
西から来る。人影が、十ほど。
「何者だ、止まれ——」
声が、途中で消えた。
兵舎の中が騒がしくなった。剣を抜く音、誰かが叫ぶ声、何かが倒れる音。それらが、順番に消えていった。
静寂が戻るまで、さほど時間はかからなかった。
ラズロは厩の前で立ち止まり、馬車に目をやった。荷台に幌がかかっている。状態は悪くない。
「これをお借りしよう」
ラズロは幌の端をめくって荷台の中を確認し、それから馬の首筋を一度だけ撫でた。感情からではなく、ただ状態を確かめるように。
部下たちが馬を繋ぎ直すのを待つ間、ラズロは東の空を見た。
王都まで、半日もあれば十分だった。
魔王城の城門が見えてきた。
石造りの門楼が、黒い空にそびえている。正確には、黒というより色が抜けている。空の青も、石の灰も、何もかもが薄まったような場所だった。
「あそこが入口ね」
ファリダが言った。声に力がなかった。脇腹の傷はまだ痛むらしく、左手が常に脇腹に添えられる。
城門をくぐった瞬間だった。
何者かが唸り声とともに二人に襲いかかった。
ファリダは両腕を広げた。考えるより先に体が動いていた。周囲の空気を圧縮する。熱を乗せる。一点に収束させて——
解放した。
爆発音が、城門に反響した。
煙が晴れた。
石畳に、アンデッドが4体倒れていた。
ファリダは息を整えながら、一歩近づいた。
装備が見えた。冒険者の装備だった。使い込まれた革鎧。腰に下がった術式補助の道具。見覚えのある、紺色の外套。
足が止まった。
「……あ」
声が、小さかった。
ファリダはゆっくり膝をついた。一番手前に倒れた人物の外套の胸元に、冒険者証が留めてある。震える手でそれを外した。
名前が刻まれていた。
「兄さん……」
誰にも聞こえないような声だった。
宗一は少し離れた場所に立ったまま、何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いた。ファリダは冒険者証を両手で持ったまま、動かなかった。泣いてはいなかった。泣く前の顔をしていた。
「……わかってた」
ファリダが言った。宗一に向けた言葉ではなかった。
「数ヶ月、音沙汰なし。わかってたのよ。わかってて、それでも」
宗一は答えなかった。
「馬鹿みたい」
ファリダは冒険者証を外套の内側にしまい込んだ。それから立ち上がった。膝の土を払う手が、少しだけ乱暴だった。
宗一は城門を見た。
「行くか」
「……ええ」
二人は城門をくぐった。
「城門に人間が二人。城内に入りました」
ナハティアは玉座で目を開けた。
「人間が」
ナハティアは独り言のように言って、また目を閉じた。
伊織が静かに口の端を上げた。




