第50話 油小路の雨、元治元年晩秋
元治元年、晩秋。京の夜は冷たく、油小路の石畳は雨で黒く濡れていた。
朔良伊織は路地の入口で一度だけ立ち止まり、隣に目をやった。
誰もいない。いつも通りだ。
足音を殺して路地に入る。
奥に人影が三つ。幕府に弓を引く志士たち。零番隊の粛清対象。
伊織は刀に手をかけることもなく歩き続けた。
気づいた一人が声を上げようとした。上げられなかった。
残りの二人も、振り返る前に終わった。
雨の音だけが戻ってくる。
伊織は刀を納め、踵を返した。手間でも何でもなかった。
帰り道、雨が強くなった。
軒下で足を止める。土方への報告は明朝でいい。
最後に会った夜、あの日も雨だった。宗一が消えて、もうすぐ一年になる。
誰も知らなかった。零番隊が一人になったことを。仕事は回っている。報告書の筆跡が変わったことも気づいていない。気づく者がいるとすれば、それは宗一だけだったが、その宗一がいない。
宗さんが、居なくなった。自分を置いて。
悔しいのか、と問われれば、そうだと答えられる。
恨んでいるか、と問われれば、それも否定できない。
宗一の強さに憧れ、追いつきたいと願い、嫉妬した。
超えたかった。
消えてほしくなかった。
消えてしまえばいいと思っていた。
どれも本当だった。が、どれも正確ではなかった。
宗一がいたから、伊織は「零番隊の二番手」だった。
宗一がいなくなって、伊織が「零番隊」になった。
それがどういうことなのか、この一年間ずっと考えていた。
答えは出なかった。
ただ、宗一がいない夜は、妙に仕事がしやすかった。
雨が軒を叩く音。どこかで犬が鳴いている。
伊織は目を閉じ、もう一度開いた。
宗さん、あなたは——。
言葉が、そこで止まった。
悔しい、でも足りない。恨めしい、でも違う。置いていかれた、それも正確ではない。
どんな言葉に当てはめても、何かが零れた。
この一年間、ずっとそこで止まっていた。
軒下を出た。雨の中を歩き始める。
土方への報告。明朝の段取り。次の仕事。
いつも通りのことを、いつも通りの順番で考えた。
その時、足元が消えた。




